山のエッセイ3018  up-date 2001.06.27 山エッセイ目次へ

山と温泉

山登りをしていると、麓の登山口周辺にはけっこう温泉が目に付きます。
鉄筋コンクリート造りのビルディングかと見まがうような見栄えの良いものではなくて、鄙びてはいるが情緒は満点といった湯が多いようです。

1988年、ガンの手術、人工肛門となってから日本百名山登頂に取り組みました。山から降りてくると、湯治向きの古びた温泉などがあります。疲れた体を湯に沈め、汗を流して帰れたらどんなにかさっぱりして気持ち良いことだろう。
ところがせっかくの温泉を横目で見て、いつも通り過ぎていました。
それは、人工肛門の体を皆の視線に晒すのが恥ずかしかったのです。入りたいのを我慢して、家に帰ってから風呂に入るのが慣例でした。

手術から1年ほど過ぎると、「人工肛門は恥ずかしいもの、隠しておきたいもの」という意識からは卒業できたたつもりでいたのですが、実はまだ克服しきれていない部分が残っていたということです。 人工肛門(ストーマ)にパウチをつけたり、あるいはパットを貼っていたりすると「何だあれは」と言う目で見られるのではないか。そんな好奇の目に晒されるのが耐えられそうにありませんでした。 実際にはそんな目で見る人は一人もいません。私自身の気持ちの問題だけだったと思います。

登山だけでなく、旅行でもそうでした。大浴場に入る勇気はありません。部屋の小さなバスに入るか、真夜中、誰も入っていないのを確かめて、大急ぎで入るなんていう情けないことをしていました。

山の帰りに始めて温泉へ入ったのは、登山をはじめて2年ほど経った夏、羅臼岳に登ったときです。下山してから入った岩尾別温泉が最初でした。
もちろん気にして見る人は誰もいませんでした。なんと気持ちよかったことか。 一度経験すれば、後はもうどうということもありません。下山後の温泉が楽しみの一つに加わってしまいました。付近に温泉がないか一生懸命に探す姿は、私にとっての大変身でした。

温泉が近くにある山を選ぶようにさえなっていきました。 登った山の数も増えましたが、それに並行して入った温泉の数も増えて200を超えています。 一般の観光客には味わえない、素朴な温泉にも数多く入りました。川ごと温泉の「カムイワッカの滝」、十勝岳近くの「吹上露天の湯」、日本最高所の「白馬鑓温泉」など。
温泉らしい雰囲気の温泉として記憶に残るのは、秋田県の「乳頭温泉」、群馬の「法師温泉」、秋田の「後生掛温泉」など、これもたくさんあって、山とともに温泉の思い出にもこと欠きません。
今や“山と温泉はセット”です。