以下の文章は所謂「女性向け」ファンフィクションです。やおい、BLといった分野に興味のない方の閲覧はお止め下さい。 |
Lion’s Lair Inn
19:00 続・子供達が帰って来た
日が落ちて、温かい明かりの点いた居間でアルバムを眺めていたライオジュニアが突然ライオコンボイを呼んだ。 「父さん! 父さんは僕のお父さんだよね?」 「そうだよ、ジュニア。」 「ガルバトロンは僕のお母さんなの?」 ライオコンボイは飲みかけていたエネルゴンを噴き出した。 「・・・違うよ。ガルバトロンはお母さんではない。」彼は咽せながらなんとか訂正した。 ライオジュニアは神妙な顔つきで頷いた。「そうだよね・・・じゃあ、僕の母さんは誰なの?」 「お前にお母さんはいないよ、ジュニア」 「どうして?」 「どうしてと言われてもな・・・」 「僕の家族は、父さんと、ガルバトロンと、メガストームだよね?」 「そうだよ。」 「お母さんはどこに行っちゃったの?」 「いなくなってしまったのではなくて、最初からいないんだよ」 「そんなはずないよ! じゃあ僕は誰から生まれたの?」 「お前は、私がエネルゴンマトリクスから授かったんだよ」 え、マトリクスなんて「人」じゃないじゃん! ライオジュニアは心の中で叫んだ。彼は目眩がしてきた。 「・・・じゃあ僕は父さんの子じゃないの?」 「私の子だ。お前は私の情報をベースに作られたんだよ。」 誇らしげに言い切ったライオコンボイに、ライオジュニアはそれ以上追求する気力を削がれて曖昧な笑いを浮かべた。「そ、そうなんだ・・・」 (・・・でも何か納得いかないんだけど・・・) ライオジュニアはテーブルに頬杖を突いて溜息を吐いた。 「僕にはお母さんはいないんだね・・・」 「お母さんはいないが、お前の家族はちゃんといるじゃないか。」 「うん。でも・・・メガストームは僕の兄弟だよね?」 「そうだ。」 「メガストームも父さんの子なんだよね?」 「そうだが、厳密に言えば違う。メガストームはガルバトロンの弟だ。」 「父さんの子じゃないの?」 「違うよ。私とメガストームの間に情報的な繋がりはない。」 ライオジュニアは頭が混乱してきた。「でも、僕とメガストームは兄弟だけど、僕とガルバトロンは兄弟じゃないんでしょ?」 「そうだな。」 「どうして?」 「ガルバトロンはお前の親だからな。」 ライオジュニアの頭上にクエスチョンマークが踊り始めた。 「ガルバトロンは僕のお父さんなの?」 ライオコンボイは不思議そうに少し首を傾げた。 「お前の父親は私じゃないか。」 「・・・さっぱりわけがわからないよ。」ライオジュニアは匙を投げ、テーブルに突っ伏した。父さんとガルバトロンの関係って本当はどうなってるの、という疑問が口まで出掛かったが、それは訊いてはいけない気がしたのでやめておいた。 お休みなさい、と言って居間を出て行ったライオジュニアを見送って、ライオコンボイはカップを手に立ち上がった。新しくエネルゴンを注ぎ入れ、部屋の明かりを消して、彼は廊下に出た。 そっと扉を開けて薄暗い室内を覗くと、ガルバトロンはいつものように、背を起こしたベッドに凭れ、手元の明かりで本を読んでいた。ライオコンボイが部屋に入ってきたのに気付いて、彼は顔を上げた。 「子供達は、もう部屋に引っ込んでしまったよ。」 「そうか。早かったな。」 「長旅で疲れていたのかもしれない。」言いながらライオコンボイは一つしかないベッドに近付き、脇のテーブルにコップを置くとできるだけ静かにベッドに乗り上がった。 木の幹のような巨躯に体を寄せると、ガルバトロンは腕を持ち上げてライオコンボイが潜り込む場所を空け、胸に凭れかかった彼の背に腕を回してしっかりと抱えた。ライオコンボイは分厚い胸にぎゅうと抱きついて嬉しそうに頭を摺り付けた。 大きなベッドとそれに付随する多くの医療機器、そして本が置かれたテーブルで半分ほどが占められたこの部屋は、元々ガルバトロンの個室として用意されたものだった。部屋の奥には広い書斎が続いており、彼は一日の内かなりの時間を、大量に持ち込んだ蔵書を相手に過ごしていた。以前は寝ている時間の方が遥かに長かったが、今では本を読んでいる時間の方がずっと長かった。 ライオコンボイの個室は別にあったが、いつの頃からか彼はこの部屋で夜を過ごすようになっていた。恋人のように寄り添って眠ることをガルバトロンは許してくれるし、それ以上の愛情行為にだって真剣に応えてくれる。ライオコンボイは心から満たされた気分で毎日を過ごしていた。こうして彼と穏やかで幸せな時間を共に過ごすことを、ライオコンボイは昔から密かに夢見ていたが、まさかそれが現実となるとは思ってもいなかった。 ■■■ セイバートロン星を中心として繁栄したトランスフォーマーと、外宇宙からの侵略者である別種族との間で勃発した戦争は何百年も続き、極限状態の中で戦線は常に一進一退を繰り返していた。長引く泥沼の戦争は人々を疲弊させ、恒星系の資源やエネルギーを残らず食い尽くそうとしていた。 そんな中で、辺境の惑星で未知の超エネルギーが偶然発見された。アンゴルモアエネルギーと名付けられたそれは秘密裏に研究が進められ、その存在を知るのは限られたごく一部の者だけだった。 敵味方数千人規模の兵が睨み合ったまま膠着状態に陥っていた戦いは、ある時を境に一転した。 敵の部隊は僅か数分で壊滅した。数千人の兵士を防御壁ごと薙ぎ払った砲火は、たった一人の兵士から放たれたものだった。 ライオコンボイは残党を掃討するために前進した陸戦部隊の内の一つを率いる指揮官だった。一体何が起きたのか把握する余裕もなく前進する間に、彼は砲座となった小高い丘をそっと見上げた。そしてはっと息を飲んだ。彼が見たのは、膝を突き、崩れ落ちるように倒れる大きな影、ガルバトロンの姿だった。 ライオコンボイは咄嗟に彼に駆け寄ろうとする衝動を必死に殺し、強く自身を叱咤して、与えられた仕事を果たす為に再び前を向いた。 その任務はあっけなく、また陰鬱なものだった。勝敗は既に決していた。敵の前線には悪夢のような景色が広がっていた。殆どは物言わぬ死体となって地面を覆い尽くし、僅かに残った兵は戦意を喪失しているか、正気を失ったかのようにやみくもに攻撃してくるだけで、勇猛を誇る彼らにとっては全く脅威ではなかった。 そしておよそ二時間後にライオコンボイが再び丘を通った時目の前にあったのは、忍耐と深慮とを備え、常に穏健と形容される彼を逆上させるに充分な光景だった。 それは依然として地面に倒れたまま放置されたガルバトロンと、彼の傍に転がった巨大なエネルギー砲、そしてそれを遠巻きにしたまま動かない医療兵の姿だった。 ライオコンボイの中で何かが切れた。彼は自分の部隊を放って走り出した。 ガルバトロンの近くに立っていた顔見知りの指揮官が咄嗟に彼を押し止めた。「よせ、ライオコンボイ。」 ライオコンボイは怒りのあまり戦慄き声を震わせた。「何故だ? どうして彼がまだこんなところにいる?! 医療班は何をしている、何故彼を収容しない?!」 「高レベルのアンゴルモアエネルギーが彼の体とエネルギー砲に残留し、周囲に放射されている。生身で近付くのは危険だ。」 「だからと言って彼を放置したままにするのか! 早く手当てをしなければ・・・!」 「防護隔壁を持った専門官がもうすぐ来る。それまでの間だ。」 「彼にもしものことがあったらどうする?!」ライオコンボイは怒りに肩を震わせた。「先程の攻撃の結果がこれなのだろう?! 彼のお陰で私達はようやく勝ち残ったのではないか! それを・・・!」 彼は押し止める手を振り切ってガルバトロンに駆け寄った。近付いた途端、強いエネルギーの波を全身に感じ取り、その異様な波長に頭の中で警報が鳴り響いた。しかし彼は怯まず、エネルギー砲の端を掴んで半ば持ち上げ、引きずるようにして動かした。 もう彼の行動を止めようとする者はいなかった。気味の悪い熱の残るそれを丘の斜面の半ばまで持って行くと、彼はそれを放り出してガルバトロンの傍へと駆け戻った。 「ガルバトロン! ガルバトロン将軍!」 ガルバトロンは生きていた。しかし一目見ただけで、それは危険な状態だとわかった。全身から焼け焦げたような臭いが漂い、彼自身の体を巡るエネルギーが著しく低下している一方で、異様なエネルギーが渦を巻いて彼に纏わり付いているようだった。仰向けに倒れたまま、彼は身じろぎひとつしなかった。 昏睡状態に陥ったガルバトロンの容態は一向に回復せず、以後数年間、彼が意識を取り戻すことはなかった。彼は自らが導いた終戦も、その後に続いた和平交渉の行方も、そしてようやく訪れた平和をも知ることのないまま眠り続けたのだった。 後に大戦争と呼ばれた長い戦いが終わると、ライオコンボイは軍を去った。必要とは言え戦争に勝つ為にガルバトロンを犠牲にした総司令部のやり方を、彼はどうしても許せなかった。 戦時中にまだ健在だった頃のガルバトロンと交わした会話を彼は幾度となく思い返していた。 ライオコンボイはアンゴルモアエネルギーについて、その強大な力の一端を垣間見る機会があったのだ。未知で不安定なそれを兵器として扱うための危険な実験にガルバトロンが参加させられていると知って彼は大いに戸惑い、不安を顕にした。 危険な可能性に兵士の命を掛けようとする上層部の計画に、ライオコンボイは反発し、ガルバトロンにも協力を止めるように説得しようとした。しかしガルバトロンは「戦争とはそういうものだ」と静かに言うだけだった。 一介の指揮官の力で、惑星の命運を賭けた計画を止めることなどできる筈もなく、ライオコンボイは陰で泣くことしかできなかった。彼は自分を責めていたが、そんなことをしてもどうにもならないと理解してもいた。 結果として、アンゴルモアエネルギーを兵器として利用した作戦は予想を遥かに超えた戦果を上げ、計画は大成功に終わった。長い戦争に終止符を打った彼の功績は恒星系中に轟き渡り、ガルバトロンは英雄として歴史に名を残すこととなった。しかしその輝かしい名声とは裏腹に、彼自身は依然として意識を取り戻すことのないまま軍の研究所に収容されていた。 アンゴルモアの残留エネルギーを今も放射し続けるガルバトロンを、軍は持て余していた。残留するエネルギーはトランスフォーマーにとっては有害なだけで、二次的に有効利用しようという研究も試みられたものの成果は得られなかった。暗く、滅多に人の訪れることのない研究所の片隅に隔離され、死んだように眠る彼は、忘れられた戦争の遺物のようだった。それを目の当たりにしたライオコンボイは愕然とし、彼を連れ出して軍を離れる決意をしたのだった。 数年かかって準備を進める間にも、ライオコンボイは足繁くガルバトロンの元を訪ね続けた。彼が意識を取り戻したと聞いた時、ライオコンボイは飛び上がらんばかりに喜び、全てを放り出して彼の元に駆け付けた。 無事に目を覚ましたというものの、ガルバトロンの状態は思わしくなかった。軍人として再起不能とみなされた彼は自動的に退役扱いとなっていた。功績に報いたものか、実験台としてその身を捧げ、戦士生命を失った彼に対する償いか、或いはアンゴルモアエネルギーに関する口止め料のつもりか、とにかく、彼には莫大な退職金と恩給が付けられていた。ガルバトロンは病状が落ち着くのを待って星を離れ、田舎の惑星で隠遁生活をするつもりでいたらしかったが、その彼に向かってライオコンボイはかねてよりの提案をした。 「もしもまだ行き先を決めていないのなら、私と一緒に第六惑星へ来てくれないか。」 唐突な申し出にガルバトロンは驚き、ライオコンボイの真意を計りかねて咄嗟に返答に窮した。 「私は軍を辞めたんだ。退職金で第六惑星に土地を買った。そこで小さな宿を営んでいる。あそこは気候が安定していて住むのに適しているし、自然の環境がたくさん残っていて景色も美しい。本星と違って人口が少なくて、静かだから、静養するにもいい場所だと思うんだ。」 必死で言い募るライオコンボイの様子に、ガルバトロンは何かを感じ取ったようだった。 実の所、この時点では二人はそれほど親しい間柄ではなかった。 戦争中はむしろ役職上の付き合いしかなかったが、ライオコンボイは古くからガルバトロンを慕っていた。それは最初、歴戦の勇士であり、人望を集める優れた軍人であったガルバトロンに向けられた、新米指揮官の抱く、憧憬と敬愛の入り混じったような気持ちだった。それは時を経て次第に恋慕へと変わっていったが、しかしライオコンボイが密かに彼を想い慕う気持ちはガルバトロン本人を含めて誰も知らなかった。 ガルバトロンはライオコンボイの金色の双眸に視線を合わせた。 「・・・俺はこの通り、一人で立ち上がることもできん体だ。どうしても世話人が必要だ。その者ごと厄介になることになるが、いいのか。」 「お前の世話は全て私がする。どんなことでも・・・」 「俺の体には、今もアンゴルモアエネルギーが残留している。長期に渡って身近にいては危険だ。」 「私はアンゴルモアエネルギーの悪影響をほとんど受けないんだ。心配はいらない。」 「・・・本当か。」 「本当だ。理由ははっきりとはわからないが、私の持つエネルゴンマトリクスの性質による効果ではないかと言われている。」 従ってライオコンボイはアンゴルモアエネルギーを使うこともできず、兵器利用の実験対象から外され結果的に難を逃れたという経緯があったのだった。 ライオコンボイは声が大きくなり過ぎないよう努力しながら言い募った。「決して不自由はさせないと約束する。医療技術も、最低限のことはこの数年で身に着けたつもりだ。勿論、必要な時にはすぐに専門家を呼ぶから・・・だから、私にお前の世話をさせて欲しいんだ。」 「どうして俺にそこまでしてくれる?」ガルバトロンは静かに訊ねた。「もしも、何か責任を感じているのなら必要ないぞ、ライオコンボイ。」 ライオコンボイは膝の上に置いた両手を握り締めた。 「違う、そうじゃない・・・ただ私が、そうしたいんだ。このままお前と離れてしまいたくない。お前と・・・一緒に、いたいんだ。」 「その為に軍を辞めたのか?」 ライオコンボイは叱られた子供のようにびくりと肩を跳ね上げた。「いや、それだけではない・・・私はもう、戦争が嫌になった。軍にはいたくない。・・・無責任だと思うか?」 彼がなぜそのような不安な様子を見せたのか、ガルバトロンにはよくわからなかった。ライオコンボイはガルバトロンに嫌われることを恐れたのだった。 「大戦は無事終結し、政局は安定している。お前が退役を望むのならば、それを無理に引き止めるのに正当な理由はなかろう。俺はお前が無責任だとは思わん。」 ライオコンボイはほっとしたように息をついた。「あ、ありがとう・・・」 「お前がそう言ってくれるのなら、俺に異存はない。しばらく世話になるが良いか。」 軍が関係ないのならば特に断る理由もない。ガルバトロンはライオコンボイの申し出を受けることにした。 「ああ、何百年でも、ずっとでも構わない。ありがとう、ガルバトロン。」 そう言って、握手をするようにガルバトロンの手を両手で握ったライオコンボイは本当に嬉しそうだった。 ■■■ 頭の下でガルバトロンが身じろいだ拍子にライオコンボイは目を覚まし、回想は中断された。 「む・・・すまん、起こしたか。」 本をテーブルに置いた手を戻し、優しく肩を撫でるガルバトロンの声も随分と眠そうだ。 「・・・温かくて、ついうとうとしてしまった。」 うーんと手足を伸ばすと、ライオコンボイはまたガルバトロンの腕の中でくるくると身の置き場を探り直し、体を落ち着けると、彼の腕にことんと頭を預けた。 「お前と、ここに引っ越して来た頃のことを思い出していた。」目を閉じて、ライオコンボイは言った。 「そうか。」ガルバトロンは穏やかに応えた。「お前には随分と世話をかけているな。」 「全然、そんなことはないよ。」ライオコンボイは首を振り、ガルバトロンの頭の後ろに腕を伸ばして抱き付いた。「こうしてお前がここに居てくれることが、私には本当に嬉しい。時々これは夢なのではないかと思ってしまうほどなんだ・・・一緒に来てくれてありがとう、ガルバトロン。」 「礼を言うのは俺の方だ、ライオコンボイ。」ガルバトロンはライオコンボイの背に回した腕にそっと力を込めた。「今の俺があるのは全てお前のお陰だ。」 「ガルバトロン、どうしたら私が本当にお前を愛していると伝えることができるだろう?」 「充分伝わって来ているぞ、俺の可愛い大白猫。」 「私は猫ではないんだがな。」 「わかっている。」 ガルバトロンは目の前にあったライオコンボイの首筋に口付け、両腕に強く彼を抱き締めた。 (深夜に続く) 戻る |
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