追想の山々1342  up-date 2003.03.25                                         山岳巡礼のトップへ  山名索引表へ

南アルプス
塩見岳(3047m) 蝙蝠岳(2865m) 烏帽子岳(2726m) 小河内岳(2802m)
登頂日2000.06.08 単独 晴れ
●新塩川(5.10)−−−尾根取付(5.50)−−−三伏峠(8.25)−−−三伏沢水場(8.50)−−−本谷山(9.40)−−-塩見小屋(11.20)
●塩見小屋(4.50)−−−塩見岳(5.40-6.00)−−−北俣岳(6.15)−−−蝙蝠岳(7.30-8.00)−−−塩見岳(9.30-40)−−−塩見小屋(10.10-40)−−−三伏峠小屋(12.40)
●三伏峠小屋(4.40)−−−烏帽子岳(5.15)−−−前小河内岳(5.50)−−−小河内岳(6.25-40)−−−三伏峠小屋(8.20)−−−尾根取付地点(9.55-10.10)−−−新塩川(10.40)
1日目 6時間10分 2日目 7時間50分 3日目 6時間
左から 仙丈ケ岳、甲斐駒、間ノ岳、農鳥岳(蝙蝠岳にて)
3000メートル付近の稜線は、天然クーラーの世界。荷物を背負って歩けば当然汗は出る。その汗は肌にまとわりつく下界のそれとは、物理的にはどうか知らないが、質的にまったくちがって感じる。いわゆる「快汗」である。爽やかなのである。涼風に吹かれて、ひと休みすれば、たちまち汗は引いていく。

山小屋2泊。好天に恵まれ、予想以上の高山植物との出会いを楽しみ、身も心も存分にリフレッシュできた。
この山行の目的は蝙蝠岳(こうもりだけ)登頂だった。主稜線から外れているために、登り残したままになっいて、かねてから気になって仕方のなかった山の一つである。

《1日目》
奈良を 深夜12時出発。
長野県大鹿村塩川の登山口着が4時。明るくなるまで30分ほど仮眠。 5時、ザックを背負って出発。
沢沿いを40分ほど歩いたあと、三伏峠へのいやになるような長い急登にとりかかる。 太古、斧の入らぬコメツガ原生林が、原始の世界へ引き戻すような幽幻な雰囲気を漂わせ、魅惑的なすばらしいコースではあるが、それにしてもきつい登りだ。 岩角や木の根にしがみつき、脚力、腕力総動員体制に突入。“攀じ登る”と言う表現がぴったりするような胸突きは、コースタイムで3時間50分の重労働。ここを小憩2回込み2時間35分で三伏峠まで登り切った。
日本一高い峠という三伏峠(2601m)の山小屋は、リニューアルされて新築同様なのにびっくり。良い小屋になっていた。回り道にはなるが三伏沢へ下って、飲料水を少し余分に確保しておくことにする。

三伏沢への途中、花が大歓迎で出迎えてくれた。斜面を埋め尽くして咲くのは「ホソバトリカブト」と「タカネマツムシソウ」の大群落。朝露を含んだ紫花同士、お互い妍を競いあうように咲き乱れ、しばし恍惚。これを目にしただけでも、あの急登の埋め合わせをして、まだお釣が来るというものだ。
水場の沢までは思いのほか下っていた。沢を流れ下る冷水に喉を潤し、2.7リットルのペットボトルをマンタンにする。これで背負う水の量は計4L、これだけで4キロとなり、ザックがどっしりと重くなった。
再び沢を離れて30分ほど登って行くと、三伏峠から直進して来るコースに合流。本谷山までさらに登りはつづく。この登りにもホソバトリカブトやマツムシソウなど、目を引く花の群落が点在する。

本谷山(2658m)ピークでザックを下ろして休憩。日本百名山の「塩見岳(3047m)」が目の前に聳えているはずだが、あいにく山頂付近に雲がからんで全容を見ることができない。
ここから高低差250メートルを下って、350メートル登り返すと今夜の宿「塩見小屋」となるが、この上り下りは実にこたえる。せっかく苦労して登ってきた高度を250メールも下るのは、大切な貯金をガバッと失うような切なさを感じる。
コル(鞍部)からは鈍くなってきた脚を励ましながら、塩見小屋到着が11時20分だった。

蝙蝠岳への山稜
小屋は昨年から予約制になっていたのを、ここで始めて知ったが、この日はあまり混雑はなかろうということで、何とか割り込ませてもらった。
水は背負って来なくても、小屋から往復40分ほどのところに良い水場があった。花が咲いてきれいなところだと、小屋管理人に教えられて行ってみた。ここもホソバトリカブト、ミソガワソウの紫花、マルバダケブキの黄色花が水辺の周辺に群生してお花畑を作っていた。

塩見小屋の建つ場所は、塩見岳山頂から高低差300メートルほど下にある。塩見岳の荒々しい岩峰が、流れる雲の合間からのぞくのを眺めながら、ビールを飲んだりスケッチしたりして時間を過ごした。
夕刻になると、わだかまってた雲がきれいに取り払われ、ようやく展望が大きく広がった。塩見岳や間ノ岳、北岳・・・・3000メートル峰が、夕日を受けて藍色に暮れなずんで行く姿に、しばらく見ほれていた。
小さな小屋は、ちょうど定員いっぱいほどの客となった。
(夕食は小屋のものを食べたが、北アルプスに比して、ここ南アルプスは食事が良くないというのはその通りである。小さなコロッケ二つと味噌汁、佃煮、漬物がちょっぴり。1泊2食、7500円。この後は食事はすべて持参の食料に切り替えた)
《2日目》
未明、降るような星空、まったくすごい。信州の田舎で、子供のころにこんな星空が見られたのを思い出す。
少し足元が見えるようになった4時50分小屋を出発。本命の蝙蝠岳へ向かう。 まず塩見岳への高低差300メートルの急登から始まる。トウヤクリンドウ、イワギキョウ、イブキジャコウソウ、ハクサンシャジン、シコタンソウなどが、岩場の砂礫地に健気に花を開いている。 イワベンケイは赤く変色をはじめている
白峰三山あたりの空が、オレンジ色を徐々に濃くして来る。間もなく日の出だ。急がなくては。
天狗岩に登りついたときがちょうどご来光となった。稜線から深紅の火の玉が頭を覗かせると、たちまちあたりは光に満ち、モノトーンの世界から色が蘇り、すべての生命に息吹が与えられ、歓喜のハーモニーを奏でるようだ。
最近は、なかなかご来光に恵まれなかったが、久しぶりの劇的な夜明けを堪能した。

峻険な岩場を攀じ登ると3047メートルの塩見岳山頂。本日の一番乗りとなった。12年前にここに立ったときは、濃霧と風の中だった。
北には白峰三山、甲斐駒ケ岳、仙丈ケ岳。 南には荒川三山、赤石岳、笊ケ岳、青薙山、兎岳、奥茶臼山など。 そして富士山が果てしないような高さで中空に浮いていた。まるで見えない糸で吊り下げているかのように見えた。

北俣岳
しばらく360度の大展望を楽しんでから、山頂をあとにした。 急な岩の下りを終わり、咲き競う高山植物たちの出迎える北俣岳までのコースは、楽しい稜線プロムナード、うきうき気分で足を運ばせた。ウサギギク、ミヤマアキノキリンソウの黄色花が目立った。
北俣岳直下で、熊の平方面へ直進するコースと別れて、ここから蝙蝠岳へ派生する長い蝙蝠尾根を往復することになる。蝙蝠岳は主稜線から外れているために、つい横目で素通りしてしまうケースが多い。往復のコースタイム約4時間は、「ちょっと寄り道」とはいかないのだ。
北俣岳の首を巻くようにして、痩せた岩稜帯のこぶをいくつか越えて行く。ちょっとしたスリルを味わいながら、この岩場を過ぎてしまえば、あとは広々とした穏やかな尾根が、小さな起伏をしのばせながら、先端の蝙蝠岳へと延びている。
涼風が優しく肌をなで、高原情緒さえ感ずる。蝙蝠岳まで、1、2個所を除いて終始展望に恵まれていて、塩見岳を始め、巨大な山体を誇る荒川三山、富士山などいつでも視野の中に入れての歩きである。標高2800メートル、実にすばらしいこのスカイライン、これこそ「雲の上を行く心地」という表現がぴったり。もう他には何も要らないという気分にさせてくれる。「山っていいなあ」この一言だ。
風を遮るものもない尾根の砂礫帯は、その風に絶えるかのように、ハイマツが名前の通り、地面から10〜20センチの所を、枝先で地面にしがみつくようにして這っていた。
さて気分良く中間の最低コルまで、砂礫の道をゆったりと下って行く。高低差でおよそ250メートルの下りだ。コルは潅木が茂り、ここはきっと遅くまで雪田になっているのだろう。お花畑となって、ウサギギク、コガネギク、オヤマリンドウなどが咲き誇っていた。
コルから今度は200メートルほど登る。勾配が緩い分、距離が長くなって、この登りをけっこう長く感じた。「上に見えるのが山頂」と思って登りつけば、さらに次の高み、何回か騙されてようやく念願久しい本物の蝙蝠岳山頂へ立つことができた。
時刻は7時30分、家にいたら、朝寝坊の人がようやく起き出す時間だ。私は今、表現し尽くせないようなすばらしい展望のただ中にあって、声もなくその景観に感激し、見とれている。
広い砂礫の山頂には新しい立派な山頂表示、三等三角点標石。道標にはニ軒小屋まで6時間と表示されている。知らなかったがそのルートが拓かれたのだ。
塩見岳山頂同様文句ないすばらしい展望、とりわけ悪沢岳の巨大さが目を引きつける。「兜」の形に譬えられる塩見岳だが、ここからは両翼を広げた大きな三角錐が、別の顔を見せていた。
北俣岳山頂からの塩見岳
塩見岳では気がつかなかったが鳳凰三山も確認出来る。 この蝙蝠岳を塩見岳から眺めたとき、大きな羽を広げて、こっちに向かって優美に飛んで来る、巨大な鳥の姿に見えた。必ずしも蝙蝠でなくてもいい。鷲でもいいしコンドルでもいい。しかし「蝙蝠」と名づけたところが、いかにもこの山を魅惑的なものとしているように思うのだ。
30分間、山頂での憩いを楽しんでから同じコースを戻る。
途中塩見小屋に同宿した登山者2組が、ニ軒小屋へ向かって行くのにすれちがった。
行きには首を巻くようにした北俣岳のピークにも立った。岩塊の積み重なった2940メートルの山頂は、小さなケルンがあるだけだった。

再び逆方向から塩見岳を越え、塩見小屋帰着が10時10分。コースタイム8時間を、休憩込みで5時間20の快調の歩きができた。

薄霧が流れる本谷山、三伏山を経由して三伏峠へ。すでに塩見岳は雲の中に隠れていた。
時間も早いし、このまま登山口の塩川まで下ることも出来たが、せっかくの天然クーラーの世界、予定通りもう一泊して行くことにして、三伏峠小屋へ宿泊の手続きをする。小屋はがら空きだった。
夕刻パラパラ雨はあったが、夜半すばらしい星空だった。


《3日目》
夜半、寒さに何回か目を覚ました。この寒さを家まで持ち帰りたい。
さて、三伏峠小屋を薄明の4時45分に出て小河内岳へ向かう。 せっかく1泊したのに、このまま下山してしまうのが惜しくなり、小屋から往復4時間40分のコースタイムの小河内岳へ行ってみることにしたのだ。
樹林の中から始まるコースは、足元がまだほの暗い。樹林を抜け出ると南側は三伏ガレと称する崖、北側は下に向かった一面のお花畑。タカネマツムシソウ、ホソバトリカブトが朝露にみずみずしく濡れている。 ひとしきり急登を攀じると、烏帽子岳山頂(2726m)に到着。夜明け前から来ている写真マニアがカメラを構え、寒さに足踏みしながらご来光を待ってた。
山頂から見下ろす斜面は、ハイマツの広がるその様が、まるで海のように見えた。
蛇足だが、「烏帽子」という山は全国に何十とあるが、その中での最高峰がこの烏帽子岳である。

目的の小河内岳がシルエットの姿を見せている。山頂へ至るまでの稜線がすべて明瞭に見通せる。途中に「前小河内岳」を挟んだ長い稜線だ。気軽に「下山前にちょと往復して来るか」と言うには遠すぎる。「止めておこうか」と、尻込み気分になったが、せっかくだから前小河内岳まででもと思い直した。

烏帽子岳からハイマツの間を縫うようにした道をコルへと下って行く。今朝まだ誰も歩いていない道は、潅木、ハイマツや草の露でたちまちズボンがずぶ濡れてなってしまった。天気が良いし、どうせすぐに乾くからと気にしない。
砂礫の中には黄花のイワインチが点在、そしてトウヤクリンドウ、ミヤマウイキョウなど花の種類も多い。
おやっ、ちょろちょろと目の前にあらわれたのは雷鳥の親子。雛はもう親鳥と区別出来ないほど成長している。でも良く見ていると動きが親鳥とはちがって、まだたどたどしく可愛い。雛はしばらく私を先導するように登山道の先を歩いていた。
今朝も雲一つない快晴となったが、空と山との界には、灰色のもやが溜まっていて、昨日が好天のピークだったようだ。
太陽がちょうど蝙蝠岳山頂の真上に上がった。一瞬の輝きがまた山々を眠りから目覚めさせた。ここ南アルプスの山々は、北アルプスと異なって緑の多いのが特色である。その濃い緑が暁光に輝く。岩をむき出した北アルプスとは、また違った山岳美を見せてくれる。
前小河内岳山頂(2784m)は、標識も何もない山頂ながら、展望は素晴らしい。ここで引き返すつもりだったが、目の前に見える次のピーク小河内岳を踏まずに引き返すことが出来なくなった。
岩稜の急斜面を一気に下り、あとは緩やかな勾配を辿って行く。可憐なコバノコゴメグサの群落が点在し、チングルマの穂が朝露にキラキラと光る姿が美しく、思わずカメラのシャッターを切る。
小河内岳山頂
ハイマツの中を登り詰めた小河内岳(2802m)山頂は、広場のような大きな山頂で、直下には管理人のいる山小屋がある(以前は無人の避難小屋)。砂礫の山頂には、2等三角点と山頂標識が、そして展望は勿論360度遮るものは何一つなし。
烏帽子岳の背後に塩見岳、そして雄大な羽を広げた蝙蝠岳。悪沢岳は手が届きそうだ。
北岳、間ノ岳、甲斐駒ケ岳、仙丈ケ岳、聖岳、赤石岳、大沢山、中盛丸山、池口岳、奥茶臼山・・・・・それに富士山など。 周囲見渡す数々の山の中で、私がまだ登っていない山を探すのが難しいほど。これまでよく登ってきたものとわれながら感心する。
来て良かった。心中満足に微笑みながら山頂をあとにして三伏峠へと戻った。
早くも山々の頂には雲が絡み付き、ガスが上がりはじめて展望をかき消そうとしていた。

三伏峠からの下山は、登りもきつかったが、下りも膝への負担が大きい。特に膝を痛めてからは下りも辛くなっている。
無事3日間のすばらしい山行を終えて、塩川への下山は10時40分だった。


《登山道について》
新塩川からのコースの他に、鳥倉林道からの新しいコースが拓かれ、三伏峠まで高低差にして400メートル、時間にして1時間以上楽に登れるようになったと聞いた。
事実、大半の人が鳥倉からのコースで登ってきていた。ただしバスの便はないとのこと。

《山小屋について》
鳥倉コースだと、1日で塩見小屋に入れるため小屋が混雑するようになった。昨年から宿泊には予約が必要となっている。無人小屋、避難小屋主体だった南アルプス南部も、今は食事も提供はする小屋が増えていて、縦走も楽に出来ようになっているということです。

1988.08.19 北岳---間ノ岳---塩見岳 縦走の記録はこちらへ
  
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