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王の剣士3 「剣士」
【終章】


 「そんで、王から下賜されたのが、それ?」
 アスタロトはレオアリスの執務机の前に椅子を持ってきて腰かけ、机に置いた腕の上に顎を載せたままそれを眺めた。レオアリスが頷くのを見て、さすがのアスタロトも乾いた笑いを洩らす。
(はは。何考えてんだ……)
 机の上に載せられているのは、見事な細工の施された、一振りの長剣だ。
 鞘に彫り込まれた紋様、使われている地金、黒檀で加工された柄。
 鞘から出さずとも、刀身が完全な美しさを以って鍛え上げられているだろう事が容易に想像できる。
 拝領してから既に三日。ずっとこうして、執務室の机の上に置かれている。
「……しまっとけば?」
「うん」
 アスタロトの言葉に頷くものの、レオアリスは非常に複雑な表情で剣を眺めたままだ。
(――だめだな、こりゃ)
 噴き出しそうになるのを堪えてアスタロトは席を立った。
「もう、お帰りですか」
「うん。ちょっと見たい気もするけど」
 ロットバルトが執務室の扉を開けると、アスタロトは回廊へ出て振り返った。扉の奥に、まだ剣を眺めたままのレオアリスの姿が見える。
「三日か。結構保ったよな」
「でしょうね」


 アスタロトを見送ってから、ロットバルトはレオアリスの前に戻った。
 レオアリスは鞘に包まれた剣をじっと見つめている。
「何を考えていらっしゃるんです」
「いや、ちょっと、使ってみようかなー、と」
 遠慮がちに視線を落としながらも、レオアリスは今にも剣に手を伸ばしそうだ。
「……敢えて言わせていただければ、お薦め致しませんね」
「でも俺なぁ。最近結構加減も効くようになったと思わねぇ?」
 ロットバルトは暫く黙ってレオアリスの顔を見つめてから、薄く笑みを浮かべ、無言で立ち去った。
「……何だそりゃ」
 憮然とした表情で室内を見回すと、誰も彼も視線を逸らす。
(まずいのか、やっぱり)
 でもやはり、使ってみたい。これほどの剣を使わずにただ飾っておくなど、宝の持ち腐れもいいところだ。
(まずいかな。折れるか?)
 折れる。
 いや、折れないだろう。
 細心の注意を払って扱えばいい。
 たぶん。
 きっと。
 折れない。
(……一度、振ってみるだけだ)
 レオアリスは期待に満ちた笑みを浮かべて、剣を取った。


「うーん、上将の考えてる事は分りやすいな」
 執務室を出るレオアリスの姿を目で追いつつ、クライフは両腕を頭の後ろに組んで背もたれに寄りかかった。同意を求めるように、隣席のヴィルトールに顔を向ける。
「顔に全部出てるからな」
「賭けるか?」
「お前が折れない方に賭けるならね」
「有り得ねえ」
「百でどうかな?」
「有り得ねぇっつってんだろ」
「じゃあ五十」
「しつっけぇなぁ!」
 二人のやり取りを聞きながら、ロットバルトはグランスレイの席へ行くと、書類を机の上に置いた。
「……お止めになるなら、今ですが」
 グランスレイは渋い表情を浮かべ、息を吐いた。その様子に、フレイザーが翡翠の瞳を閃かせて笑う。
「――仕方ない。鍛冶師には、全員で頭を下げに行くとしよう」




(2007.9.1了)



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