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王の剣士 六【紺碧の守護者】

第四章 「剣士ザイン」


 「提督! レガージュに動きがあります」
 メネゼスの司令室に走り込んできた一等海尉が、メネゼスと副官の前で直立する。
「軍の飛竜が、右舷――レガージュの右手の丘から、レガージュの街へ移動しました。数はおよそ五十騎です。いつ現われたのかは目視できておりませんが、ほぼ同時刻と思われます」
 メネゼスは立ち上がり、海尉の横を抜けて船室を出た。副官と一等海尉も後に続く。
「五十騎か。鱗の色は確認できたか?」
「黒です。軍旗を立てているのも確認できました」
 メネゼスの隻眼に鋭い光が宿る。
「黒鱗――近衛師団か」
 口元に凄みのある笑みを浮かべ、階段を登って甲板へ出た。
 舳先の延長線上にあるレガージュの街が、朝日を受けて輝くように見える。
 それとも今、王の威光が照らす故か。
「レガージュめ、どうやら正直に国王へ報告したようだ」
「しかし、提督――レガージュには正規軍が駐屯しています、そこに加えて近衛師団が出てくるなど、まさか交戦を考えているのでは」
 副官の声には警戒の色があったが、メネゼスは笑った。
「お前はいつも気が早いな。まあ兵力が増えた事は確かだが、おそらくいきなり交戦はないだろう。むこうさんは近衛の到着を、敢えて我々に報せてくれてるからな」
「と申しますと」
「我らが国王陛下の御意思は、アレウス国王からの謝罪だ。それが明確な限り、正規軍が出てきても二度手間になるだけだ。それを判ってるんだろう。様子見を避け、王直轄の近衛師団を出す事で、我々に国としての交渉の意思を見せている――お陰で俺は待ちきれずに火球砲を打ち込むのを思い止まったぜ」
 冗談めかした言い方ではあったが、メネゼスはアレウス国が見せてきた意図を感じ取り、良しとしたように見える。
「この状況で一足飛びに近衛を出すとは、なるほど彼の国の王は賢帝だ」
「では、今レガージュには国王が?」
 副官はそこに国王の姿が見えるというように、息を潜めてレガージュの街に視線を投げた。だがメネゼスはあっさりと首を振る。
「国王? ――それはないだろうな。いずれか、高位の貴族を国使に任命し交渉役に、というのが常套だろう。今回の件で最も地位の高い人物を出すとしたら、西方公か――それで我々に対する態度が測れる」
「メネゼス提督」
 いつの間にか、ローデン王国の使者セルメットがメネゼスの後ろに来ていた。銀の瞳に粘つく光を浮かべている。セルメットはそっとメネゼスの傍に寄った。
「提督のお考えは今お聞きしましたが、そうは言っても充分に警戒すべきでしょう。国使に一個小隊もの兵を、飛竜を付けて送り込むのはいささか大仰かと……。国として対話する姿勢を見せておき、その実、貴国の要望へ武力で応えるつもりかもしれません」
「ほう。貴侯はそう考えられるか」
「はい。飛竜の機動力ならば沖合いにあるこの船団まで、一息に攻め込む事ができましょう。火球砲は放つまでに少なからず時を要するはず――近衛師団の飛竜はその間に船まで到達できます」
 メネゼスは喉の奥で低く笑いを転がした。
「面白い――まるで軍人のような考え方をされるな」
 セルメットは一瞬、うろたえたように眼を動かした。
「そ――そうでしょうか。差し出た口を聞き申し訳ありません。ただの浅薄な考えと切り捨てていただければ……」
 メネゼスの隻眼が一度セルメットの銀の眼を捉え、逸らされる。
「いいや。ご忠告、有り難くいただこう」
 そう言うとメネゼスはセルメットの傍を離れ、甲板を軋ませて船首へと歩いていった。セルメットはその後ろ姿を睨みながら、内心に滲んだ汗を拭った。
「――」
 全面的に「セルメット」をローデンの使者として信頼しているのかは、メネゼスの態度からは掴みがたい。
 余り口を開くと下手な疑いを持たれる恐れがあるが、近衛師団――国使とメネゼスをこのままただ会わせては、計画が全て水泡に帰す事にもなりかねなかった。
 近衛師団が出てくるのは計算外とは行かないまでも、まずは正規軍か、もしくはまずレガージュ交易組合長を処断し、その首を寄越すと踏んでいた。
(頭を下げるつもりか――まさかな。第一それでは我が君がお喜びにならぬ)
 セルメット――ヴェパールは遠くに見えるレガージュの街へ視線を向けた。ここにいればマリ海軍の動きをつぶさに知れるが、お陰で身動きが取りにくいのも事実だった。
(ホースエントめ、まだ実行していないのか)
 騒ぎになれば、近衛師団の足止めにもなる。
 期限の午後二刻を経過させ、マリ海軍を煽って火球砲をレガージュの街に打ち込ませる。
 戦端が開かれれば、後はそれに乗じてレガージュを陥す。
 あくまでも、マリ海軍の行動として――そう見せるのはヴェパールには容易い事だ。船などいくらでも創り出す事ができ、他のやり方もある。
(だがこの状況では、最後は私が動くことになりそうだ――)
 ヴェパールは照りつける陽射しを忌々しそうに睨み、与えられている船室に戻った。
 扉を閉め、取っ手に指先で触れる。取っ手はぶるんと一度、寒天のように震えた。
 これで扉をいきなり開けられる心配はない。
 もしかしたらもうすぐ、ここを訪ねてくる人物があるかもしれない。その相手をマリの兵士に見られない為の用心だった。





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renewal:2011.02.26
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