小野武雄・著 総論V・第七椽(たるき)側〜第十壁迄



 第七椽(たるき)側
 たるき側は我が国の住宅では、無くてはならぬ賢要な部分で、其の特色は比較的少ない経費でもって
内を広く見せ、又夏時の光線直射を避け、或いは唯一の納涼所ともなり、通路としては各室の連絡を
便利にする、頗る大切な場所であります、然しそぞろに之を多く附けるのは考え物です。
只だ単に光線の直射を防ぐためなどの場合には、むしろ土庇とした方が、趣も添って、且つ便利であり
ましょう。
 尚、たるき側を附ける場合には、適当な場所を選び幅をかなり広く取って一家団欒の納涼所に充て、
之に植木花草など配置すれば、一層有益な場所となります。



 第八西洋風室
 応接室、書斎及び食堂等は、出来うる限りテーブル、ソファー、椅子式に改良したく思います、
せめて食堂だけなりと西洋風にしたいものです。在来の会席などでは、うつむきに胃を壓(お)しつつ食
さねばならぬので、膝は痛みを覚え、遂には行儀を崩すにいたり、しかも給仕人の袖裾はちりを、被っ
て食膳を汚すなど、衛生の上から観ても問題であります。
之に反し、一家同じ食卓を囲み、姿勢正しく椅子に座って、其の日の出来事を語り合い、楽しい食事を
とったら、如何に愉快でありましょう。
尤も最近は日本風の部屋に、椅子テーブルを用いる向きもありますが、至極好ましい事だと思います。
 とにかく座居になれた人の癖として、椅子テーブルでは日本酒には気が落ち着かぬと思っているよう
ですが私小野武雄が懇意にしている或る西洋人の家庭では、晩餐に主人は悠々としてテーブルを前に
して酒を酌み、婦人と小どもは其の話相手をしながら、嬉々として楽しい食事をとるのを例と致します、
序に記してご参考とします。
上記の写真は書斎です。              上記の写真は応接間です。
明治38年頃に撮影されました。

 第九階段
 是までの日本風の建築においては、階段は多く押入れの如き所に設け、しかも勾配はなはだ急にして
昇り降りに不便を感じること甚だしく、殊に老人子供には危険千万であります。
西洋風の建築にあっては、階段は主要なる装飾の一を占め、充分スペースをとり立派に、こしらえてあ
ります。
且つ広間や廊下の光線を導く所として窓にもステンドグラスなどを用い、努めて爽快の場所にしてありま
すが、是は学ぶべき長所と思います。小家屋にても間取りの際少し注意すればこの目的は達せられま
す。
特別参考写真
京都の武田五一邸の階段室(左記)
踊り場(2F)から廊下の写真です。

外部に面した三角形の出窓、
階段室の手摺と欄間の意匠デザイン
は武田博士の独自な設計です。




右の写真は武田邸玄関ホールです。


 第十 壁
 在来の土壁は粘着力少なく、かつ壁芯の構造甚だ不完全なる為、地震に際しては多くこの部分が、
先に破壊し始めるようです。
西洋風の漆くい木すり壁は工費が少し嵩みますが、其れだけの効力は確かにあります。
所詮太鼓壁で柱の間には間柱を立て、筋かいを入れ、木すりを柱面へ打ち立てますから、賢固な事は
申すまでもありません、好みに依りては上塗りに砂壁を用いる事も出来ます。
 又籾殻(もみがら)を塗して、壁の中に入れる時は防音にもなり、寒暖を防ぐ効果もありますから、
この方法は広く発達させたいと望んでおります。

 最後に一寸申し述べきは、耐震、防火、防盗等構造上の事ですが、之は日本に於ても諸官庁、銀行
等には稍々完全と認むべきものも、個人の住宅においては全くこの要件を度外視していると言うことも
、ありますが何とも心細い限りであります。
世人の反省を求めるのは、実にこの点で、今後の普請には耐震、耐火等の用意が幾分なりとあって欲
しいと思います。尤も最近鉄筋コンクリートと云う極めて軽便にして、そして割合に低価格である構造法
が流行って来ましたのは好ましい事でこの方法を巧みに利用すれば以上の要求をも満たして、面白い
結果を得られると思います。

                総論 第一より第十迄  完    管理人 編

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