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「竜の宝玉とはじまりの森(仮)」

第三章「炎舞う」 (三)


 セトは短く溜息をついた。
「今頃どうしておるかのう」
 今日の空はすっかり晴れ渡り、雲一つ浮かべていない。
 レオアリスが村を出てから、既に二日目を迎えていた。
 空を見渡していた扉を閉ざし、セトは囲炉裏の前に座り込んだ。正面に座るカイルは彼の方を見向きもしない。
「ちゃんと食べておれば良いが」
 しんと火の消えたような部屋はこんなにも広かっただろうかと、セトは首を何度も巡らせる。
「やはり止めるべきだったかのう」
 あの子がいないだけで、まるで別の家になったように感じられる。セトの隣でハースやメイも次々溜息を零した。ムジカなどはすっかり意気消沈して、囲炉裏の前で背中を丸めている。
「やっぱり止めたなんてひょっこり帰ってこんかのう……」
 涙交じりのムジカの呟きに、カイルは集まった村人達を静かに見回した。
「いい加減にせぇ。あれが自分で選んで出ていったんじゃ。心配なんかする必要はない。今さらひょいひょい帰って来たら叩き出すだけじゃ」
「カイルよ、そんな冷たい」
 ムジカの涙声に、それまで黙っていたエンキがふんと鼻を鳴らす。
「何じゃお主等、あれが出て行きやすいような手伝いまでしおって、わしゃ止めたじゃろう。何を今さら泣き言ばかり」
「お前さんは剣を打ってやれなくて悔しがっとったじゃないか。時間が無かっただけじゃろ!」
「悔しくないわ。どうせ持たせたところで使い物にならん」
 エンキはやはり悔しそうに嘴を反らせた。打ってやりたかったが、レオアリスは剣をすぐ折ってしまう。そんなものは却って危険を招く。持たせない方がましだ。
「あたしも何か持たせたかったねぇ。煤だってあんなに綺麗にしてくれたのに」
 メイもしんみりと肩を落とした。
「いい加減にせぇと言っとるんじゃ!」
 ぴしりと言って、カイルは首を反らせた。
「あれの事は言わんでいい。――いっそ、忘れてしまえ」
 しんとその場が冷え込んだ。
「もう、帰ってこんものと思え。王都へ行けば、どちらにしろ戻ってこれん」
「カイル……」
 カイルの言い様には突き放すような、諦めすら含んだ響きがあり、全員が声もなく黙り込む。
 何故この場を深い悲しみが満たしているのか、誰もそれには触れようとしない。
 エンキはカイルを睨んだ。
「――そんな事ありゃせん。第一そんな事を言って、お前さん、肩の雛はどうした」
 カイルが肩に乗せていた鳥の雛は、今は姿が無い。
「知らん。いつの間にかいなくなったわ」
「ほおう、そうかね? ありゃ生まれたばかりじゃが、いい使い魔じゃった。勿体ない事をしたのう」
 エンキのからかうような口調と他の村人達の可笑しそうな顔に眉をしかめ、それからカイルは改めて周りに厳しい眼を向けた。
「今はそれどころじゃなかろう。五日後」
 再び黙り込んだエンキ達を、カイルはゆっくり見回した。
 今年も、王都からの使者がこの村にやってくる。
 毎年多くの書物を携え――本当はレオアリスに会わせたくも無かったが、彼等はその都度レオアリスが姿を見せる事を望んだ。
 この北の地を覆う雪もいずれはゆっくりと溶け出して、大地から眠っていた春が芽吹き始める。
 だが、ずっと雪の下に凍り付かせておきたいものも、確かにあった。
 今年、レオアリスがこの村に居ない事を知れば。
「――使者がどんな反応をするか、判らんのだからな」





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