山のエッセイ3056  up-date 2002.11.09 山エッセイ目次へ

主役交代のこと
世は登山ブームとか。とりわけ深田久弥選定による日本百名山の人気は、今や頂点に達した感さえあるようです。書店へ行けば百名山関連書籍の何と多いことか。私が日本百名山を目指した15年前(1987年)は、関連書籍がたった1種類「ひとりぼっちの日本百名山」(佐古清隆さん著)があっただけでした。それを思うとき、この15年間の変りようには驚くばかりです。
その当時なら「日本100名山踏破」と言えば、珍しがられ、立派な勲章として通用したものですし、完登が山岳雑誌の記事になったりしたものです。

このブームの主役が中高年層だと言われています。
昔だって登山ブームと言われた時代がありました。新宿発中央線の夜行列車などは、さながら登山列車と言いたいほど登山者で溢れていましたが、その主役はピチピチの若者たちでした。

主役が若者から中高年に取って代わったのはいつごろのことでしょうか。その経過は私は知りませんが、遮二無二戦後の復興を支えて馬車馬のように働いてきた年代が、高度経済成長を成し遂げ、懐具合も良くなってきたとき、物質的な豊かさだけでは物足りなくなって心の豊かさを求めるようになったことと、健康志向への関心の高まり、それを満たす手段の一つが登山だったのかもしれません。

歩くことさえ出来ればだれでも山に登れますし、ある一日一つ山を登れば、汗した爽快感のほかに、それなりの達成感と、頂に立ったのだという完結感があります。囲碁とか、テニスとかいろいろな趣味はありますが、そのあたりの感じ方が少しちがうように思われます。換言すれば趣味としては大変手っ取り早いし、手軽に楽しめるという要素をもっています。 そうしたことが多忙なミドル世代に、山歩きが浸透していった理由のような気もします。
その延長線上にあるのが日本百名山といえるのかもしれません。しかしこれを完登するにはかなりの費用がかかりますが、バルブのもたらした豊かさが支えとなってこのブームが到来したのでしょうか。