第3章 屈斜路湖

屈斜路湖に浮かんだ関 青年。ニカニカ。
台風が通り過ぎた屈斜路湖へ関 青年と向かう。湖に突き出した和琴半島は温泉パラダイス。鼻の下を伸ばしながら考えるは混浴露天風呂大作戦!

9月28日 屈斜路湖 (第4日) 台風のち晴れのち雨

 風の音で目がさめた。外は嵐。予報どおり台風がやってきているようだ。
大型の台風 19 号は九州、中国地方にかなりの被害をもたらしていた。
 テレビがもうすぐ函館に上陸とがなっていた。なんてこったあ直撃だあ!
どうしようかという顔の関。目があった。笑い合う。(いいなあコレ!) レストランへ強風を突破して駆け込む。
しぼりたての牛乳とパン、ソーセージ、タマゴがまっていた。品のよいおばさんに牛乳のおかわりをもらって腹いっぱいたべる。
 他の泊まり客もやってきた。
「今日はどうする」
「これはなにもできんなあ」
「あかん、ここでもう一泊しよう。予約入れとこ」
という会話が聞こえてきた。

おれたちは、嵐の中でだってやるけんね。なにがなんでもやってやるけんね。カヌーよ、カヌー、カヌーなのよ!なのでぜんぜん気になんない。
 四国育ちで台風をよく知っているおいらは午後からは晴れよ、と読んでいた。関にそういって、のんびり過ごす。 昨夜の外人と目があったので、
「ぐーてん・もるげん!(注:ドイツ語でおはようの意味)」
とあいさつすると
「オオウ!グーテン・モルゲン!」

と目をうるうるさせて迫ってきた。会話のはしばしからたぶんドイツ人だろうと思って気軽にあいさつしたのだが、とんでもないことになった。こんなにカンドーしてくれるんならと、調子にのって、知っているドイツ語をゼンブ羅列した。するとまたまた猛烈にカンドーしたらしく、体をぶるぶるさせて
「グウーット(注:ドイツ語で良い、すばらしいの意味。Good!と同じ)」

ときた。日本人の教育はすごく進んでいる。すばらしい。なんてうまいドイツ語を話すんだ。完壁だ。という意味のことをいう。いやあー、照れちゃうなあ。まあ国際親善にちぃーとは役立ったかな。 てなことやってると、眼鏡の兄ちゃんがやってきて送迎バスが出発するという。路線バスは運休なので、これを逃すとちょっと面倒だ。急いで関といっしょに飛び乗った。Y.H.のヘルパーの女の子が強風の中、走りながら旗をふって見送ってくれた。いいね。こうゆうの。摩周駅にでる。10 時すぎには雨は完全にあがった。どうやら峠は越えたようである。

駅の前を流れる釧路川をのぞいた。弟子屈の街の釧路川は三面堀で護岸されていて少し悲しくなる。バスステーションにいくと、やはり屈斜路湖方面は全線運休。
「やっぱり出ませんかあ?」
ときくと 12 時 35 分に運行再開するとのこと。それまで暇をつぶす。
関に持ってきた本の中で一番読みやすいであろう椎名誠の”熱風大陸 ”
を貸す。オーストラリアを縦断する物語のようだ。食料を求めて探索に出る。寒さ対策にホッカイロも買い込む。もどると関はあらかた読んでいた。こんどは奴が探索に。なんか買い込んでうれしそうに帰ってきた。 ほたて弁当を二つ買ってきてて

「腹減りましたね。いっしょに食いましょう」

ご馳走になる。 風は強いが外は明るくなってきた。ところどころから真っ青な空が顔をだす。まさに俺達の計画どおりにことが運んでいる。いいぞ!

よし!出発だ!

どんどこどんどこバスは走る。雲の影がさーっと大地をなでていく。

丘を越える。見えた!

屈斜路湖だ!青い!なっ、なんということだ!水色をしている!
「うほっおおおおうー、すげええっ!」

「ね、いいでしょう、けど俺もこんなにきれいに見えたのは初めてッス」
うっひゃあーやったぞうー
顔を見合わすふたり。
黄金の笑い顔。

目的地は屈斜路湖にちょこんと突き出た和琴半島。なぜ?そこには露天風呂があるからさ!

到着! 青い湖面がのぞいているのが見える。バスを降りた途端、荷物をほうりだして走りだしてしまった。関も負けじとつづく。

長靴どかどかの俺、ビーチサンダルぺたんぺたんの関。
コナンとジムシィのように全力で競争する。(知らない人ごめんなさい)
「あ〜、サンダルではきついーぃ!」
と叫びながら懸命についてくる。 すれちがう観光客は目が点!
「わっはっはっあー!」
 視界いっぱいに屈斜路湖が飛び込んできた。
すごい透明度だ。水面下の砂や岩がくっきりみえる。
空の青さとそれを反射してすきとおるような青い湖面。
真っ青な世界。
そこはちょうど和琴半島の付け根にあたるくびれの部分へとつづくところである。
「くびれのところは、20 mぐらいしかないですよ」
と関がうれしそうに言う。行ってみるとほんとにそうだった。風が強い。砂が飛んでくる。顔が痛い。台風へ吹き込む風だ。

 それでもニコニコほころび顔の俺達は、アルカディア号を組み立ててしまうのであった。
「ほえー、15 分ですねー、早いなあー」
関に作らせたのだが簡単に出来上がってしまったので驚いていた。慣れると 5 分で組上がる。これもアルカディア号(PAYANCA=パジャンカ)の良いところのひとつである。 西側は風上で風が吹き荒れ波も高いので、東側のおだやかな湖面に、アルカディア号を浮かべる。

ふたりで乗り込むがやはりちょっときつい。関に貸してやる。簡単な漕ぎ方だけ教える。のみこみが早く、さっそくちょこまか動くあめんぼになる。
「好きなところへいっていいぞ。風がきつかったらひきかえせ」
と見送る。元気にでていった。

 さて・・・荷物をまとめに行こうとしたがすぐ横にある露天風呂が目からはなれない。
太陽はまだ高いが
「いいや、男やし、見たい奴もいるわけねえよな」
とすっぱだかになって風呂につかる。緑色のコケ(マリモゴケと呼ぶらしい)がところどころにあり、屈斜路湖も眺められ、なかなかよろしいではないか。うんうん。お湯はかなり熱くじっとしているぶんにはよいのだが、動くと首のところがあつい。

風呂に入ってきた変わったオッサン達とかたる。博多から札幌に出稼ぎ?に来ているそうだ。夕方暗くなると地元の若いオネエチャンが入りにくるとのこと。”なにぃ〜、しまったあ!夕方まで入っているとのぼせて、はあはあはあ、になってしまうではないか!”
と考えるうちにぽかぽかにあったまったので上がって一服。
ここによく冷えたビールがあれば、人生の最高のしあわせなんだがなー。
湖をみる。どこまで行ったのだろう、関の姿はなかった。
和琴半島をひとまわりしている自然歩道を歩く。イチイ、ブナなどの広葉樹がそびえ立っている。上の方は高すぎてよく見えない。木々のとぎれたところから屈斜路湖が一望できた。

「んん〜?あれは!」

なんと関が乗ったアルカディア号がいるではなか!
強風で白い三角波が立っている。その中を背筋をピンと伸ばしてなかなか堂々と進んで行く。よい眺めである。太陽の光が波に反射して、光の海を行くようである。すごくカッコよろしい。おだやかな東側から風の強い西側へくるりと半島を一周してきたようだ。

 こちらも逆周りの半島一周に出発。いたるところできのこがはえている。

うまそーだ。けど食えるのかなあ? 家族づれがきのこを採っていたので、さそっく、たずねてみる。

「すいません。どれが食べられるかわかるんですか?」
お母さんが
「いいえ、わからないの。帰ってから図鑑で調べてみるんです」
美幌峠に住んでいてここへはときどきやってくるのとやさしく笑う。
 しばらくいくと、ふいに大きく開けたところにでた。岩肌がむき出しになった崖があり、水面との境でもうもうと湯気をあげていた。天然の温泉である。うーむ、すごい!ぜひ、カヌーで近寄って遊んでみたい。ドラスティックな光景はさながら地獄のようだ。
帰ると関が座っていた。遠い目をしてしずかに湖をながめている。
「よお!おかえり!どうだった?」
と、帰ってきたばかりの俺。
「おもしろかったっス!けど波が入ってきて濡れちゃいました」
「一周してくるたあ、たいしたもんだな」
「そうスかあ?」
「うむ。すごいすごい。あの波と風の中をなあ。かっこよかったぞ!」
「へへっ、でも二、三回ヤバイなってのがありました。横波くらって」
「そうか、それは惜しいことをしたな」
「はぁ?」
「いや、テンプクするのはもっとおもしろいんだ」
「ほんとすか?」
「うん!見ている方はな!」
「はははっ、そうか、それはおしかったすねえー。けど、ほんといいなー。
 最高だなあー、カヌー。いいなー。いいっスねえ〜ほんと!」
 カヌーにのせると一番喜ぶのはもんくなしに子供。どんなににくたらしいこなまいきなガキでも
「乗せてやろうか?」
と聞くと、瞳をキラキラさせてこきざみにうなずくのである。そんでもって乗せてやるとそれはもう全身全霊でよろこびを表現する。そして素直になって俺をソンケーするようになるのである。 コイツ(関)のヨロコビようはほとんど子供とレベルが等しい。いや、ほんとたいしたもんである。ひじょうに良いぞ!

すでに陽は西にかたむいていた。風はあいかわらず強い。
台風のなごりの雲がびゅんびゅん飛んで行く。
 ねぐらの打ち合せをする。すぐ隣はキャンプ場なので今夜はそこで一泊しようかと考えていた。それにすぐそばにぽかぽかの露天風呂まである。
「夜になると地元の若い姉ちゃんが露天風呂にやってくるとよ」
なんか気分はもうおっさんだなあ。

「そうスかあ。それもいいですね。けどコタンの露天風呂もいいっスよ。オレ、このまえ、三日間ぐらいここらへんぶらぶらしたんスよ。そん時、 そこへいったら、スッポンポンの姉ちゃん、三人も入ってきましたよォ。 いやあ、よかったなあー」
「なにぃ!なんでそれをはよういわん!よし、そこだ!そこに行くぞ!」
 対岸にあるコタンの露天風呂へと、俺はアルカディア号で湖から、関はトレッキングで陸づたいに向かう。

波、風強し。湖のまん中にでると俺だけの世界だ。太陽は雲にかくれて見えないが、かえってそれが猛々しい雲海を浮かびあがらせる。夕ぐれせまる屈斜路湖を行く。壮大な時を、パドルを漕ぐ腕を休め、やさしい気持ちで過ごす。暗くなり、風がつのってきて、うねりがでてきた。 対岸の景色が波にのまれ見え隠れする。
 うーむ。いいぞお!いいぞお!ますますいいぞお!
 ななめ後方からの風と波でアルカディア号はおもしろいようにふられた。対岸に向かって、力をこめ漕ぐ。

コタンのアイヌ民族資料館へ着いた。ドーム状のモダンな建物である。陸に人影が見えたので近づいていくと家族づれだった。水の上から声をかけたのでちょっと驚いたようだ。
「露天風呂はどこですか?」
と聞くと
「あっちよ」
って右を指さしたので右に行くとなんと釧路川の流れ込みに着いてしまった。うーむ。なんということだ?と不思議がっていると横の木のしげみが、 がさがさっと音がして、そこに三人の女の子があらわれた。

「おーい」
と声をかけるとおそるおそる近づいてきた。またまたカヌーに乗ったまま「コタンの露天風呂どこかわかりますか?」
と聞くと
「えーと、ちょっと待ってください」
と、一人が道路の方へ駆けて行って、車の中からなにやら地図のようなものを取ってきて見せてくれた。手書きの地図のコピーである。
はて?どこかで見たような・・・・
「! なんや!コレ摩周ユースに置いてあった地図やないか」
どうしてこんなもんをと聞くと、その子たちも昨日そこに泊まっていたとのこと。
「えー、ぜんぜん気づきませんでしたー」
そらそうだろ、こっちはまんがを読みふけっていたんだから。

なんや、あのきゃぴきゃぴGAL達か。これからの予定を尋ねると、これから知床の方へ向かうとのこと。それは慌ただしいなあーと思ったが、車でいくとたいしたことないか!
こっちはなんせ一日十kmとかの旅なんで感覚が・・・
「今晩は、どこに泊まるんですかあ?」
と聞くので地面を指さした。
「ええーっ!どうやって?」
「テント。ここでキャンプをするんだ。」
「ええーっ!すっごっーい」
とほほほほっ。なんなんやこの子らは。

「どこまで行くんですかあ?」
釧路川を指して
「えー、この川を下って海に行くんだ」
「ええーっ!コレ(川を指さして)海に続いてるんですかあ?」
「あたりまえや!これ、釧路川やぞお!(ここでは川幅5mにも満たない けど)釧路湿原をながれとるん知らんのかあああー?!」
「ふーん。そうなんですかあー」
「へええええー。すごいですねえー」
あかん!会話になれへん。

 その後、この三人の美少女(だったかなあ?)といっしょに露天風呂につかって、
「はいっ、おひとつ」
とかいわれちゃって日本酒ついでもらって、夜空を見上げちゃたりして
「ああぁ!見てごらん。ホシがキレイだねえ。いいねえ」
なんてことはぜんぜん、まーったくこれっぽっちもなくて、このおハナシはこれでおしまいなのである。