カイロ到着!休む間なく観光へ!
まずはホテルで小休憩。顔を洗ったり着替えたり観光の準備。
2時間の睡眠ではやはり足りず体がだるい。今日の夜はOPで「ピラミッド
音と光のショー」がある。行く予定であるが、はたして体がついていくだろうか?
エジプト観光の第一番目は「モハメッド・アリ・モスク」である。まだ9時なので
開いたばかりなのか一番のりであった。丘の上にあるためか風がここちよい。
エジプトの暑さもたいしたことないかもと思ったがそれはのちに大きな間違いで
あることが分かる。気持ちはいいのだが、すでにサングラスは必要である。
モスクの中は土足厳禁。やはり神聖なる場所である。飛行機の中でもらった
スリッパらしきものに履きかえモスクの中へ。中庭には手、足、口を清める場所。
足元は大理石らしい。パリのコンコルド広場にたっているオベリスクのお返しに
フランスから貰った時計が飾ってあるが、ホコリまみれ。時計の横のガラスが割れている。
大事にされていないらしい。まぁ、貰った時から時を刻んでいない時計だったらしいの
でしょうがないかも。
空を見上げると雲がでている。エジプトで雲をみたのはこれ一度きりであった。
さて、モスクの中へ。かなりの広さでとても音が響く。天井からシャンデリア、
数え切れないランプ。内装も豪華である。天井のドームの見上げると息をのむような美しさ。
でもエジプトらしくないと思っていると現地ガイドのガブリさん(エジプシャン)の説明。
みんなで輪になってドームの下に座って説明を聞いた。足を崩しては失礼にあたりそうな
厳粛な感じの場所である。ガブリさんの説明によるとこのモスクはトルコのブルーモスクを
真似して作ったとのこと。そう、トルコそのものの雰囲気だったのだ。エジプトに来た最初
の観光はエジプトらしいものが良かったが、それはこれから。モスクについてだけではなく
イスラム教の結婚についてや一夫多妻制について話してくれた。それにしても日本語が
とても上手である。くしゃみをするのも日本人発音の「はくしょん」、手をぶつけて出て
くる言葉が「あ、痛い!」もしや2世で日本で生まれるか育ったのかもしれないと思う。
さてお次はツタンカーメンの黄金のマスクなどを展示している「カイロ博物館」。
古い年代順に説明をしてくれる。棺に使われる石が年代によって変わっていくのが
おもしろい。エジプトではめずらしい木像の’村長の像’、当時はエリート職であった
’書記座像’、王位をすて自分の望む人と結婚した’ラーヘテプとネフェルトの像’
などを見て、博物館のうりもの’ツタンカーメン関係’の部屋へ。さすがにツタンカー
メンの部屋は人でいっぱいである。黄金のマスクは思っていたものより小さい。
私の頭にちょうどいいかも。ま、考えてみれば同じ人間なんだからそう頭の大きさは
かわらないはず。でも想像していたものはもっと大きいものであった。
しかし、この輝きには目が釘付けになる。人の多さにゆっくり見ていられず名残惜しいが
黄金の人体型棺などをみて集合したあと20分ほどの自由時間になる。
別料金を払ってみんなはラムセス二世などのファラオのミイラをみに行ったのだが、
お目当てのものを見るために離脱。ミイラは大英博物館でみたからもういいのだ。
お目当てのものとはイクナトンの像である。宗教革命に失敗したためこの時代の遺跡は
壊されたものが多く、ほとんど発掘されないらしい。最近ルクソール博物館に
コンピュータグラフィックを使ってこの時代のアテン神殿や像を再現したコーナーが出来た。
しかし今回のツアーではルクソール博物館には行かないので見ることが出来ない。カイロ博物館
には4つほどその時代のものが展示されていると情報を得たのでなにがなんでも見に行きたかっ
たのだ。時間があまりないので早足で館内を移動。1階の一番奥、興味がなければ通り過ぎてし
まうだろうとおもわれるようなところにイクナトンの像が置いてあった。
彼の時代のレリーフ、像などは他の時代のものと大きく違うアマルナ芸術の作品である。
イクナトンと写真をとり、満足して博物館をあとにする。
エジプトで初めての食事である。昼食はピラミッドの見えるレストランでシーフード料理。
シーフード料理というと聞こえがいいが、海老とイカをあげたものである。食事中にボーイ
さんがいきなり今では滅多に手に入らないエジプト硬貨をくれた。またおみやげといって机の
上にあった「ナン」を紙につつんでくれた。おぉ、なんていいところなんだと思っていたら
「Japanese coin,please」と言うではないか。やはり下心はあったのね。
きっと彼らはこうやって日本円を手に入れてある程度たまったら、日本人観光客にお札に変えて
もらい換金するのではないだろうかと柿沼さんが言った。なるほど頭がいい。さみしいがエジプトで
下心なしの親切を期待するのは無理なのだろう、きっと。デザートにすいかがでたが、種の大きい
こと。結構甘くておいしかった。
食後はいよいよエジプトの象徴ピラミッドである。
ピラミッドというと砂漠にポツンとあるように思われがちだが、実はカイロの町の横にある
というくらい近くにある。町中からピラミッドが見えるのだ。ピラミッド通りを10分ほど
いくといきなりあの有名なクフ王のピラミッドに到着。ピラミッドの麓(山じゃないんだけど
麓といいたくなる)でバスをおり、必要最低限のカメラと貴重品をしょっていざピラミッドの
中へ!始めは洞窟のようなところを通り、次は腰をかがめて整備された道を「どこまで続くん
だ!」と言いながら進む。やっと中腰から解放されるとそこは大回廊!高い天井を仰ぎながら
奥の玄室へと向かう。ピラミッドの中は奥に行けばいくほど湿度が上がり空気も淀んでくる。
玄室への入口は中腰でないと入れない。中へ入ると有名なカラッポの棺があった。
やっぱりただの石の棺である。とはいっても棺の中には入りたくないなぁ。カビくさいような
香油くさいようななんともいえない匂いがただよっている。湿度も高いので頭の回転も遅くな
ってきた。5分もたたないうちに戻ることにしたのだが、玄室の出口近くに白人の女性が気を
失っている。男性が目を開いたり、頬を叩いているのだが、全く反応なし。う〜ん、大丈夫だ
ろうか。しかし人のことを考えていられる状態ではない。あと5分そこにいれば私も倒れるで
あろう。また、大回廊を通り外へと向かう。途中王妃の間と言われるなにもない部屋によって
いく。どこも同じだぁと思ったのは壁のラクガキである。日本語は見当たらなかったのがよか
ったけど。どこの国も考えることは同じのようだ。でもこういうのは止めて欲しいものだ。
ピラミッドを出て、今度は3つのピラミッドが見えるビューポイントへと向かう。
そこは360度砂漠であった。ガイドさんの値段交渉のおかげでラクダに乗って
ピラミッドの写真。10Mほどラクダで歩いたが、座る位置がとても高いのでちょ
っと恐い。ラクダも怒っているようだし。ここで手乗り第一段「手乗りピラミ
ッド」の写真をとる。
ピラミッド満喫!と思ったが、ふと気がついた。スフィンクスに会っていない!
このビューポイントとは逆側にスフィンクスがいるのだ。またバスに乗り10分ほど
でスフィンクスと対面。思ったよりは小さい。スフィンクスの近くにいくには神殿の
ようなところを入っていく。ここでガイドさんにミイラの作り方を教わった。
モデルはもちろんツアーの人である。「ミイラになりたい人?」と希望を募ったのだが、
やはりツアー初日ということもあって顔見知りになっていないこともあり、誰も何も言
わない。「だれかなんとかして〜」(自分が名乗り出ればいいのだけどさ)と思ってい
たら吉村夫妻のご主人が名乗り出た。えらい!そしてかれはガイドさんにされるがままに
ミイラになってしまった。
ミイラの説明がおわりいよいよスフィンスクである。しかし今は足元まで近付くことは
出来ないため、目的のひとつ「足元の石碑を拝む」ことが出来なかった。スフィンクスと
ピラミッドが写真におさまるところに行き、手乗り第2段「手乗りスフィンクス」の写真をとる。
ツアーお決まりのパピルスのお店に案内されたが、すでに家にあるので買わず、サービス
の冷たいジュースを飲んで休んでいた。このお店を出て、次に向かうはスーク(市場)である。
夕方近いためか、日曜日だからか(イスラムの休日は金曜日なんだけど)あまりお店は開いて
いないが、しつこいくらい物売りがくる。「ノー高い、ノー高い、バザールデゴザール、
もうかりまっか?もってけ泥棒」などきっと意味も分からないであろう知っている日本語の
連発。しまいにゃ腕をつかんでお店に入れようとする。売りものなんて見る余裕もなく、
「No Thank you」を連発して逃げ切った。それでもしつこい物売りには、怒ったように
大きな声を出せば引くことが分かった。ここでは消極的では生きていけない。日本語でも
いいからいやなことは嫌!と言えばどうにかなるようだ。
これで一日の観光が終りホテルへ。夜はオプションでピラミッドショーがあるが、
さすがに疲れたので私はキャンセルして部屋でゆっくりすることにした。同行者の柿沼さんは
ピラミッドショーへ。ゆっくりするために一人残ったのだが、このあととんでもないことが
起こるのであった。
夕食をホテルのレストランで取り、一人部屋へ戻った。24階の部屋。眺めが良さそうなので
カメラを持ってベランダへ。後ろ手でドアを閉めた。ガチャと閉まった。まだ昼間の熱気が
残っており、肌がジトッとする。ホテルの横は瓦礫状態の住宅であった。これが貧富の差なの
かと実感。彼らからすると観光客はどのようにうつっているのであろうか。パピルスを>思わ
せるカイロタワーなど交通渋滞のカイロの街をカメラにおさめ部屋の中に、中に、中に、中に
入ろうとするが、ドアがうんともすんとも言わない。さっき閉めたときガチャという音がした。
ロックがかかってしまったのだ!さぁ大変。KさんはOPにいっちゃったし、部屋のドアには
チェーンをかけてしまった。下をみても24階なので声は通らない。そういえば隣は同じ
ツアーの人であった。そこに助けを求めようとベランダの柵に立ってみた。今かんがえると
おそろしいことだが、その時は気が動転していたため、ひょいっと立ってしまった。
隣のベランダまで約1メーター。成功率3割とみた。ここで命をかけるか、柿沼さんが帰って
きて異変に気づきドアをあけてもらうか。人生やりのこしのいっぱいある私は後者を選択。
カメラ片手にベランダに座り込んだ。本でももっていればまだやりすごせるのにと思いながら
。でも、往生際が悪かった。トイレのドアの鍵のようにポッチはないかと探してみる。
そんなものは見当たらない。と、そこで取手が2重になっているのを発見。
内側の黒い部分を上に押してドアを開けてみようとするが、ダメ。やっぱりダメか
とあきらめて何の気なしに黒い部分を下に押してドアを開けると.............。
拍子抜けである。ガラッといままでの「何があっても開けてやらんで」といっていたドアが
「どうぞお入りなさい」とばかりに開いた。「な〜んだ、下に押すのか。はははは」と部屋に
入った途端、ガクガクっと腰が抜けてしまった。いまごろになって先ほどのベランダに立った
恐怖が湧いてきたのである。人間動転していると何をするかわからないというのを初めて
経験した。後日、このことを柿沼さんに報告したが、彼女は鳥肌をたたせながら怒っていた。
そりゃそうだよな。気持ちを落ち着かせようと冷蔵庫のミネラルウォーターを飲む。
冷たくておいしい。どうにか落ち着いたようだ。
10分ほど腰抜け状態でベットに横たわっていたが、荷物をほどき、明日の準備をしてシャワー
を浴び眠りについた。11時頃柿沼さんが戻ってきた。部屋を開け、また眠りにつく。
と、12時。お腹の調子がおかしい。お腹も痛いが、気持ちも悪い。トイレへ向かう。
いきなり下した。それからモーニングコールの3時までトイレの住人と化す。
ラッパのマークも効果なし。結局2時間くらい寝ただけである。朝食を取りにホテルの
レストランに行くが、口から直行状態。食べることはないと思っていた持参のおかゆを
すするはめになってしまった。とほほほ。
こいちゃん、ねもっちゃんに心配されながら(ツアー2日目だというのにそんなに心配
してくれていい人だなぁ〜)おかゆ、梅干しを少し食べ飛行場へ向かうのであった。
いや、その前にお手洗いに寄って。
お次は
ルクソールでファラオの呪い!?