第1章 十勝川
日高山脈を望む爽快な流れ

日高山脈が見えた!
中流部は快適な流れ。気持ちの良い瀬がたくさん。下流は湿原の中をゆったり流れる。ここでは新得の東、新清橋から芽室の祥栄橋までの25kmの川旅。一泊二日の、のんびりツーリングを紹介。初めての単独行(ソロ)の出発の興奮を、感じて下さい。

9月25日 十勝川(第一日目)快晴
 1991年の秋に話は溯る。とにかく僕は貧乏だった。貧乏学生なのに、何を思ったか折り畳みのカヌーを購入したもんだからさらに、貧乏になりついに下宿代も払えず、大学構内の池のほとりにカヌーを浮かべ、借り物のテントを宿にして暮らしていた。

風呂は友人宅におしかけ、夜は研究室に篭って実験ばっかりやっていた。

その甲斐あってか、良いデータがでたので、秋の学会に発表することになった。春から続いて発表できて嬉しいかぎりだが、何より嬉しいことに、学会の開催される場所は北海道の北海道大学だったのだ。発表者には教授の手伝いという名目で旅費が支給される。

お恥ずかしい事に、バブル絶頂から後半といわれる黄金時代であるのに、一介の貧乏学生の僕は、北海道の地を踏んだことさえなかったのだ。

学会後の一週間、休みを貰って、北海道の川を廻る計画を立てた。そうそう行けるハズはないから、欲張って十勝川と釧路川の2つを下ることにする。

期待と興奮、ちょっぴりの不安を胸に巨大なカヌー、ほとんど借り物の安いキャンプ道具を持って寝台特急「北斗星」で札幌に向かった。

学会3日目の研究発表が終わった僕は、翌日学会最終日を蹴って、いざ十勝川へと出発。空は僕の心と同じように快晴。AM10:44発の特急”とかち”に乗り、帯広の手前の新得をめざす。

いやあ、北海道である。北海道なのだ(まるでビールの宣伝だな)。こーゆーとこはきょぴきょぴのGALだとか、アホな男どもが集団でいくところよ、っと見向きもしなかったのだけど、心のどこかでは、きっと素敵なところだ、もう少しとっておこうと想っていたんだね。

素敵な漢(おとこ)が素敵な所へ、哀愁とカヌーを背負って独り旅。うーん、かっこいいねえ。よいねえ。(ひとりでやってろ!) 

根室本線新得駅で降りる。バスで十勝川へ。これより上流は屈足ダム、岩松ダム、十勝ダム、上岩松ダムの四つのダムに分断され、ツアーできないので屈足の新清橋を出発点に選んだ。停留所はないが、橋でバスから降ろしてもらう。

河原におりて、前夜の寝不足で痛む頭をだましだまし一人乗りのファルトボート(組立式のカヌー)を組み立てる。今回、国産のパジャンカ(全長4m、幅60cm、重さ18kg)を使用した。WOODのフレームにナイロン製の布を張ったもので、色はコバルトブルー。

船名は”アルカデイア号”!

川が青い!アルカデイアを組立てて水面(みなも)へと滑り出した。

この船出のときめき。恥ずかしい事に、単独で下る初めての川下りなのだ。
このときの気持ちはなんと表現すればいいのだろう。人生ってこんなに気持ち良く楽しいものなんだ!世の呪縛からすべて解放された自由な気持ち。これは体験した人しかわからないだろう。しかも一人ぼっちというロケーション。

緊張どぎこちなくなりながらも、岩をよけながら瀬を漕ぎ抜ける。すこし緩やかになったところで、あんぱんをかじりウーロン茶を飲む。ほっと一息。

 河原に四羽のアオサギがこちらに気づいて飛び立った。 このあたりでは有名なタンチョウヅルについで大きい。次々にあらわれる早瀬に心がはずむ。頭痛も吹き飛んだ。 2kmほど下った所で熊牛発電所で取られていた水が左から合流して水量が増える。波の瀬をスピードにのって漕ぎ抜けた。

「ほっほう!サイコー!」

快調快調。顔はゆるみっぱなし。此処までカヌーを背負ってきた苦労は、このよろこびに比べればたいしたことではない。

大きな波やストッパーに突っ込み、頭から水を浴びて遊んだ。

あるカーブを曲がると、前方に日高の山々があらわれた。秋の澄んだ空に、雄大な山容が映える。よい眺めだ。S字の瀬のあと、二股になっている中州が現れた。大きな流木がころがっている。

前の瀬の上に共栄橋が架かっていたので上陸。牧場で水をもらう。もどると3時半、西日だったので、今日はここで野営にする。薪にも困らないしね。本日の漕行5km。明日は帯広だ。

風の音で目が覚めた。
テントをパタパタと風が叩いていく。
しばらく寝袋の中で寝直そうとするが無理だった。
風の音と川の流れる音に慣れてくるとこんどは無性に孤独感が襲ってきた。

寂しいのだ。24年も生きてきてこんなに寂しさを感じたことはなかった。
俺はいったいこんなところで何をしているんだろう。都会の雑踏の中やひとりぼっちの部屋の中でも孤独を感じることはある。しかし、こうやって周囲に人の気配を感じない野の中で一人夜を迎えてしまうと、いうにやまれぬ孤独感に苛まれる。
テントからはいだして焚火をおこし、バーボンを煽った。

夜空には雲ひとつなく、天空には十六夜(いざよい)の月。
東にオリオン。
西に白鳥座。
夜空にすいこまれそうだ。

想わずキャプテンフューチャーの主題歌を口ずさんだ。

子供のころは 宇宙(そら)を飛べたよ。
草に寝ころび心の翼ひろげ どこへだって行けた僕だった。
 どっちを向いても宇宙..どっちを向いても未来..
 どこまで行っても宇宙..どこまで行っても未来..

降るような満天の星空をみながら、宇宙に想いをはせたあの頃の僕がそこにいた。
現金なもので、いざ自分の声で歌をうたうとそれなりに元気がでる。
子供の頃にもどって好きだった歌を記憶の引き出しからひっぱり出しては回想に耽った。
調子にのってキャプテン・ハーロックのアルカデイア号の唄もうたう。

宇宙の海は 俺の海   俺の果てしない 憧れさ 
 地球の唄は 俺の唄  俺の捨てきれぬ 故郷さ
  友よ    明日のない星と知っても   やはり 守って戦うのだ
                命を捨てて、俺は生きる      命を捨てて、俺は生きる

何をかくそう我が愛艇のアルカディア号はこの古代文明にちなんだ宇宙船からとったものだ。 親友の娘、そして生まれて来る次の世代の子供たちのために、圧倒的戦力をもつ宇宙人マゾーン艦隊にたった一隻の船で立ち向かう男。 宇宙海賊キャプテン・ハーロック。 彼は権力をにぎる肥え太った俗物共に地球を追われる。

なのに、彼は地球のために、自分の信念のために命をかけて戦うのである。 親友の手によって命を吹き込まれたアルカディア号で、自由という旗のもとに集まった信頼しあえる仲間たちと宇宙の海をゆくハーロック。 僕のバックグランドはよくまんが世代とバカにされるけど、まちがいなく、あの頃、あの時にあるんだなあ、としみじみ想う。 焚火の炎がやさしく僕をつつむ。

シュラフにもぐって、P.J.ホーガンの”ガニメデのやさしい巨人”を読む。題名のとおりなのでこまってしまう。もうちょっと考えてつけろよ!  けど、アイデアやなぞときが凝っていて文句なくおもしろい。最後にあっ、そうか!っていうのがこれほどでてくるんだから。 それに、科学技術に対して、いまでは考えられないぐらい楽観的というか、人類の可能性を肯定しているところがまたいい。主人公が物理学者ていうのもいいぞ!こころあたたまるファーストコンタクトの話を読みながらまどろむ。

不思議だ・・・今日は、
 宇宙(そら)が身近に感じられる。
 広陵とした寂寥感。
 けど不思議なあたたかさ。
 どうやら少しだけ孤独を楽しむすべを手にしたようだ。
いろんなことが浮かんでは消える。
好きだった女の子のこと。
風の音。
靜かに時がながれる。

9月26日 十勝川(弟二日目) 晴れのちくもり
 寒さで目が醒めた。気温は放射冷却のためかなり落ちこんだようだ。テントからはいだし焚火をおこす。きのうの残り飯を味噌汁にぶちこんで朝食。テントをたたみいざ出発。さっそく、1、2級の瀬が連続してあらわれる。心はかろやか水の上。
 いよいよテトラの瀬が迫ってきた! なんと流れのちょうどまん中にテトラポットが立ちふさがっている。これを避けるためにはシケイン状のクランクを行くように流れのなかでS字をきらねばならない。元気に突入。テトラの端、ギリギリのところを狙ってアプローチ。しかし、本流の流れは激しく、アルカデイア号はどんどん次のテトラバリアの方へ押しやられる。
「うひょおー!☆☆☆!・・・」
ごおおおおおおおおおお!
「うあああああああああああああああああああああ」
パドルを漕ぐ腕に力がこもる。
「おら!おら!おらああああ!」
なんとかクリア。

ぬけるような青空をバック日高の山々がそびえて・・・真っ青な十勝川の水の上。

「この風景はすべて俺一人のものだあー、最高だあー、ザマアミロー」

上川橋から十勝橋間も爽快な流れ。アオサギといっしょに川を下っていく。
パドルを漕ぐ手を休めて流されていると、岸をちょこちょこ走るものがいる。
「ありぃ!ミンクだ!」
きょときょとしている。パドルで水面をぱしゃぱしゃ叩くと、魚とかんちがいしたのかポチャンと飛び込みこちらのほうへ、泳いで来た。なんとも可愛らしい泳ぎ方である。クンッとあたまをあげる。目と目が合った。三秒後、くるっと反転してしょわしょわっと帰っていった。何ともひょうきんな奴である。しばらく岸づたいに追っかけてきた。

3時に祥栄橋に到着。水に戯れすぎて昼飯をしっかり喰ってないので腹時計がなりっぱなし。めしを喰いに上陸。腕の筋肉がパンパンに張っていた。けっこう気合いを入れて漕いでしまった。漕行20km。下っていたのは3時間ぐらいだから速いペースだ。芽室の街へ探索にでる。上陸地点へもどると5時になっていた。きょうはここまで。帯広へはあと10kmだ。テントを張り終えると心地よい疲労感がおそってきた。北川温泉へ。三百円也。ぽかぽかのままぐっすり眠った。