以下の文章は所謂「女性向け」ファンフィクションです。やおい、BLといった分野に興味のない方の閲覧はお止め下さい。



Lion’s Lair Inn

23:00 ライオンの巣は愛の巣


 

ライオコンボイの用意した住居に移り住んだ二人は、それから数ヶ月を平和に過ごした。

ガルバトロンの体には常に医療機器が繋がれ、循環エネルギーの透析が続けられていた。その機器もアンゴルモアエネルギーの影響によって急速に破壊されるために、数日毎に部品の交換が必要だった。ライオコンボイは例え冗談でも文句の一つも言うことなく、黙々とメンテナンスの作業を続けた。そして次々とガルバトロンの体に生じる腐食や破損を補修し、少しでも回復を助けるようにと、清浄なエネルギーを様々な形で送り込む努力も惜しまなかった。

ガルバトロンは最初の頃は殆ど眠ったままだった。一日に数回、目を覚まし、また眠りに落ちるまでの短い間に、一言、二言言葉を交わすことだけが、二人の間にある、目に見える交流だった。

しかしガルバトロンは気付いていた。軍の施設に収容されていた頃とは違い、身の回りはいつも完璧に整えられていた。消耗品は毎日少しずつ補充され、部屋は暖かく保たれて、天気の良い昼間には外の光と風が取り込まれ、夜には仄かな明かりが灯されていた。死と暗闇が遠ざけられ、安堵と希望で静かに満たされていた。そしてその全てをもたらしているのが他でもない、ライオコンボイだということを、彼は事実として理解していた。彼の献身は驚くべきものだった。

彼が目を覚ました時には、常にライオコンボイの姿があった。そしてその度に彼は本当に嬉しそうに微笑むのだった。

ガルバトロンにとって、ライオコンボイは信頼のおける長年の戦友だった。個人的に、その人柄や軍人としての能力を好ましいとは思っていたが、それ以上の感情を抱いたことはなかった。ガルバトロンは元来、他人と親しい関わり合いを持とうとするタイプではなかったし、戦時下という厳しい状況にあって己の責務を遂行するために、人間関係を通じた安らぎや精神的な満足といった個人的な幸福を追求することを、敢えて避けていたのだった。

しかしこうして戦争から開放され、果たすべき責務もなく、長い思考の時間が与えられると、ガルバトロンはかつて思い遣ることのなかったそのような事象に向き合わざるを得なくなった。

彼は自分自身とライオコンボイの過去、そして現在のことを考え続け、ある時気付いた。

ああ、自分は今になってようやく、一個人としてライオコンボイと向き合う余裕ができたのだ。

彼は悟り、心の中でライオコンボイに長年の薄情を詫びた。





それからガルバトロンがライオコンボイとの心理的距離を縮めるのは早かった。

季節が巡り、ガルバトロンの病状は少しずつ回復を続けていた。ベッドの上ではあるが起き上がって目覚めている時間が長くなり、ライオコンボイとの会話や、一緒に過ごす時間も大きく増えていった。

自然とガルバトロンの体のメンテナンスも、彼の意識がある時に行われることが多くなったが、その中で彼はライオコンボイの小さな異変に気付いた。

医療器具やガルバトロンの体を扱う彼の手つきは相変わらず丁寧で間違いがなかった。しかしどうも彼は、ガルバトロンとの身体的な接触を意識し過ぎているように見えた。

何をそんなに緊張しているのだろう。ガルバトロンは数日の間、彼を見ながら考えていたが、ある時急に理解した。ライオコンボイが自分に向けているのは単なる親切心や同情心ではなく、戦友に対する友情でもない。恋慕だ。

それを、彼は必死に隠そうとしている。

彼が自分に向ける視線は温かく思い遣りに満ち、そして時々熱っぽい。献身的に世話を焼き、しかし彼からは一線を超えて進展を望むような、具体的なアプローチはなかった。その理由を考えて、ガルバトロンは自分の知る限りのライオコンボイの性格をよく思い返してみた。そして、どうにも彼には似つかわしくないとも、同時にいかにも彼らしいとも思える可能性に至った。彼は片恋を押し付けることで自分に嫌われることを恐れているのではないだろうか。

そう思うことは自分の思い上がりだろうか。ガルバトロンは考え、だったら何なのだと自問した。だったら自分はどうするのだ? 無論、彼の想いに応えるしかあるまい。それもいいかと、彼は覚悟を決めた。恐らく、自分も以前から彼を好いていたのだろう、と結論付けて。





書庫から本を何冊か運んでもらい、おやすみと自分の部屋に去っていったライオコンボイを見送った後、頃合を見計らってガルバトロンはインターホンで彼を呼んだ。

「すまんが、頼みごとを一つ忘れていた。もう一度来てくれるか。」

珍しく、数秒の間があった。

「――あ、ああ、ガルバトロン、勿論だ。すぐ行く、少し待っていてくれ。」

酷く慌てた声で返事があった。しばらく経って、ノックの音と共にライオコンボイが現れた。

努めて平静を装っているが、落ち着かない様子だった。

「何だ? ガルバトロン・・・」

「もう休んでいたか? すまなかった。こちらへ来てくれ。」

ベッドの上、自分のすぐ脇を指して言う。ライオコンボイは疑いなく、しかし遠慮がちに乗り上がった。

「どうしたんだ? 具合でも・・・」

紛れもなく心配した表情を見せながら、こころなしか息を乱して近付いてきたライオコンボイの肩を、ガルバトロンは引き寄せ、両腕の中に彼を抱き締めた。

「なっ、ああ、ガルバトロン・・・?」

咄嗟に起き上がろうとするライオコンボイの後頭部を大きな手で優しく押さえ付け、ガルバトロンは彼の聴覚に吹き込むように告げた。

「今夜は殊に冷える。お前の温もりが欲しくなった。」

「ぁ、えっ・・・?」

いつもの静かな声が発した思いがけない言葉に、ライオコンボイの頭は真っ白になった。

一体どういう意味だろう? 彼は半分ひっくり返った思考で必死に考えを巡らせた。確かに外は寒いが、部屋の中は温かく快適に過ごせる温度のはずだ。いや病床にある彼にとってはこれでもまだ寒過ぎるのかもしれない。そういえばガルバトロンの変形した姿はドラゴン、言わば大きな蜥蜴だ。もしかして寒いと冬眠してしまうのだろうか? 等と、わざと的外れな自問自答を心の中で繰り広げながら、彼は自分のエネルギーの鼓動が頭の中でばくばくと音を立てるのを聞いた。

「お前の体は温かいな、ライオコンボイ。」

状況が状況なだけに、それはあからさまな誘い文句だった。しかしライオコンボイは俄かに信じられず、パニック状態に陥った。

優しく肩を撫でる手、落ち着いた低い声、首筋に繰り返し触れる指先、その全てがライオコンボイの理性を激しく揺さぶった。もう我慢できない。彼は体を起こし、ガルバトロンの胸の上を這い上がるようにして彼の顔を覗き込んだ。

「ガルバトロン・・・」知らず、息が上がってしまう。口の中に溢れる潤滑剤をごくりと飲み込んだ。「キ、キスしてもいいか?」

返事の代わりにぐっと腰を抱き寄せられ、ライオコンボイはどきどきしながら唇を触れ合わせた。舌の先が触れた途端に頭の中が真っ白になり、夢中で口の中を嘗め、唇を食む。気付けばガルバトロンの腹を跨いで圧し掛かり、彼の首に両腕を回して抱きついていた。

頭がぼうっとする。ライオコンボイは何度も口付けを繰り返しながら、無意識に言葉を紡いだ。「ガルバトロン、好きだ・・・ガルバトロン・・・」

貪るような口付けに、ガルバトロンは控えめではあったがきちんと応えてくれている。それに気付いて、ライオコンボイは我を忘れるほど嬉しくなった。

やがて一時の興奮が落ち着くと、ライオコンボイは全身に熱を上げたまま言った。「・・・す、すまない・・・その、我慢できなくて・・・」

「我慢などしなくてもいい。」

「で、でも、お前は酷い怪我をしているのだし、いや、そうではなくて・・・」

「俺もお前が好きだ、ライオコンボイ。」

「えっ! あ・・・ほ、本当に・・・?」

おどおどと見上げる金色の目に、ガルバトロンは微笑んだ。「ああ。」

「嬉しい、ガルバトロン・・・」ライオコンボイは再度ガルバトロンに抱きついた。「私はずっと前からお前が好きで・・・お前とこんな風にできたら、といつも考えていた・・・」

ぎゅっとしがみ付いたライオコンボイの呼吸は体よりももっと熱く、こころなしか震えている。散々煽られ、すっかり発情しているライオコンボイをそのまま放っておくのは不実と思い、ガルバトロンはライオコンボイの下肢に手を伸ばした。そもそも、彼が寝床で何をしていたかを知っていて、自分は彼を強引に呼び付けたのだ。

「まだ俺から大したことはしてやれないが。」

「あっ、ガルバトロン、そんなこと、しないでい、いいのにっ・・・ひぁ、あっ、」

露出させたライオコンボイの接合器を片手で包み込み、柔らかく愛撫を始める。ライオコンボイは驚いて咄嗟に押し止めようとするが、力が入らない。口先だけでも抵抗できよう筈がなかった。

ぶるぶると腰を震わせ、ライオコンボイはあっという間に達した。「あっ、あ・・・!」

ぺたりと座り込み、ふうふうと息を吐くライオコンボイの横顔をガルバトロンは優しく撫でた。なんと可愛らしく、健気な姿だろう。ガルバトロンは思ったままを口にした。

「お前がこんなに可愛いとは、今まで気がつかなかった。」

恥ずかしそうに視線を逸らせるライオコンボイを胸に抱き寄せ、ガルバトロンは笑った。

「今夜はここで眠れ、ライオコンボイ。」

ライオコンボイは嬉しそうに、うんと応え、ガルバトロンの胸に顔を摺り寄せた。





■■■





ライオコンボイは自分で寝返りを打った拍子に目を覚ました。時間を見ると、まだ夜中前だった。

彼はたった今覚めたばかりの夢を思い出し、暗い部屋の中で一人で顔に余分な熱を上げてうろたえた。まだ胸の中でどきどきとうるさく音が鳴っているのが外にまで聞こえるようだった。

彼は広い寝台の冷たい端に頭を押し付けようとして目測を誤り、思い切り床に落ちた。静かな空間に鈍い物音が響き渡った。

彼が頭を抑えて呻いている間に、間近から落ち着いた声がかけられた。

「どうした、ライオコンボイ。」

「あっ、す、すまない、何でもないんだ。」

慌ててベッドによじ登りながら、ライオコンボイはばつが悪そうに言った。「起こしてすまない。」

「構わん。大丈夫か。」

「うん、ありが・・・あっ、」

手を引かれ、再び横になったかと思うと、向かい合わせに抱き締められて、ライオコンボイの動悸は再び跳ね上がった。

「あまり隅に寄ると、また落ちるぞ。」

「あ、ああ、うん。」

穏やかな声は純粋にベッドから落ちた彼を心配していたが、ライオコンボイはそれどころではなかった。間近にあるガルバトロンの胸と、その温度、彼が発散する独特のエネルギーの匂いに、夢の光景がありありと思い出され、とても落ち着いて寝られる気分ではない。

「・・・ガルバトロン。」

迷惑ついでに、甘えてしまおう。ライオコンボイは自棄になった。

「寝る前に昔話をしたせいかな・・・それで夢を見て、」彼は顔を埋めていた無防備なガルバトロンの胸元に、唇を寄せた。

ガルバトロンが閉じていた視界を開き、眠そうな声で訊いた。「夢か。」

「お前と初めて、一緒に寝た時の・・・」

「・・・覚えている。」

「それなのに、お前が私を抱き締めたりなんかするから、すっかり目が覚めてしまった。」

ライオコンボイはガルバトロンの腕の中から抜け出し、彼の背をベッドに押し付けた。ガルバトロンが驚いている。

彼は強く理性に傾いた精神の通り、元々生物的な欲求といったものには縁遠い性質をしていた。ライオコンボイが感じるような、切ないまでの衝動を感じることもなかったが、彼の想いと望みに対しては深い理解を示し、受け入れることを是としていた。ライオコンボイの方も、お互いの想い方の違いに卑屈になることなく、素直に彼なりの愛情表現をしている。それが誠実に受け止められることに彼は大きな喜びを見出し、満足していた。

大樹のような腹を跨いで厚い胸の上に圧し掛かり、ライオコンボイはガルバトロンに口付けた。込み上げる愛しさと衝動に任せて、抱き締めた体に手と唇で触れ、舌を這わせ、甘く歯を立てる。

「・・・それは、俺のせいなのか?」

繰り返される愛撫に眠気を奪われながら、ガルバトロンが笑った。

「お前のせいだよ。お前が私を甘やかすから、こんな風になってしまった。」

「それは悪かった。」

いまいち意味のわからない非難にも律儀に応え、優しく項を撫でてくるガルバトロンを、ライオコンボイは力一杯抱き締めた。

「嘘だよ、ガルバトロン、私はお前が本当に好きなんだ。それだけだ・・・」

「わかっている。俺も、お前を愛している。」

熱い背を抱き返し、ガルバトロンは言った。

「死の淵から俺を救い上げ、血の通った人生を与えてくれたお前に、俺は感謝している。」

睦言に応える思いがけない真剣な言葉に、ライオコンボイは急に目が覚めたような心地がした。胸の動悸はまだ治まらない。

「お前は俺に、生きるべき場所と、家族というものを与えてくれた。」

静かな言葉の意味を理解した瞬間、ライオコンボイの双眸に涙が溢れた。

「ガルバトロン、私は何もしていない、私の方こそ、お前に感謝しなければ。お前がいてくれたから・・・生きていてくれたから・・・」

抱き締めたガルバトロンの頭部に何度も顔を擦り付け、首筋に鼻先を埋める。慈しむように肩や後頭部を撫でる彼の手に促されるように、ライオコンボイは嗚咽を漏らした。

「お前の傍以外に、俺の生きる場所はない、ライオコンボイ。」

何と言う殺し文句だろう。ライオコンボイは、今の自分に与えられた奇跡と幸運に、そして間近にある存在に、魂の底から感謝した。そして心を満たした幸福に笑って顔を上げると、涙の跡もそのままに、再度ガルバトロンの唇を自分のそれで塞ぎにかかった。





おわり







後書き



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