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王の剣士4 「かりそめの宴」


青い花 (二)

 女が一人、死んだ。
 ずっと秘密を抱えて、日陰に咲いた小さな花のように、ただひっそり風に揺られて。
 最後にほとりと、抱えていた秘密を零した。


「イリヤ――」
 厚い日除け布で光を遮った薄暗い部屋で、亡骸を前に、イリヤはただ対峙するように座っていた。
 二つの色違いの瞳にあるのはいつもの柔らかな光ではなく、鉱石のような透明で温度の無い光だ。
「大丈夫?」
 そっと近寄って覗き込むラナエの優しい、心配そうな顔。
 だが、それ以上は何も言えずに、ラナエは両手をぎゅっと絞るようにしてイリヤの隣に立っていた。
 彼女にはイリヤに掛ける言葉が見つからない。
 彼女もまた、あの事を聞いたからだ。
 それでも何か、ほんの少しでもと言葉を探す様子に、イリヤは漸く微かな笑みを浮かべた。
「大丈夫」
 嘘だ、とラナエの瞳が言っている。
 聞いてしまったから。
 違う。
「大丈夫」
 もう一度、今度は弾くような響きがあり、ラナエは青ざめた。
 そんなラナエの様子にも、普段なら優しく肩を抱き締めるイリヤが、瞳を向ける事もない。
 じっと目の前の亡骸に視線を注いでいる。
 自分が抱えているのは何だろう。
 怒りだろうかと、そう思った。
 ずっと秘密を抱えて――それならずっと、最後まで抱えたままでいてくれれば良かったのだ。
 最後の最後でイリヤに預けて、もう自分は秘密から遠く離れた所にいる。
 ずっと、イリヤのその向こうを見ていたくせに。
「……父さまが、話がしたいって」
「ああ――そう」
 ラナエの父、キーファー子爵の話の内容は、聞かなくても想像がついた。
 イリヤの声が硬く尖っていたせいだろう、ラナエは肩を震わせて、身を縮めた。
 キーファー子爵にそれを告げてしまったのはラナエだ。
 あまりに驚いて、それは誰か、大人の助けがいると、そう思ったから。
 キーファー子爵もまた驚き、ラナエを問い糾し、そしてあの日記を見た。
 イリヤが立ち上がり、ラナエの横を抜けて扉へと向かう。
「イリヤ」
 ラナエは手を差し伸べた。イリヤはその手を取らなかった。



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renewal:2008.10.11
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