第1章 BOY壮行会

ユーコン川カヌー旅、デンプスター・ハイウエイ自転車走破の単独行に出発するBOY。壮行会を兼ねて久々にオラオラの面々が集まった。

1994年 初夏....
ようやく夏らしくなってきた6月初旬、G.Wの川辺川・球磨川下りの後、沖縄の八重山諸島を旅していたBOYから、風の便りが届いた。ハテルマ島のロゴの絵はがきの裏にいつものBOYの元気いっぱいの筆跡。

ハイサイ〜 ウイ〜スッ!!
熊本では大変2 お世話になりました。
今、自分は周囲4km2 に人口50人、船週3便、なぜかシャコ貝と鳩ばかりの鳩間島におります。梅雨前線強風強雨真っ直中にてカヌーすらできず、テントの周りに鴨が5羽 ガア×2 ・・・・・・

と、非日常的な光景を書き送ってきた。

ハテルマでのシーカヤッキングはかなり楽しく潮流がきつかったです。
では、お元気で!! (BOY)

BOYがいよいよカナダ・ユーコン準州・北極海をめざし始動する。

それもカヌーとチャリンコでときたじゃないか。
よし、これはBOYの激励会をかねてオラオラ隊で酒飲みだあ〜と招集をかける。
全国に散らばってしまったオラオラ隊の面々が集うにはそれ相応の理由が必要だ。
BOYの旅立ち激励会はその理由としては文句無しだ。
南の島から帰ってきたBOYを囲んで、酒を飲もうということになった。

飲むなら川だ!河原でたき火だ!
場所は関東の名川、那珂川に行くことにした。

6月25日(土)
那珂川は栃木県の日光国立公園那須岳に源を発し、黒磯、黒羽、烏山、御前山、水戸を通って、那珂湊で太平洋に注ぐ。水戸に近づくと汚れが目立つが、中流までは水が美しく中流域に大きなダムがない。川下りをするには楽しい川だ。

カヌー愛好者が増えるにつれて、この川を下るパドラー達の数も膨大になってきた。
天気の良い休日ともなれば何百隻ものカヌーがつらなって下っていく。
特に烏山から御前山間は静かな山間を流れ、爽快な瀬が適度に現れるので人気が高い。最近はカヌー銀座とまで呼ばれるくらいだ。

那珂川は想い入れの深い川だ。
僕が本格的なカヌーを始めた川だし、オラオラ隊を結成した川でもある。
気に入った人を有無をいわせず連れてきては、よく一緒に川を下ったものだ。

御前山にある『なかよしキャンプ場』というキャンプ場で学生時代お世話になった。このキャンプ場のロケーションは最高。那珂川に流れ込む清流、相川を堰き止めて造った天然のプールがあり、カヌーの練習にはもってこい。カヌーのレンタルや搬送もやってくれる。

ここの女主人の野田淳子さんは豪快で、人間的にも尊敬できる素敵な女性だ。規則キソクといわず、キャンパーの自主性を尊重してくれるのがいい。大人のつきあいをしてくれる。 淳子さんは3人娘の母でもある。今思うとこの時から、ぼくはしっかりものの女性が好みになってしまったのかもしれない。
そしてこのキャンプ場のスタッフの人たちの素晴らしいこと。
類は友を呼ぶと言うが、淳子さんの回りには素敵な素敵な人達が集まってくる。

カヌーイストの間では有名な堀田氏、ローリー・イネステーラー氏も淳子さんの友人でイベントなんかによく顔をみせていた。そんな素敵な場所だから今でも年に何度か足を運んでしまう。

あまりにも気に入っちまったんで、僕はひと夏ドレイとして働いたこともある。
ドレイといってもカヌーには乗りたいほうだいだし、淳子さんの手料理は美味しいし、休憩といってはビールが飲めたし、寝床は好きなところにテンパれる(そうそうテントの入口から釣りをしたりもしたな)という天国のような日々だったなあ。
この頃が僕の唯一のカヌー修行時代と言ってもいいだろう。

そういや全然関係ないがグラマラスなお客さんのお嬢さんたちから色々恵んでもらったりしたっけなあ。水着の裸体と水際をたわむれあったり....ううう...じゅるる。
ああ、なんと夢のような暮らしだったんだろう!

今回も、どうせ遊ぶなら風薫る新緑の那珂川へ、なかよしCGのあの広い河原へ行こうということになった。6月1日から鮎漁が始まっている(水質がよく、海からの天然遡上の鮎が多いこの川には東京方面から友釣りの釣り人がどっと押しかける)ので気持ちの良い川下りはちょっと望めないがまあいいじゃないか。

ハリゲー、BOY、俺の3人で、一路、茨城県と栃木県の県境に近い御前山村をめざした。

僕が信州で知り合ったフライ・フィッシャーマンのセイゾー氏、乗馬が趣味という広島娘のきょーこちゃんをこの集まりに誘っていて、「なかよしCG」で合流することにしてあった。 ふたりは、長野県の松本から遙々参戦。

今、僕はペルー・アンデスにある世界で一番美しい頂を持つといわれる、アルパマヨ南西壁登攀に向けての高所トレーニングのため、毎週末、富士山頂に出かけている。夏には本番のクライミング遠征のため、約束を果たす機会がない。よろしければきませんか?との誘いに快く参加してくれたのだ。

なかよしキャンプグランドの河原に下りるときょーこちゃんがいた。
釣りの姿に着替えたセイゾーさんもやってきた。
午前中に到着していた二人はキチンとテントを設置し終わっている。
テントの前にはテーブルとイス、そしてタープまでかかっていた。

『わたしもね〜、つくるの、手伝ったんですよう〜』

とこれまた嬉しそうに答えるきょーこちゃん。
聞くとカヌーをすでに借りていて乗ってみたけどまっすぐ進めない。で、釣りをしていたとのこと。アリー611を組立はじめたハリゲーとBOYを残して、にわかのじこみのインストラクターになる。昔のよしみでカヌーをロハで借りた。

MI(エム・アイ)370SLALOM。運動性能が高いカヤックだ。スラローム艇に乗るのは久し振りだ。オワンに乗った一寸法師のごとくクルクルまわり、水面を軽やかに滑った。
初めて乗った人はこの種のフネの不安定さに面食らうだろう。ちょっとでもバランスを崩すとすぐにひっくり返るのだ。不安定であるということは動きやすさや自由さの代償だ。 パドルが水をキャッチする度にレスポンスよくフネが回転する。
嬉しくなって、思わず冷たい水につかってリカバリーとロールをやっちまう。
雲が厚く太陽は顔をださないので濡れるとかなり寒い。

ふたりに一通り教える。初心者が講習会で乗るのはほとんどポリエリレン製のカヤックである場合が多い。この手のフネはキール(竜骨:フネの底にある真っ直ぐな箇所)を持たないので、直進性は皆無だ。
右左均等にパドルを漕ぎ、バランスよく荷重をかけなければ、まず真っ直ぐ進むことができない。

だから、最初にカヤックに乗ってしまった人は、その難しさに愕然とするはずだ。
まさにセイゾーさんがそうで曲がっては首を傾げ、傾げてはあらぬ方へ曲がっていくのであった。きょーこちゃんも一生懸命がんばっている。普段はホワンとしておっとりして見える彼女だが、どうしてどうして芯が強くがんばり屋だ。

『おらおらおらあ!襲っちゃうぞ〜!!』

ハリゲーとBOYが新調『ハードボイルド3世号』でやってきた。

オラオラ隊の旗艦ともいうべき、組み立て式のカナデイアン・カヌーは、ハードボイルド号という名前がつけられることになている。

初代は長良川で、大破。二代目も九州の球磨川最大の二股の瀬で轟沈、修復不能で、隊員達でお金を出し合って新調した、3代目だ。

アリーと川人生を歩んできたハリゲーの嬉しそうな顔を見て俺も嬉しくなる。
遊んでいると暗くなりはじめた。明日余裕があれば本流を下ろうと考えていたので沈したときの脱出方法を二人に教えた。どうせ、濡れているからと手本をみせてひっくり返り、沈脱。水が恐ろしく冷い。
前に5月頃、ハリゲーや奴隷のナゲーにやはり沈の練習を強要したことがある。心優しい彼らは不承不承やってくれたのだが、その時の水の冷たさに懲りたのか、それ以降、カヤックが嫌いになってしまった。さすがに体験しなさいとはいえない。
どうせこんな穏やかな川ではひっくり返っても大したことはあるまい。
寒くなってきたので、練習を切り上げた。

『それじゃ、僕、晩御飯のおかずとってきます』

とウエーダースタイルをばっちり決めたセイゾーさんがひゅんひゅんラインを前後にキャストしながら釣りに出かけていった。
キャンプの夕方というのは仕事が多い。釣り、夕食の用意、薪拾い、はたまた酔っ払いと仕事はいくらでもある。我々のキャンプサイトは色とりどりのテントに囲まれてしまっていた。

土曜日ということもあって大勢のキャンピング客がやってきたのだ。
うーん。騒いでも迷惑がかからないひろーい河原の真ん中に引っ越す。
トイレや水場から遠くなるが不便なぶんだけ工夫が必要になり面白味が増える。
セイゾーさんの巨大テント。タープ。各自のテントを設置。小さなコミニティーだ。

陽が落ちすっかり暗くなった頃に釣りに出ていたセイゾーさんが返ってきた。
ここは中流域なので、アングラー好みの岩魚やヤマメはいない。鮎、ウグイ、オイカワ、カワムツ、コイなど。遅くまでカヌーで遊んでいたので一番よいイブニングライズを逃してしまい釣果は坊主。
BOYが焚き火を起こした。夜の帳が下りた河原に優しい炎が揺れている。
自然に焚き火に車座になって座り、ビールを飲み始めた。
セイゾーさんが先週釣った虹マスを冷凍して大量に持ってきてくれていた。

ギターを弾くセイゾーさん

塩焼、ムニエルさまざまな味を楽しむ。トウモロコシやピーマン、ナスといった夏の野菜を焚き火で炙っては口に運ぶ。うめえ〜。
いい気持ちになったころセイゾーさんがイルムシャーからギターをとりだした。

『えへへへ...ギターなんて何年ぶりかな?』

と音を合わせ始める。そして唐突に

『みんな、こんな歌知っているかなあ?』

カントリー・ロードを謡いはじめた。
優しく澄んだセイゾーさんの声が酒でボーっとなった頭に心地よい。
俺やハリゲーのリクエストに次から次へ答えてギターを弾いてくれた。
目をキラキラさせているBOY
疲れて座ったまま口をあけて眠っているきょーこちゃん。
嬉しそうなハリゲー。なんて素敵な晩なのだろう。
久し振りの焚き火の夜は静かに更けていくのであった。


6月26日(日)
早朝、靄の立ち込める川面にアリーを浮かべ、厳粛な気持ちで時を過ごす。
鳥たちの声。朝の静まり返った水は驚くほど透明度が高い。
パドルの音だけが響く。フネに驚いたウグイが水底を逃げていく。
ひとりきりの幸せな時間。心まで透き通っていく不思議な感覚。
岸にフネを着けて、腰まで冷たい水に入りキチンと顔を洗った。
ガスでお湯を沸かしコーヒーを煎れバーボンをゴボリと注ぐと、辺りの空気が、バーボンの独特の香りで満たされた。おおおー!これではまるでノダ・トモスケ氏の世界ではないか。
よしならばと...折り畳みイスに腰かけて渋く川などを眺めてますますともやん化するオイラであった。(バカでえ!)
日が高くなると周りの家族グループが起き始め、いたるところで煙が立ちはじめた。子供たちの声。怒鳴るお母さん。ラジオのミュージック。朝の幻想的な世界は終わりを告げ、日常生活の始まりだ。

本を読んで腹が減り始めた頃になって、ようやく炊事班長ハリゲーが起きてきた。
ハリゲーは寝起きがよくない。ボサボサの髪を何本かとんがらせて、俺の横に座る。
BOYもやってきた。やつも珍しく朝寝坊。一昨日の寝不足がこたえたらしい。
今日は昨日の疲れを癒すために何もしないでゴロゴロする!と宣言。
これが隊長の特権だ。なかよしの淳子さんと談笑したり、セイゾーさんからフライフィッシングの講義をうけたり、水に潜って魚を追い回しているとあっという間に午後になっていた。

これではあまりにも情け無いので車で遡って川を下ることにする。
県境からなかよしキャンプ場までの5キロのミニコース。
出発しようとしたら雨が降り始めた。
弁当を詰め込んで出航。友釣りの釣り師がでていたが、水が多めなので、余裕をもってかわすことができた。きょーこちゃんがテトラポッドにぶつかったが、何事もなく無事に1時間ほどでキャンプ場に到着。

しかし、川を下っている内に急に頭がガンガンし始めた俺は、辿り着いた時にはもうフラフラだった。明日、仕事のハリゲーと釣りにいくセイゾーさんは帰り仕度を始める。
明日もつきあってくれるというきょーこちゃんだっが、天気予報ではどんどん崩れていくということなので、セイゾーさんと一緒に帰って貰うよう頼む。セイゾーさん一人で車を松本まで走らすのはちょっときつい。なんとか別れをつげてテントにもぐり込んだ。
ハリゲー、セイゾーさん、きょーこちゃん一緒に遊んでくれてありがとう。