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王の剣士4 「かりそめの宴」
【第二章 「波紋」】


 ゴドフリー侯爵は現場の調査に近衛師団隊士が入る事を認めた上で自らの警備隊も向わせ、イリヤへの事情徴収には侯爵の代理人として警備隊の隊長ソーヤーを呼んだ。
 現われたソーヤーは四十半ばの真面目そうな男で、意外にもグランスレイの顔を見るとさっと顔を引き締め、近衛師団式の敬礼を向けた。傍らのレオアリスに対して、近衛師団上がりで元はグランスレイの下にいたのだと説明し、こういう状況だからだろう、遠慮がちに短く笑みを浮かべる。
「大将殿が入隊される前に師団を出たので、お会いする機会もなくお噂を耳にするごとに残念に思っておりました」
「へえ、グランスレイの……じゃあ同じ一隊だったのか。何年位前?」
「かれこれ五年は経っているでしょう。その後は侯爵のご厄介になっております」
 そう言いながら、長い廊下の一番奥の部屋へとレオアリス達を案内する。
 庭園での出来事は来客達の混乱を招かない為に伏せられ、まだ広間では園遊会が続けられていた。
 レオアリス達は庭園を望む広い窓のある一室で長椅子に腰掛け、瀟洒な卓を挟んでイリヤ達と向かい合った。広間とは対照的に、互いの息遣いが聞こえそうな程静かだ。
 広い窓にも関わらず差し込む陽射しはごく薄く、ソーヤーが燭台に火を入れて回る。
 やがて室内はほんのりと明るくなった。
「改めて――お時間を頂いて恐縮です」
 レオアリスから口火を切って一通り名乗り終えると、すぐに本題に入る。
 何がきっかけだったか、どんな様子だったか、他に庭園に出ていた者はいたか。
 レオアリスがあの場に着いた時には既にイリヤは四体もの相手に囲まれていて、レオアリスとしてはその前の事を知りたかった。
 質問を投げ掛ける都度、隣に座るキーファー子爵は老齢の面をおろおろと、イリヤとレオアリスの上に向けた。質問を受けているイリヤの方が冷静に対応していて、立場が逆転しているような感じだ。
「襲撃者は――まあどうも普通の生物じゃなかったが、あれは何か言っていましたか。互いに会話したりとかは?」
 イリヤは質問に対して、その都度思い返すようにゆっくりと答えていく。
「いや、何も――それこそ突然で……でも一言も発してないのは確かです」
「何かを探す様子は? すぐに貴方に向かって来たんですか?」
「それも……足元で音がして、水が盛り上がったから、驚いて」
「水が?」
 レオアリスは鋭く瞳を細めた。
「盛り上がったっていうか、水がそのまま人の形をとったような感じかな……。まるで水で出来た人形みたいな。半透明で」
 レオアリスが見たものも、確かにそうだ。半透明の身体に、血管や器官らしきものが透けて見えた。今まで見た事もない生物だ。
 あれが生物と言えるのなら。
(やっぱり法術か?)
「それが法術だったかは判りますか?」
 イリヤはすぐ首を横に振った。
「私は法術は判らないんで、どうだか」
「うーん……」
 レオアリスは思い悩むように深く息を吐いた。
 庭園でのイリヤの様子から予想していた事だが、イリヤの回答は事態を明らかにするには足りない。あの生物が何なのか、法術で創られたものなのか、それが判らなければこの件は解決しようがないのだが、糸口すら掴めないままだ。
 イリヤへの質問を一旦置いて、レオアリスはもう一度、今度は自分の記憶を辿って状況を振り返る事にした。
 あの場に詠唱の気配は無かったが、遠隔での施術はもちろん可能だ。術の可能性は捨てきれない。
(しかも見通しの無い迷路だからな――)
 どこに潜んでいても気付き難いだろう。ただ、何かしらの悪意を発していれば、それが自分に向けられたものでなくても、レオアリスには感じ取る事ができる。それも無かった。
 レオアリスにも、最初は足音しか聞こえなかった。おそらくイリヤが玉砂利を蹴って走る音だ。
 そのすぐ後を追って、何か重い物を引き摺るような音が聞こえていた。それがあの生物達が移動する時に立てた「足音」だろう。
 それはあれらが自在に動ける事を意味している。
 それから。
「光――」
 レオアリスの呟きに、イリヤがはっと顔を上げる。レオアリスはまだ少し、視線を斜めに下げたまま、もう一度確かめるように口にした。
「光が見えたな」
「光?」
 傍らのグランスレイがレオアリスに首を巡らせた。
「庭園の時にですか」
 頷いて、レオアリスは落としていた視線をイリヤに戻し、僅かに身を乗り出した。
「俺が音に気付いた後、白っぽい閃光が走りました。それについて心当たりは?」
「それは」
 イリヤは質問が始まってから初めて視線を逸らし、躊躇いを表すように一度唇を湿らせた。キーファー子爵が苦虫を噛み潰したように眉をしかめる。それが逆に、イリヤに顔を上げさせたようだ。
「私です。逃げようと思って」
 きっぱりとした響きに、レオアリスの瞳が意外そうに開かれる。
「じゃあ法術を? じゃないか、さっき」
 イリヤは法術を知らないと否定したばかりだ。イリヤも首を振って答える。
「法術じゃあなくて――」
 言いにくそうに口籠もる様子に、周りは次の言葉を待ってじっとイリヤに視線を注ぐ。キーファー子爵だけは不快そうに口をひん曲げている。
「イリヤ殿?」
 中々口を開こうとしないイリヤに理解を示したのはグランスレイだ。イリヤとキーファー子爵、二人の様子から思い当たる節があったのだろう。
「元々彼の身に備わっている力という事でしょう。――そうしたものを忌避する地域もあると聞いています」
 法術に依らずに法術と同様の能力を行使する事ができる者が、稀に存在する。
「忌避?」
 レオアリスはグランスレイを見返した。
「この話は後ほど」
「異質だからですよ」
 イリヤに気を遣って話を止めようとしたグランスレイの言葉を遮り、イリヤはむしろ嘲笑うように言い切った。
「私の育った狭い街では、気味が悪いと良く言われていました。妙な力を持っていて、こんな髪と眼で、おまけに誰の子だかも判らない――」
「イリヤ!」
 びくりと口を閉ざし、イリヤは複雑な色を宿した瞳でキーファー子爵を見た。その場に言い難い沈黙が落ちる。
「要はアスタロトと同じような能力なんだろう? あいつに術なんて必要無いんだから」
 あっさりと沈黙を破ったレオアリスの声の響きにつられて、室内の雰囲気はすぐに変わった。イリヤの瞳からも少し陰りが薄くなる。余りに有名な名前が挙げられたからでもあるだろう。
「アスタロト公爵も?」
「そう、あいつ――いや、アスタロト公の炎は見事だぜ。相当な法術士でも、あんな炎は創れない」
 正規軍将軍、アスタロト公爵が別名「炎帝公」と呼び慣わされる由縁。それは法術に依らず炎を従える能力を有しているからだ。
「四大公は皆そうだし、最たるものは、――王だ」
 漆黒の瞳に鮮やかな輝きが宿る。
「――王」
 イリヤはその言葉を噛み締めるように呟いた。
 その時のイリヤの瞳は、あたかも正面のレオアリスの瞳の輝きを映したかのような、畏敬にも近い光を帯びていた。
「そうなのか――」
「話がそれたな、申し訳ない」
 レオアリスは再び顔を引き締め、長椅子に座り直す。
「いえ……とにかく、夢中で力を使ったけど、私のは元々そんな大した力じゃなくて、その時もすぐに戻ったんです」
 その時もというのは、レオアリスが現われる前の事だ。
「戻る? 戻ると言うのは」
 ロットバルトが問いかけると、レオアリスが頷く。
「俺も一度見た。蹴り一つで容易く崩れるが、再生する」
「再生ですか、信じがたいな……」
 それまで黙っていたソーヤーが、薄気味悪そうな表情で眉をしかめた。
「胴を砕いても再生したから、相当厄介だな。剣では霧散した。蒸発したような感じだ」
「それですぐ消えたんです。驚いたみたいな感じで、あっという間にただの水になった」
 イリヤがレオアリスの言葉を補って、レオアリスも同意を示す。
「驚いた……」
 ロットバルトは瞳を細めてそれを繰り返した。
 それぞれが考え込むように口を閉ざし、束の間室内に静けさが満ちる。
 ふう、と息を吐き、レオアリスは黒髪をくしゃりと混ぜた。
「判んねェな……。目の前で見てても、何かぼやけてる」
 腕を組み長椅子の背もたれに身を預ける。
「要因、ですね」
 傍らに立っていたロットバルトはもう一度、対面に座るイリヤの上に視線を落とした。
 イリヤの表情はこれまでの質疑応答の中でも変化は無い。それは感情を抑えているようにも、本当に全く知らないようにも取れる。
「――要因が見えない。一見襲撃は無差別のようですが、無差別に行われたとするには、まず現場の環境に疑問点がある。街中ならともかく、ここは個人の私邸です。通常狙われるとすればゴドフリー卿の関係者か、ゴドフリー卿本人ですが」
 レオアリスはその可能性があるのかどうか、尋ねるようにソーヤーを見たが、ソーヤーははっきりしない様子で首を傾げた。もっともゴドフリー卿が狙われる可能性があったとしても、さすがにこの場でそれを認める事はないだろう。
「……無差別の場合の要因は」
「怨恨による嫌がらせの類」
「その線は?」
 それに関しては無いとは言い切らず、ロットバルトは曖昧な含みを笑みに表わした。それは隣にソーヤー、――ゴドフリー侯爵の私有する警備隊の隊長がいたからでもあり、こうした貴族社会の暗い部分をほのめかすようでもある。
「さて――。ただ、どちらにせよこの件に関しては、これ以上我々が踏み込むのは難しいでしょう。本来の師団の任務範囲ではなく、ゴドフリー卿の許可が無い場合、我々に捜査権限はありません」
 今日もレオアリスが居合わせたのは偶然だ。通常は王都内でのこうした場合の事件の類は、正規軍にまず捜査の権限がある。近衛師団はあくまで王の守護がその任務であり、王からの下命が無い限り動く事は無い。
「それもゴドフリー卿が正規軍による捜査が必要ないと判断されれば、今回の件はこれで終了です。今の現場確認の報告を待って、こちらから捜査の続行を申し入れるかどうかですね」
「うん――」
 どちらも納得がいかないのか、腕を組んだまま一点を睨んだレオアリスに対して、ロットバルトはこの件にはあまり興味を持っていない様子だ。
「私の見解としては、この件はやはり無差別だろうと考えます。本来今日の園遊会はあの庭園で行われる予定だった。前もって何者かがあの場に術を敷いていていて、それに偶々キーファー子爵のご子息が行き当たってしまったと、そう考えるべきでしょうね。――イリヤ殿」
 呼ばれて、イリヤは少し緊張を含んだ面差しをロットバルトに向けた。ロットバルトは安心させるように微笑む。
「とんだ災難を被られましたね。ただ貴方自身を狙ったものではないでしょう。怪我が無かったのも幸いだ、あまり気になさらない方がいい」
 イリヤはただ巻き込まれただけだと聞いて、キーファー子爵がほっとした顔を見せる。イリヤはただ黙って微かに頷いた。
「上将、一応現在の現場検証結果を待って、その後は我々も引き上げるべきでしょう」
 レオアリスは少し迷ってグランスレイの顔を見たが、グランスレイもロットバルトと同意見のようだ。
「――そうだな。あまり口を出し過ぎても悪い」
「ソーヤー隊長、貴方から何かありますか?」
「いえ、現時点では私も」
 ソーヤーが首を振り、それを受けてレオアリスはこの質疑を終らせる為に立ち上がった。まだ現場の検証には少し時間がかかるだろうが、イリヤやキーファー子爵をそれまで止めておく訳にもいかない。
「では、キーファー子爵、イリヤ殿、お手間をかけました。何か判ったら改めてお知らせします」
 ほっと息を吐いてキーファー子爵が立ち上がる。続いてイリヤが長椅子から立とうとした時、ふとソーヤーがグランスレイに向き直った。
「失礼、グランスレイ副大将殿。この件はやはり、王にご報告されますか」
 イリヤは一瞬動きを止め――、ひと呼吸の後、何事も無かったかのように席を立った。
「近衛師団の職務上、ご報告申し上げる義務がある。それはゴドフリー公爵にも承知しておいて頂きたい」
 その言葉に緊張を走らせたのは、ソーヤーだけではない。
 キーファー子爵は真っ青になって、そわそわとグランスレイとソーヤーの顔を見比べた。
「王に、ご報告を――それは、その」
 語尾がおかしいほど震えて消える。ロットバルトは狼狽したキーファー子爵を宥めるように、穏やかな笑みを刷いた。
「ご安心を。元々我々の任務内の事ではありませんので、通り一辺倒の事務的なものです。ただ偶然とはいえ行き遭った以上、王にご報告申し上げない訳にはいかないというだけで、それによってあなた方に何がしかの責を負わせるような事はありません」
 キーファー子爵の動揺に紛れて、イリヤは唇を引き締めた。顔を上げ、やんわりと笑う。
「こんな事で王に家名が伝わるのは残念な事ですが、父上、しかたありませんよ。後は結果をお知らせくださるのを待ちましょう」
 キーファー子爵は口元を動かしたものの、渋々頷いた。養父から視線を外し、イリヤはそれをレオアリスに向ける。
「我々はこれで失礼してもよろしいですか?」
「ああ。お引き止めしました」
 イリヤは色の違う両の瞳でレオアリスを束の間見つめ、静かに頭を下げた。
「またいずれ」
 その言葉はほんの一瞬だが、確信に満ち――すぐにただの社交辞令とも取れる響きに変わった。
「こんな状況ではなく、話をさせていただきたいと思ってます」
 レオアリスは屈託なく頷き、漆黒の瞳に明るい光を閃かせる。
「何事も無ければ、あそこで普通に話ができてたかもな。残念だ。とにかく、お怪我が無くて良かった」
 多分あの堅苦しい園遊会の会話の中でうんざりしていた分、普通の出合い方をしていれば全く違った会話ができていただろう。歳の近い二人が並んでいれば、一見して気の合う友人同士のように見えるに違いない。
「――」
 口に出そうとした言葉を飲み込み、イリヤはもう一度頭を下げた。ソーヤーが廊下への扉を開ける。キーファー子爵とイリヤが廊下へと出て、その後から彼等を案内する為にソーヤーも後を追った。
「ソーヤー殿、もう一つ」
 ロットバルトはソーヤーを呼び止めて、敷地内に法術に対する防御があるのかを尋ねた。こうした屋敷では通常の事なのだろう、ソーヤーは心得たもので、すぐに頷いた。
「あります。警備上の機密事項ですから詳細は申し上げられませんが、法術による干渉があった場合、それを打ち消すように敷地全体に防御陣が施されています。術が強力なほど、反応も強くなるはずです」
「今回は」
「まだ私は把握しておりませんが、現在当家の術士が調べていますので後ほど貴殿方にも結果をお知らせできるかと」
 そう言って一礼すると、ソーヤーはイリヤ達を追って部屋を出た。静かに扉が閉ざされる。
 レオアリスはその様子を漠然と眺めながら、窓際に寄りかかり暫く考えて込んでいた。
 迷路での状況に、何かもう少し、見落としている事がある気がする。
「どうも腑に落ちないんだよな……あの時、奴等はかなり執拗にイリヤ・キーファーを追い掛けてた。普通目的も無いまま、相手をそんなにしつこく追い掛けるかな」
「では上将には」
 グランスレイの言葉を引き取り、レオアリスは頷いて視線を上げた。背後の窓の薄い光の中で、その漆黒の瞳が強い光を宿している。
「俺には、奴等に何らかの目的があったように思える。その対象はイリヤ・キーファーじゃ無かったにしろ」
「その線はまだ捨て切れませんよ。むしろ現時点では一番可能性が高い」
 驚いたのはレオアリスの方だ。ロットバルトはイリヤに対して、彼が狙われたのではないだろうとはっきり告げたはずだ。
「え、だってさっきは」
「あの場では、あの結論でいいんですよ。だが実際はこの件は、明確な目的を持って行われたものでしょう」
「とすると狙いは元々イリヤ・キーファーだったと考えているのか?」
 グランスレイもやはり迷うような瞳をロットバルトに向けた。
「何故だ?」
「推論に過ぎませんが、ただ、襲撃が法術なりによるものだと考えれば、それほど手間をかけて相手だけ無差別という方が考え難い。襲撃した生物が水を媒体にしていたと言う事は」
 その後はレオアリスに任せるように、ロットバルトはレオアリスの顔を見た。レオアリスが頷く。
「どこでも侵入できる。水さえあればな」
 そう口にしながらレオアリスは、先ほどロットバルトがソーヤーを呼び止めて確認した事が示す意味に、はっと気付いた。
 あの襲撃が法術によるものだとしたら、術者は侯爵家の施した防御陣を躱して術を発動させた事になる。
 それは、たった今レオアリスが自分で言った通り、どこにでも入れる事を意味する。
 どこにでもだ。
 ロットバルトは鋭い光を瞳に刷き、レオアリスとグランスレイを見た。
「そう――襲撃者には、直接ゴドフリー卿を狙う事も不可能ではない。まずは周りからだという脅しとも取れますが、それにはイリヤ・キーファーとゴドフリー卿との繋がりは余りに薄い。そう考えると無差別という線は、少し弱いんですよ」
「偶然通りかかったからかも知れないぜ」
「貴方も同じ場所か近辺を通られたでしょう」
「仕掛けられてたのがイリヤ・キーファーが通った一ヶ所だけだったら」
「それではあの場に仕掛ける意味が無い。もっと確実な場所を選びますよ」
「ああ、そうか――」
 確かにロットバルトの言う通りだ。全く人が通らない可能性もある場所にあんな仕掛けをするなど、手間ばかりかかって意味が無い。
「上将だと判っていて、避けた可能性は無いか? それでもう一人のイリヤ・キーファーを選んだ」
「襲撃者は驚いたようだと言ったでしょう」
 イリヤがそう言っていた。
「襲撃者が上将を、始めから剣士と認識していた可能性は低いでしょうね」
「ふむ」
 腕を組み、グランスレイは厳しい瞳を窓から見える庭園に向けた。
 目的も、その手法も、判らない事が多すぎる。
「……イリヤ・キーファーか」
 レオアリスは再び長椅子に腰掛けて、身を深く沈める。
(イリヤ・キーファー)
 同じように、ロットバルトは口の中で呟いた。
 何故あの場に居たのかという問いに、イリヤは外の空気に当りたかったのだと答えた。あの迷路には興味を惹かれて何となく入ったのだと。
 それが事実かどうかはこの場の状況では疑わしいところだが、そこまでなら問題は「その程度」で済む。
 ロットバルトが引っ掛かりを覚えているのは、もっと別の部分だ。
 イリヤは最近キーファー子爵家の養子になったばかりだと言っていた。キーファー子爵は王都から馬でもひと月ほどかかる西南地方の、マウルスという街の領主だ。街の話が出ていた事から、イリヤも同じマウルスの出身なのだろう。
 養父よりもずっと落ち着いた物腰で、つい先ほど正体不明の相手に襲撃されたと者のようには見えなかった。
 だからと言って、襲撃の件に関しては、偽りを言っているようにも思えない。
 それでも、あの襲撃は元々イリヤを狙ったものだという可能性が、現時点では一番高いと、ロットバルトは考えていた。状況はイリヤを指し示している。
 見えないのは、先ほども会話の中に出たように、要因だ。
(誰が、何の目的で、イリヤ・キーファーを狙ったのか)
 そして何よりも気にかかったのが、王の名が出た時の、イリヤの反応――。
 すぐに面から消えたが、驚愕か、困惑か、畏怖か――、一瞬では捉えきれない感情が、その上にはあった。
 それから、見覚えのある光。
 レオアリスが王の名を口にする時に見せるものと、ひどく似通っていたように感じられた。
 だが全く同じ光ではない。
「――」
 扉が叩かれ、クライフが顔を出す。その後にヴィルトール、フレイザーも続いて入室した。
「上将、一通りの確認を終えました。結局屋敷の警備だけで人数が足りたんでうちの隊士はいれませんでしたが、現場はそのまま警備に引き渡してます。いいですか?」
「ああ、それでいい、お疲れさん。どんな感じだ?」
 レオアリスは立ち上がり、クライフ達に歩み寄った。
「あの近辺に、侵入の形跡は発見できませんでした。敷地内は塀沿いに警備が付いてますが、二人一組で、しかも必ず別の組の姿を視認できる距離を取ってます。夜間でも体制は変わらないっていうか、逆に見通しが悪い分人数増やして距離詰めてるらしいし。さすが侯爵家って徹底振りですよ。この体制での見落としはあまり考えられませんね」
「そうか……」
 かなり厳重な警備体制だ。園遊会が行われる今日だけが特別というならば、前夜などに侵入し術を仕込む事は可能だが、それが通常の体制となると、その説も考え難い。
「術の可能性については?」
 それなんです、とクライフは瞳に興奮の色を浮かべ、同意を求めるようにフレイザー達を振り返る。
「ここのお抱え術士が色々調べてましたが、頭を抱え込んでましたよ。現場に散ってた水はどうも普通の水みたいで、法術の気配が全くないとか」
「気配がない? 全く?」
 フレイザーが慎重に頷く。
「術による侵入等に備えて防御陣が張ってあるとの事ですが、それが全く動いていないのだとも言っていましたね――とにかくそうなると、襲撃者が何者なのか、どのような手段を使ったのか、さっぱり」
 ヴィルトールの顔を見れば、彼もまたクライフやフレイザーと同様の表情だ。三人の中将が、それぞれの視点で見ても痕跡が発見されない。
 そして防御陣も発動していない。
「――」
 術でもない、外部から侵入した形跡もない――。
 では、相手は一体何者なのか。
 レオアリスは、音も聞き、姿を目にし、――確かにその剣で、あの生物を斬った。手応えはあの生物の形状故に薄かったが、完全に斬った感触はあった。
「ただの襲撃じゃない……」
 独り言のように呟いて、レオアリスは庭園にじっと視線を注いだ。
 徹底的に調べて真相を追究したいという思いが、レオアリスの中に首をもたげる。ただ、それは近衛師団の役割ではないだろう。
 と言っても、ゴドフリー侯爵邸の警備隊の役割とも違うように感じられる。
 それは権限の範疇ではないという単純なものではなく、能力の問題でもなく、もっと深い部分で近衛師団や通常の警備隊の範疇を超えているのではないかと、そう思えた。



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