山のエッセイ3011  up-date 2001.04.21 山エッセイ目次へ

軍国主義下の登山(2)

前回のエッセイで予告しました≪山と高原の旅≫の序文の全文を紹介します。


山と高原の旅(序)
本書を公にしたのは、昭和12年5月、支那事変の始まる直前であった。爾来年を閲すること五星霜、版を重ねること20有余回。内外の情勢は目まぐるしい変化を来たして交通の状態は一変し、道路の改修・山の盛衰・山小屋の建設荒廃等、あらゆる方面に著しい変革が行われたばかりではなく、登山それ自身にも再検討が加えられ、趣味やスポーツとしての登山から心身鍛錬の登山へ、自由形式に依る個人登山から高度国防国家の建設を目指す集団的練成登山へと、幾段階かの飛躍が行われた。
山は強靭なる肉体を練成するとともに、より高き自己を完成し、より深き人生の真諦を会得するに必須な修練場たるのみならず、さらに進んで国土の認識を深め、先従者の労苦・偉業を追慕し、以って醇乎たる日本精神を体得するに必要欠くべからざる一大道場である。
見よ!古の修験者を。彼等は三七・ニ十一日間、水垢離をとって、身を清め心を清めて、白衣を身に纏ひ、敬虔な態度そのもので山に向かった。彼等には山を攻撃するとか、征服するとかいった観念は微塵だになかった。況して山を享楽の対象とするに於いてをやだ。然るになんぞ!
泰西文明をそのまま輸入した本邦に於ける登山界の近況は・・・・?
だが今我々はそんなことに目を向けて批判し、怒号している時期ではない。国家が目指す東亜共栄圏の確立へ、高度国防国家の建設へ、一億国民が一心になって勇往邁進すべき時代だ。趣味による個人登攀の修練場を、国民の集団訓練道場に振りかへて、我々の眼前に、ぢりぢりと肉迫して来る敵性国家を、武力戦に於いても、経済戦に於いても、将亦思想戦に於いても、雄々しく突破撃砕して行かなければならない非常時だ。冀くは読者諸君!この心構へ、この精神で真剣に山へ登らうではないか。
尚ほ本書を改訂上梓するにあたり装幀一切を工夫願った足立源一郎氏に対し、深甚な謝意を捧げる次第である。

昭和17年2月15日
           
新嘉坡陥落のニュースを聴きつつ 著者識す


なるべく原文に忠実に転記しました。
泰西文明というのは、文面から見て西欧文明のことかと推測します。
新嘉坡は地名ですが読めません。もしかするとシンガポールのことではないかと思います。大きな拠点となるシンガポールを陥落させたことを言っているのでしょうか。

まじめに読む気もしない内容ですが、それが当時の世相だったということですね。
具体的なガイド内容を次にアップしますが、「練成」が色濃く出ています。