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王の剣士4 「かりそめの宴」
【第一章 「変わる季節」】


 「では、北方への支援策は今回の素案を以て以降の議決、実施に関する権限は事務官級に降ろす。月の末までに地政院で取りまとめ、改めて内務、財政の三者で協議の上決定し、遅滞なく進めるよう」
 一刻半に及んだ議論を締めくくったのは、内政官房副長官であるヴェルナー侯爵だ。他の列席者――財務院、地政院の諸官も同意を示して頷く。
 内政官房、財務院、地政院、そして軍部である正規軍と近衛師団。これら四者は、国政の中核を成す組織だ。国政の重要事項を決定する際、これら四者の合議により基礎の政策が策定される。
 ヴェルナー侯爵は王へ面を向け、承認の意を確認すると、会議の散会を告げた。
(支援策か……)
 王の席の後方で控えていたレオアリスは、一瞬だけ視線を空に投げた。
 議場となったのは王城の三階にある会議室だ。レオアリスは会議の円卓より少し離れた、この部屋と前庭とに挟まれた回廊に控えていた。そこからであれば議場全体と外を見渡せ、王が臨席する会議の場合、警護の観点から多くはこの議場が使われる。
 王の座す広い卓の向こうでは、会議を終えた内政官房や財務院、地政院の諸官達が席を立ち、互いに言葉を交わしているところだ。
 列席者はいずれも各院の首級官を主とした顔触れで、先ほどまで行われていた政策会議では、これから冬の厳しさを増していく北方地域の為の支援策が講じられていた。
 それはレオアリスの胸中に、北の果ての雪深い故郷を思い起こさせた。
 王都から数千里離れた北の辺境では、この場所からは想像も付かないほど、既に深く雪が覆っているだろう。
 長い冬季には満足な生産も無い、凍てつく大地。
 それだけに今回の支援策が実施されれば、あの地にとって本当に有り難い事だと、そう思う。
 王城ではこうした会議が連日のように行われている。
 内容は予算や治水、街道や都市の整備など多岐に渡るが、地方への施策は王同席のもとに議論が行われる、主要議題の一つだ。
 今回は軍部の参列は無かったが、基本的に軍部と内政は、王の統治のもと全てが地中の根のように繋がり、国中に張り巡らされている。
 例えば街道の整備を行う場合、地政院が主体になり、各地の状況を見ながら財務院や内政官房との調整の中で整備計画を立て、現場では地元の警備隊と正規軍が施工する。
 先ほど、王がレオアリスに「興味深い」と告げたのは、今回の支援策を差しての事だ。
 そして、「学べ」と。
(学ぶ――)
 だが、王の差すものは、この件一つでは無い。
 レオアリスはこれまで、政治など自分には関係ない分野だと思っていた。
 王の下で剣を持てるのならそれだけでいい、と、レオアリスの根底にあるのは今でもそれだ。
 ただ、こうして時折王の警護の為にその傍に控えるようになって、レオアリスが今まで知らなかった内政面の状況が、僅かながら見え始めていた。
 これまでレオアリスが知っていたのはほぼ軍部内の情勢だけだが、この国においては軍よりも実際には、内政面での比重が大きい。
 逆にそうした状況を知る事によって、軍に求められる役割がより明確になってくる。
 今は大きな戦乱も、他国との紛争も無い。軍に求められているものは、国内の治安保持だ。
 レオアリスの属する近衛師団の役割は基本的に王と王城の警護に特化されるが、その目的は変わらない。
 国家が安定を保つのに必要な物は何か。
 近衛師団大将として、それを考える事は重要な責務の一つに含まれる。
(国か)
「レオアリス。アヴァロンはこの場に来るのだったか」
 王の視線にレオアリスは頷いた。
「既に議事の終了は伝わっていますから、四半刻もなくおいでかと」
 総将アヴァロンが来れば、レオアリスのこの任務は終わりだ。
 扉へと向かう諸官達の物問いたげな、ある意味では探るような視線が、素早くレオアリスへと向けられる。
 束の間、室内に一種緊張した空気が流れたが、彼等は足を止める事はなく、ほどなく最後の一人も退出した。
 彼等の残した、複雑な視線――その意味するものをレオアリスは良く判っている。
 そこには剣士という存在そのものと、レオアリス自身が抱える複雑な背景があった。
 レオアリスが、ファルシオンの傍にある事に対して感じる拘りも、同じ根を持つものだ。
 城下の街で取り交わされる噂話程度の会話も。


 この十七年間、剣士は軍において、明文化されないままに、禁忌とされてきた。
 それは十七年前の、北の辺境で起こった反乱に端を発している。
 冬の半ば、ちょうど今頃に始まった戦いは、正規軍北方辺境軍約三千が鎮圧に当りながら、三ヶ月近くにも及び膠着した。
 雪解けの季節が近付いた頃、増援に近衛師団第二大隊が投入される。
 直後――反乱は唐突に収束した。
 正規軍北方軍、近衛師団第二大隊併せて凡そ四千強の兵の全滅という結末を以て。
 反乱を起こしたのは、レオアリスの、北方の剣士の一族。
 そして犠牲となった兵達の大半を切り裂いたのは、近衛師団第二大隊中将であった剣士、バインドだ。
 同じ剣士との戦いの中で、バインドは剣士としての本能を、最も最悪な形で発露した。
 敵味方関係なく、その場の全てを切り裂くという――。
 「殺戮者」「切り裂く為だけに生まれる種」
 その揶揄は、決して事実無根でもないのだと、半ば証明したかのような慄然とする事件だった。
 バインドの一件は伏され、戦乱の事実すら、軍の公式文書から削られた。
 以来軍において剣士は明文化されない禁忌となり、それ故に、王がレオアリスを近衛師団に迎えるまで、軍に剣士は存在しなかったのだ。
 レオアリスが近衛師団に配された時、当時を知らないながらも漠然と剣士の禁忌を感じていた者は一様に眉を潜め、事実を知る一部の者達は王の決定に不安を覚えた。
 あの時のバインドのように、同じ事を起こすのではないか。
 滅ぼされた一族の復讐に、王へと剣を向けるのではないか――。
 だが、その疑いを抱く者達にさえ、レオアリスの中に王への憧憬しか認める事はなく、次第に疑念は薄れていった。
 そうしてレオアリスが王都へ来て三年、バインドが唐突に現われたのは、ふた月前、秋月の中頃だ。
 バインドは二つの街をその剣で斬り裂き、壊滅させた。
 バインドの出現により再び沸き上がった疑念の中で、初めてレオアリスは自らの過去を知り、剣士の剣の本質を知った。
 斬り裂き、ひたすら戦う事のみを求める剣。
 守ると自ら定めた者の為に、捧げられる剣。
 剣士の剣とは、その二つだ。


 レオアリスは近衛師団の将として、バインドを弊し、十七年間の終止符を打った。


 剣士は、その剣を捧げる主を選ぶ。
 剣士を抜き身の剣に例えるなら、主は謂わば、鞘だ。
 自らの剣を収める場所。
 レオアリスがその剣の主を王と定めた事――、それが彼を「王の剣士」と言わしめるもう一つの理由でもあった。
 十七年間に亘る一つの事件が完全なる決着を見た事で、剣士への禁忌もおそらく、そう歳月を待たずに消えていくだろう。
 ただ、穏やかな水面のように凪ぐのは、まだ少し先の事だ。
 急激な雨で水嵩を増した激流のように、レオアリスの周囲は変化を続けている。
 過去の反乱が未だに諸侯に猜疑の眼を向けさせ、そしてまた王がレオアリスを自らの剣士と呼んだ事によって、非常に複雑な色彩を持つ存在に仕立てていた。


 ほどなく議場の扉が叩かれ、近衛師団総将アヴァロンが扉を潜り、王の前に跪く。
 アヴァロンと二、三の報告事項を交わした後、レオアリスはアヴァロンより警護の任務の終了を告げられ、王の前を辞した。



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