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王の剣士3 「剣士」
【第一章】


 アスタロトと別れて王城の正門を出ると、レオアリスとグランスレイは、正門のすぐ右手から、城壁に沿うように建てられている厩舎へと足を向けた。正門も四方に設けられており、レオアリス達が主に利用するのは西正門だ。厩舎も各門にそれぞれ置かれている。
 王城は広大な面積を有する。レオアリス達近衛師団の司令部のある第一層から、正門のあるこの第四層まででもかなりの距離があり、徒歩であれば大人の足でも一刻近い時間を要する。加えて王城の内部は防衛上、街に設けられているような移動の為の仕掛けはなく、馬や馬車、もしくは飛竜で往来するのが常だった。
 厩舎には昼夜を問わず数名の管理官が常駐し、城に上がる官吏、軍将校、貴族達などの為に、彼らの乗騎を預かり世話をしている。城の入り口まで馬車を寄せられるのはアスタロトのような高位の貴族、侯爵位以上の貴族達か、官吏で言えば内政官房など各官衙の副長官以上、軍では正規、師団ともに総将とその副官まで、と定められていた。
 レオアリス達が入って来るのを目に留め、管理官達が作業の手を止めて立ち上がる。二人の飛竜を預かっていた管理官は彼等の飛竜が憩んでいる柵の前に案内しながら、にこやかな顔を向けた。
「僭越ながら、大将殿の銀翼は非常に見事な翼をお持ちですね」
 その言葉にレオアリスは嬉しそうな瞳を上げた。
「まだ若い飛竜ですが、成長毎に一層速く飛行できるようになりましょう」
「今より? すごいな」
 レオアリスの瞳が更に輝く。彼の飛竜は大将位を得た時に、王から下賜されたものだ。大将になって唯一、心底良かったと思えるものかもしれない。まだ若いが疾い翼を持ち、レオアリスの意を良く汲んでくれる。ハヤテと名付けたそれは、以前何かの書物で見た言葉から取った。疾風を意味する。
 ハヤテとしばしば遠乗りをするのがレオアリスの気に入りだ。尤もレオアリスもハヤテも若くまた好奇心旺盛な面が強く、大人しく飛びはしない。周囲に言わせれば遠乗りではなく曲乗りに近い。
 レオアリスが近づくのに気付いて、ハヤテは下ろしていた長い首をもたげて主を待った。延ばされた手に艶やかな鱗に覆われた頭を寄せ、青い瞳でレオアリスを見上げる。
「お前、誉められてるぜ。まだ速くなるってさ。すげぇなぁ」
 ハヤテはそんな事も判らなかったのかと言わんばかりに、身体を一度大きく震わせた。それよりも早く乗れと、首を押し付けるようにして主を促す。厩舎の中で退屈していた様子が手に取るように見え、レオアリスは笑ってその首を叩いた。
「分かってるって。……少しくらい遠乗りに」
「上将」
 背後のグランスレイの咎める響きに、レオアリスは肩を竦めた。
「また今度行こうな」
 厩舎の中庭から飛竜を上昇させ、レオアリスは第一大隊の司令部のある西外門の方角へ騎首を向けた。すぐ眼下には、街道から王都を抜けて最終的に正門へと続く大通りがある。もしくは、王城を起点として、各方面に街道が伸びていると表現する方が正しいかもしれないが、その通りの左右には、第三層、貴族諸侯の館が広がっている為、その上を無闇に飛ぶ事は禁じられていた。
 正門の周囲には四大公の屋敷が四方に配されており、言うまでも無く第三層の中で尤も広大な敷地を有する。アスタロトの館はこの位置からは見えないが、その代わり王城の行き帰りに必ず眼にするのが、四大公に継ぐ実力者である、ヴェルナー侯爵の館だ。レオアリスにしてみれば参謀官ロットバルトの生まれ育った館でもあり、通りかかる都度やはり目はいくが、何度見てもそこは温かみの欠けた無機質な印象が強い。一度だけそこを訪れた時もやはり、寒々しい印象を受けたのを覚えている。職務上ロットバルトは第一層に支給される士官の宿舎に居起しているが、彼が好んでそこに居るのは勤務に都合がいいというだけではないのだろう。
 大通りに沿うように飛竜を飛ばすと、すぐに第三層と第二層とを仕切る中門に差し掛かる。基本的には中門で一度飛竜や騎馬を降り、衛兵による身分確認を経るのだが、レオアリスの乗る銀翼は大将の乗騎を意味し、門での確認を必要としなかった。
 第二層、軍将校の官舎区を抜けると、ようやく第一層にある司令部の建物が現れる。正規軍が東西南北のそれぞれの方面ごとに配置されるように、近衛師団もまた大隊ごとにこの第一層に配置されている。
 西が第一大隊、北に第二大隊、東に第三大隊の司令部及び兵舎が置かれ、南には総将アヴァロンの総司令部があった。
 総司令部が南に置かれるのは、正規軍の総将であるアスタロトが四大公の一角として南方を統括する為だ。必然的に正規軍、近衛師団とも、総司令部は南方に置かれた。
 見慣れた第一大隊の指令棟の甍を視界に捉え、レオアリスは飛竜の手綱を繰ってその中庭に飛竜を降下させた。


 第一大隊の司令部に戻ると、書類に目を落としていたロットバルトが顔を上げ、立ち上がって二人を迎えた。レオアリスの表情を見てとり、整った口元に笑みを浮かべる。
「随分と嬉しそうですね」
「そうか?」
 そんなに顔に出ていただろうかと、レオアリスは改めて、右手を頬に充てた。
「雰囲気で分かりますよ。王に拝謁された時は、まあ大体そうでしょう」
 何となく自分が子供じみている気がして、レオアリスは室内を抜けながら髪をくしゃくしゃと掻き回し、自分の執務机に座った。ロットバルトが今までまとめていた書類を手にその前に立つと、机の上にそれを差し出す。
「本日の記録です。ご確認を。よろしければその内容で総司令部及び内務へ最終報告を上げます。死者はなく負傷者はいずれも軽傷ですので、今回の作戦は満足出来るものでしょう」
 書類にざっと眼を通しレオアリスが頷くと、ロットバルトは今度は別の書類を手に取り、最初の一枚を捲った。記されているのは午後の演習の布陣図だ。副将と三人の中将がレオアリスの前に揃うのを待って、中軍、右軍、それぞれの布陣を読み上げる。左軍に関しては、今日一日は休養を取らせるため、中・右二軍での演習となる。
 ロットバルトは第一大隊の一等参謀官の任にあり、大将、つまりはレオアリスの戦術・戦略面での補佐的な役割を担う。大隊の一等参謀官は立場的に言えば中将にあたり、それは正規、師団ともに共通している。
「げ。またお前、そんなめんどくせぇ展開を……」
 中軍中将クライフが心底閉口したように天井を仰ぐと、右隣に立つ右軍中将ヴィルトールはちらりとその姿を眺め、いかにも仕方ない、というようにわざとらしく肩を竦めてみせた。
 クライフは年齢にして二十代半ば、ロットバルトより僅かに年長で、左軍中将フレイザーとはさほど変わらない。南方出身者特有の浅黒い肌と明るい茶色の髪と瞳が、その性格の陽気さを表わしているような男だ。
 対するヴィルトールは三十代半ばの外見に相応しく、長身の背の半ばまである灰銀色の髪と同色の瞳に、落ち着いた物腰が窺える。
「お前が陣を組むといつも単純だからね。まあ苦手なのも無理は無い。ロットバルトが組む陣は頭を使う必要があるし? なぁ、フレイザー」
「そうね。たまには思考回路を働かせないと、腐るわよ」
「何でフレイザーに振るんだよ」
 フレイザーが翡翠色の瞳に艶然と笑みを浮かべるのを見て、クライフは今度はがくりと項垂れた。ヴィルトールに笑われるのはただ腹が立つだけだが、フレイザーに少なからず好意を抱いているクライフとしては、その彼女に笑われるのは少々堪える。
「フレイザーに振らないで誰に振るんだ?いくらお前でも、上将に頷かれちゃきついだろうに」
「実戦じゃ、もっと単純に行った方が上手くいく事も多いんだよ」
「だからお前は破城が得意なんだな。と言うよりあれは破壊だけどね」
「てめぇ、喧嘩売ってンなら買うぜ」
 右隣のヴィルトールをじろりと睨みつけクライフは顔をしかめたが、ヴィルトールは涼しい顔で頷いた。
「うん。高いよ」
 グランスレイが一つ咳払いをすると、三人とも何事も無かったかのように真面目な顔をして姿勢を正す。思わず噴き出したレオアリスを横目で見て、グランスレイは溜息を吐いた。
 本来であれば、軍議の最中に上官の前で軽口を言い合うなど、厳罰に処されても仕方ないが、レオアリスにはそうした事を気にする様子はない。というよりは、その会話を面白がって聞いているばかりか、どちらかというと進んで口を出したがる。それでよく、話がどんどん逸れていくのだ。
「上将」
「悪ぃ」
 レオアリスはすぐに笑みを引っ込めたものの、執務机の上に頬杖を付いた格好のまま中将達を見渡した。
「確かに複雑な陣形だが、時間と余力を残せよ。演習後、俺と手合わせがあるだろう」
 その言葉に、一斉に胸に左腕を充て敬礼をする。レオアリスとの手合わせは月に二度、中将以上の恒例のものだ。この時だけ、レオアリスは「剣」を抜く。中将達の表情も俄かに引き締まった。
 場がひと段落着いたのを眺め、ロットバルトは手にしていた書類を閉じた。
「手合わせは演習後、そのまま南第二演習場です。日没までには、全て終わるように組んであります」



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renewal:2007.07.16
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