第2章 摩周ユース・ホステル

十勝川から、釧路川へ。移動の途中で、出会った自転車青年、関直樹。旅の醍醐味はなんといっても人との出会いだ。台風に追われたオレ達は、摩周ユースホステルに逃げ込んだ…


9月27日 十勝川〜摩周Y.H.(第3日目) くもりのち雨のち嵐
 やけに暖かい。テントから出ると曇り空だった。今日は帯広の十勝大橋まで下り、昼から屈斜路湖へ行く予定。出発準備をしていると雲が厚くなって、とうとう雨が降り出した。とりあえず荷物を祥栄橋の下へ運ぶ。 どうしようかと考えながら、塩ラーメンを作って喰う。目的地までは、カヌーで2時間ぐらいか。しまった!昨日のうちに行っておけばよかった。雨はどんどん降ってくる。日高山脈がけぶって見えなくなった。

”よし!どうせ今日は移動日なんだから、屈斜路湖までいっちゃおう”

と、アルカデイア号を折ってたたんじまう。近く(といっても2kmはある)の芽室駅へ。
今回の旅でわかった事だが、こーゆー旅では歩くというのは拷問以外のなにものでもない。カヌー、テント、シュラフ、マット、食料などすべてをしょって歩かなければならないのだ。おまけに水とくると重量は40kgをゆうに越える。これを担いで行くのである。水の上では、ミズスマシのようにかろやかにすべるカヌーも、てめえが荷物になっちゃうと20kg加算されちまう。 

それが全て肩にかかるのである。するってえとどうなるか、まず、血が腕に行かない。約30秒でしびれてくる。まず進めて50mがいいところ。がんばって300mも行こうものなら、目がくらくらしてあたりが真っ暗になってしまう。肩で止まってるってことは、むろん頭にだって、血なんかいっていない。

んで、休み休みトコトコ進んで行くことになるんだけど、すこし段差のある椅子のような場所がないと休めない。地べたにへたりこむと重さで、いきおいよく仰向けにひっくりかえり、裏返ったカメのようになるのだ。札幌駅のホームでこれをやってしまい、おじいちゃん、おばあちゃんに駆け寄られて困ってしまった。

やっとのことで、芽室駅へ到着。一両編成の鈍行で帯広へ。特急あおぞらに乗り換えて釧路をめざす。雨はますます強まり空は黒ずんできた。列車から十勝川に流れ込む札内川(すごいきれいな川である)、千代田大橋が架かる十勝川を過ぎる。
”さらば、十勝川。いつか残りを河口までやってやるからな!”

夕方、釧路に到着。網走行きの列車(釧路本線)に乗る。 今日は雨の中、テントをはる気にもなれず、摩周 Y.H.(ユースホステル)に電話で予約をいれておいた。ユースに一番近い摩周駅(旧弟子屈駅)へと向かう。

大きな荷物をかかえていたので、客席にはいらず、出口の通路にいた。するとキカイが

「セイリケンをおとりください!」

と繰り返し始めた。止まらないので、これはひょっとして自分に反応しているんじゃないか?
カヌーをおいて客室へ入った。

乗客は、部活動帰りの中学生、高校生が多かった。座席に座って

「ふーう」

と一息。・・・っと、ふいに
「カヌーやられてるんですか?」

と、声をかけられた。左をみると、ジャージを着た背のひょろ高い男が、目をキラキラさせている。不精髭がもみあげのようになっていって、細ながい顔とあいまって、ルパン三世みたいなやつだ。ぎょろとした好奇心旺盛な目をしている。ぱっとみ、高校生でサッカーかなにかの練習の帰りだと思っていたので、
「へっ?」
と、すこし驚いた。
「自分はチャリダーなんすよ」
元気に喋る。喋り方も良い。とくに目が良い。一気に気に入ってしまう。いろんな話をする。 北海道を2カ月間、バイトしたりしながらMTB(マウンテンバイク)でまわっているとのこと。今年は紅葉とともに南下して、沖縄石垣島にいく予定だという。

「ほえええ〜」
と感心してしまう。今20歳、横浜の鶴見出身。高校を卒業した後、バイトをしては、放浪を繰り返すプータローですと明るく笑う。北海道に詳しそうなので、どこかヨイトコロはないかねと聞くと、なんかミニコミ誌風のガイドブックを引っ張り出してきて、
「これいいですよ」
といろいろ教えてくれる。

「あとほんとは秘密にしときたいけどコタンの温泉、なんとかかんとか、なんとかかんとか」そして「もっとあるけど、そこは・・・」
と、自分のとっておきの場所があるらしく教えてくれない。
楽しくなってきた!
そうだ!そうなのだ!男たるもの自分だけのとっておきを、持っていなくてはならないのだ!秘密の数だけミステリアスなよい男になるのだよ。
そして、酒の席で、親しい友人にぽつりぽつりとこぼすのがまたよいのだ!
 こうゆうやつに会うから人生はおもしろいし、人に絶望もしないのである。

「カヌー、いくらすんですか?」
とかの問にブッキラボーにこたえながら、なにを思ったか
「カヌーのってみんか?」
と聞いてしまった。
「ほんと?イインスかあ?やったあー!やったぞー!」
こりゃこりゃとヨロコビだす。
『いいぞおおお。あっ、そうだ、今晩どちらに泊まられるんスか?』
「摩周ユースに予約を入れたんだがどうしようかなあ?やめて、テントで寝ようか?」
「ユースですか?会員じゃないけどいいです、オレも泊まります。けど今から泊まれますかね?」
 摩周駅に到着。外は雨。もうすでに真っ暗である。

 摩周駅は弟子屈の街のまん中にある。弟子屈は道東のどまんなかに位置し、有名な霧の摩周湖やクッシーの屈斜路湖、阿寒湖、オンネトーに囲まれていて、湖めぐりの起点となっている。街の中に釧路川がながれる温泉宿でもある。半径50km以内に網走、知床、根室、釧路があり、道東探索の拠点となりつつあるようだ。 駅も駅というよりぱっと見、おしゃれなペンションだよなあ。
送迎バスでユース・ホステルへ。2人でも泊まれるとのこと。摩周ユースホステルもまたおしゃれな造りでペンション風だった。建物の隣に素敵なレストランがありそこで食事をするようになっていた。はらぺこのおいら達は速攻で晩飯食べにレストランへ。ホステル・デイナーというシャケのソテーを注文。 いっしょに行動をすることになったルパン三世こと関直樹と出会いを祝ってバドワイザーで軽く乾杯した。

「ウメ〜エ!」

関がメシをバクバク食い始めた。一杯目をおかずでたいらげ、二杯目をスープ、三杯目をプリンで食いやがった。 なんてやつだ。目をまるくしてしまった。俺も負けずにわしわしと詰め込む。ふぃー、食った、食った。 談話室にまんががいっぱい置いてあった。なんと、カリブ・マーレイの名作”ボーダー”がある!
「これっ、いいスねえー」
「なにっ、おまえもか!」
と、再び意気投合。横から聴こえてくる
「きゃあー、ライダーなんですかあ〜」
「なんとかは、よかったですよお〜、もう〜感動〜」
「きゃぴぃ〜」「きゃらきゃらあ〜」

とかゆううっせいのをものともせず、ぐわっといっせいに読みだす。 やはり”ボーダー ”は良い。 せつなさ、哀愁、怒り、ありとあらゆるものに対する男のこだわり、そしてメルヘン。もう誰がなんと言おうと良いのです。 圧倒的に!男は荒野をめざさねばならないのであるっ!
 じーん、としてるとなんか人がいっぱいどやどやと集まってきた。そして、きちんと席についたのである。一段高くなったところで、ねっころがってまんがを読んでいた俺と関は不思議な立場になった。 なんですかなんですかなんなんですか(シーナマコト調)と心配する間もなく、受付にいたとっぽい兄ちゃんがいきなり説明を始めた。例のミーチングなるものをはじめたらしい。いちおうフンフンと聴く。

 台風19号が北海道めがけてやってきているらしい。それも大型で、明日には直撃だそうだ。
 明日は快晴の屈斜路湖でカヌー遊び、なにがなんでもカヌーよ、ぜえったい、やってやるけんね!の壮大で一方的な計画を立てていたのにっ!うひょー、まあ嵐の中でやるのもおつなもんよとふたりで笑い合う。

 風呂から上がって、再びまんがを読む。”ボーダー ”を読み終わって次を物色している関に、吉田秋生の”河よりも長くゆるやかに”を薦める。米軍キャンプのある街で高校生の主人公がときにバカらしく、ときにはものがなしくほのぼのと話は進んでいくのだが、これがもう良いのだ。お勧めです。

関も気にいったようだ。 ふと気づくと俺達以外には外人4人組だけになっていた。ユースホステルというところは、お互いに親睦を深め合うというふーなものかと思っていたんだが全然違うみたいだ。おりゃまた人生論とか恋愛論とか熱く討論したりするのかと勘違いしていたようだ。実際には、
「すごいですねー」
「じゃ、おやすみなさーい」
で、あっちゅうまにおわるようだ。 焚火を囲んで、みんな、さあいっしょに歌おうぜ!これが青春だ!といいうのを想像して、そうかそれはちょっと照れるなあ、困ってしまうなあ、まいったなあーというのは一方的ないらん心配だったようだ。 まあ、みんなあしたの計画とかがそれぞれあるんだし、そう盛り上がってばかりもいられんのだろうなあーと一人で納得。すると、
「消灯ですよー」
ときた。部屋へ引き上げる。心地よい疲れがおそってきた。寝ようとすると外人二人が入ってきた。
「Good night!]
と言い合ってベットに入る。一人はベットから足が出ている。2 mはあるんじゃないか?