クィーンシャーロット諸島Day6(7/28)

そして、ポールへ会いに。。。


「人生の中で一番大切なことって何?」

ミチオの問いに、あと残されたわずかな時間を生きている ヘレン・ロードは答える。

「友達だよ」

「イニュイック=生命」の中で、一生忘れない言葉として 星野道夫が残した言葉。

たった一人で、森に還るトーテム・ポールの前に膝をついて、 友達の写真をみていたら、涙が溢れてとまらなくなった。

「セニョール、おまえは、まだ生きているのかい。  生きているのならどこにいるんだい?  オレは、何ができるのだろう?」

答えはない。
でも、僕は一生かけてその答えを探さなくてはならない。 沖縄のさらに南、八重山で時化の海に消えた友を強く想う。


天候は曇り。ときどき晴れ間が指す。 目の前を、潮が川のように流れていた。 前方のRoss島から、同時刻にでてきたカヤックのグループが 潮に乗って飛ぶように横切っていく。 こちらも、潮の本流にフネを運び、爽快な流れに身をまかせた。 休憩をとっている先行する集団に追いついた。 その中に、SandspitのB&Bで、いっしょになったチェルシーがいた。 キュートでなトフィーノ・エクスペデイションズのカヤックガイドで、 現在、アシスタント。出発前に僕らに、ヨガのポーズを レクチャーしてくれたのだ。 嬉しくなって、チェルシーと話していると、

「たいちょー、ここで、ロックフィッシュを釣っちゃだめなの  しってるか?って聞いてるよ!」

とChiggyの声。 振り返ると、怖そうな女性ガイドが、きつい目でみていた。 メリッサと呼ばれる彼女がこのツアーのボスだったのだ。 実は、すっかり忘れていたけど、一瞬にして思い出したので

「もちろん、知ってるよ!」

と答えておいた。 彼女たちのツアーはこのまま、アンソニー島に向かうようなので、 時間差をおくため、僕らはGordon島に立ち寄ることにした。 少し休憩したのち、海峡をわたって、アンソニー島へ。

「たいちょー、僕の頭の中は世界遺産のテーマがなりっぱなしです!」

バウマンのRyuが声を弾ませる。 そして、いよいよ旅のゴールが近づいてきた。

門のように突き出た岩場を抜け、小さな小さな入り江に カヤックを滑り込ませると。。。

「猫の額ほどの浜辺の奥に、うっそうと生い茂る木々とは違う裸の大木が一列に並んでいた。  長い間想い続けていた、  歳月に風化したトーテムポールだった。人々の夢、喜び、悲しみ、怒りを、時の流れの中に押し込んだまま、シーンとした浜辺に今なお立ち続けている 」

その時、時間が止まったように感じた。 口では説明できないが、奥底から湧き出てくるものがある。 言葉は、もういらなかった。

その想いは瞬間で去る。 バウに座るRyuの震える肩に現実の世界に戻されたのだ。 Ryuの感動と興奮が伝わってくる。 はじめての海のツーリングで、よくまあ漕ぎきったものだ。 お疲れ様、そして、きてよかったね.

後ろからカメラを構えたChiggyのシングルが滑りこんで きた。数枚記念撮影をして、余韻を残したまま島の 裏側の上陸ポイントへ向かう。

そこで、上陸場所を探していた別のカヤックのグループ といっしょになって、ウオッチマンサイトへ訪れた後、 木道を通って今度は、陸からポールに近づいた。

一番最初に浜から近づくと、それは僕をじっと見つめていた。

「多くのポールは既に傾き、いくつかは地面に横たわっていた。 苔むし、植物さえ生えるトーテムポールから、 消えようとする模様が何かを語りかけていた。」

「クマの両手に抱かれた人間の子ども、 クジラのヒレの間から顔をだすカエル、 村を見守るかのように最上部に刻まれたハクトウワシ。」

[旅をする木・星野道夫]

静かな静かな時が過ぎる。 そして、僕らはポールを後に帰路へ着いた。

その時、大切なことを忘れていたのに気がついた。 神秘的な時間に、われを忘れてしまっていたようだ。

「忘れ物!」

そう告げて、ポールの居る浜へ、独り引き返した。 そこには静寂があった。 走って戻ってきた僕の息遣いだけが聞こえる。 防水バックにしまってあったセニョールの写真をとりだして、 ポールを見せた。

「やってきたよ。セニョール。  俺に何ができるかわからないけど、面白そうな  ところに行くときは、また連れて行くからな」

この旅に出て初めて泣いた。 放棄された無人の村で、オールドクロウが泣いていた。 帰ってきた僕に二人が声をかける。

「何、忘れたの?あった?」

「約束」

ふたりが、瞬時にうなづいた。 帰りの道中にも素敵な出来事があった。 本日はビッグ・デイだ!

Chiggyが昨日Ryuがキャンプサイトにセレクトした浜を指さして

「アれ、クマとちゃう?」

と声を上げる。

「え?アレ、岩だよ岩」

とオイラとRyuがハモった瞬間、 その岩が動いた!

なんと、その塊はブラックベアだったのだ。 こちらに気づかずいっしょうけんめいビーチコーミング しているので、どんどん漕ぎ寄った。

黒いのはクマだ!

「はい、Ryu、ピース!」

とブラックベアをいれて記念撮影。 クマまでの距離は、もう10mもない。 ちょっと悪乗りして、カヤックを浜にのりあげる。 その距離5m。 こちらに気づいた熊が飛びずさった。 こちらも、とびずさってバック漕ぎ。 やべやべ。

驚いて離れあった熊と僕ら。熊は手前の海草ラインに居たのだ!

しばらく熊を鑑賞したあと、ここのキャンプはやはり遠慮して 小さな無人島のRoss島に渡った。

途中、動物発見人と化したChiggyが、こんどはパフィンを見つけた。 一度もぐった道化師は、Ryuと僕のすぐ横に浮上して そのユーモラスな顔を見せる。 ブラックベアにパフィン、なんて幸運なのだろう。

禁漁区域を脱した後、Ryuと晩メシように、カサゴを一匹づつつりあげ、 テントサイトへ向かう。

夕方遅くなったけど、充実した一日だった。 あとは、目と鼻の先にあるRose Harbourのスーザンのところへもどって、明後日のピックアップを 待つだけだ。 明日は完全休養を宣言して、トーテム・ポールとの邂逅の余韻にひたったまま 焚き火で晩餐。 Chiggyがスーザンの栽培したカリフラワーをまるごと蒸し焼きにしてくれた 料理が感動ものの旨さ。

夕焼けのあとは、満天の星の天体ショー。 一等星がわからなくなるくらいの星々の輝きだ。 流れる星と焚き火の炎を交互に見ながら、ウィスキーをあおる。

Chiggyが海面を優しく撫でると、海面が蛍光を発して煌いた。 夜光虫だ。 シングルカヤックを浮かべて、夜光虫パドリング。 星の海の下、パドルにすくわれた水に、幻想的な光が明滅する。

感動していた。

旅の一番の目的を終え、安心もあったのだろう。 僕も、Ryuもどんどん酩酊していく。 Chiggyも美味しそうに日本酒を干した。

Ryuの照れ笑いをまじえた失恋話のあと、 焚き火の炎と酒の魔法にかかったのか、 Chiggyがポツリと話し始めた。

「私、法律事務所で働いててん。 その時の離婚する夫婦をたくさん見てきたから、  どろどろの罵倒し合いで、結婚なんて、 なんでしたんやろと思う位やったわ」

「私がカナダでホームステイしたファミリーなんやけど、 それはもう絵に描いたような理想の家族やってんな。 裕福な家庭で、事業もうまくいってて、美人のお母さん、 優しい旦那さん、頭のよい素直な子どもたちに恵まれてて、、、 それがな、離婚しはってん。 もう、ショックでそれ以来、立ち直れなくなってしまって・・・・」 

「そんなことないよ。うまくいっている夫婦はたくさんいるし、、」

と答えながら、よかった、我が家はそんなことにはならないぞ。 だって、オレが幸せにするんやから。。。と安心していた。 そんな僕でさえ、日本に戻ってから気持ちのすれ違いであわや離婚の危機を 迎えそうになり、胃を痛めてしまった。われながら情けない話だ。

夫婦はまったくのあかの他人だ。 だからこそ、究極の友人にならないと続かないのだと思う。 熱愛期間をすぎれば、お互いの尊敬と相互理解が薄氷の ような関係を維持していくのに必要不可欠なものだ。 いつまでも続く幸福などは存在しないのだ。 生き物が石でなく葉を選んだ瞬間から、生は必ず死に向かって 走るしかないのだ。 毎日からだの細胞が生まれ、そして死んでいく。 そのバランスが崩れ、死ぬ細胞が多くなった時に、残された細胞で 営みを続けられなくなった時、寿命を迎えるのだ。 どんなに相思相愛で、結ばれた二人でも、その幸せの絶頂が 続くわけではない。 お互いに、変わっていく。それが生き物だ。 また、変わっていくからこそ、新しい発見をそこに見つけ、 尊敬と感謝の念が沸き起こることもあるだろう。

恋愛の魔法にかかり、君が僕で、僕が君の存在になっている瞬間。 世間でいうLOVELOVEの状態では、相手のしぐさのすべてが 愛しくかんじられ、あばたもエクボの状態になっている。 それから魔法がさめ、生活という現実に立ち向かい、 日々の暮らしの中で、神経をすり減らし、、、、 こうではなかった。こんなはずではなかったのに、あの人はなぜ、 私のことをわかってくれない。言うことをきいてくれない。。。 言ってはいけない言葉で、お互いを傷つけあう。 疑心暗鬼から、どんどん悪化していくことが、夫婦にはあるのだろう。 また、子育てを終え、自分の人生の終着駅が見え始めた時に、 やっぱり本当にやりたいことをやっていこうとして、 二人の生活を終えるのかもしれない。

この世で絶対なものなど、 存在しないということだ。 二人で生活を営みたいと思ったら、結婚すればいいし、 間違っていたら、離れればいい。 子どもがいる場合は影響が大きいだろうが、それで、子どもが すべてぐれてしまうとか、恋愛恐怖症に陥るなんてことはないだろう。

結婚という船出に、安全を求めてはいけない。 困難が待ち受けていても二人で、乗り越えればいい。 その旅を良いものとするか、悪いものとするかは、 二人の気持ちしだい。 まずは、勢いでつっぱってしまえばいい。

傷つくことを恐れずに。自分の直感を信じて。 そしてトラブルを楽しめれば。。。 その瞬間が是であれば、それはいいのだ! 人はその瞬間瞬間でなさねばならないことがある。

勇気。勇気が人をわける。そしてチャンスは一度。 放たれた矢を取り損なえば、後悔しか残らない。

ChiggyとRyuが眠りついたあとも、いつまでもいつまでも、 焚き火と星を眺め続けた。

徳之島の海に還ったダイバー石射俊明、独りぼっちで逝ったナベちゃん。 彼らがフワリと笑ったような気がした。

友よ。 そして、セニョールよ。君の声を、あの調子の良い喋りを もう一度きかせておくれ。

朦朧としてシュラフに倒れこんだ。 この旅で、本当に友達になったRyuとChiggyに心から感謝した。 そして、旅に送り出してくれた奥様にも。

人生で一番大切なものは?

友達だよ。。。。