さようなら義援隊

また、ここに帰ってこよう。


作業4日め。 村山組に、セトヤマ照明部長が参加。

避難所に落語やバルーンアートで慰問にきているダイアン吉日さんとパチリ。

いろいろなボランティアスタイルがあるなあ。

作業の休憩で、茨城県の取手市から来ているコンピュータープログラマーのアライさんと話した。

「震災10日後くらいに、ボランティアに入ったときには、   笑顔を見せてはダメなんだ。   写真なんか1枚もとるもんかって   懸命にやってたけど、 今回のボランティアで考えが変わってきました」

35歳というアライさんを、 オイラは最初はもっと若い青年かと思っていたけど、 しっかりした考えをもっている人でした。

「今は、あえて発信してみるのもアリなんじゃないかと思います」

アウトドア義援隊は、最後の砦にして最初ほかのボランティアに 申し込んでいたけど、仙台に拘束されたけど、 やることがなかったので、こちらに流れてきたそうだ。

また、特使から聞いたはなしだと、 受け入れ側が作業の割り振りを裁ききれずに、 優先順位の低いものに回されて、疑問を感じることも多いという。

作業に戻ると可愛い女性がラーメンを配達に。 被災した方に炊き出しをして廻っているそうで、 ボランティアの私たちにもどうぞどうぞと、振舞ってくれた。

温泉地にテントをはって、そこからやってきているらしい。 こういうボランティアもいいな。

 観光名所の松島はほぼ復旧しているし、観光船の運航も再開した。  観光がてら、ボランティアというスタイルが良いのだと思う。

 がんばりすぎないことも大切だ。

あと3枚の板剥がしを残してKYさん宅の作業を終了。 明日も残って作業してくれる博士とセトヤマ部長に下駄を預けよう。

 今日は平日で、元気に下校してくる小学生たちと挨拶を交わす。

  キャンプ場に戻って、テントを撤収。

まっちゃんが大慌てで本部テントに走っていった。 大好きな漫画家(キクニ)さんがボランティアに来ているのだ。

キクニさんは、うめづかずおを若くした感じの面白い方でした。 あちらこちらで、さよならの挨拶。

ミツバチ号に、キャンプ道具とゴミを積載。 セトヤマさんが、無理じゃないスカーって 心配してたけど、なんとかなるもんだ!

また、こんなボランティアをしたいナ。 みんなといっしょに作業をしたい。

最後に寄った温泉で、村山現場監督と再会するのであった。 引き締まった、エー身体でござった。 いやはや、お世話になりました。

仙台の経済活性化のために、国分町で夜の蝶と戯れよー としていたけど、そちらのミッションはまた次回。

東北道を南下し、ミツバチ号で、まっちゃんとともに帰路についた。 まっちゃん、お疲れ様でした。