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「竜の宝玉とはじまりの森(仮)」

第四章「闇の淵」 (一)


 それは暗い闇の深淵で眼を開けた。
 燃え立つ両の眼が、ゆっくりと闇を睥睨する。
 闇を見透かし、その先で起きている事を。
 ここ暫く、ずっとそれの意識に触り続けるものがある。
 不愉快だった。
 無遠慮に彼等の領域に踏み込み、その翼の庇護下にある眷属を荒らしている者達の気配だ。
 それは久しく動かしていなかった身体を揺すった。
 背中の上で、固い岩盤が音を立てて崩れ落ちる。
 降り掛かる巨大な岩石を埃のように払うと、それは長い首を頭上にもたげ、あぎとを開き喉の奥へ大気を呼び込んだ。
 闇に一瞬の静寂が落ちる。
 次いで、白く輝く強烈な突風が、その喉から吹き上がった。



 北方の辺境――黒森ヴィジャは今、夜の中に静かに横たわっていた。
 人里を遠く離れた、誰一人訪れる事のない黒森の奥深くには、雪に凍り付いた幾つもの低い山脈が連なっている。
 その静けさを打ち破り、夜に沈んでいた山の一つが突如地響きを上げ、その中腹が内側から弾け飛んだ。
 夜を二つに断ち切るように、白い輝きが柱の如き質量を持って空へ走る。
 暴力的なまでの、力の奔流。
 獣達が身を振り立て、恐怖に我を忘れて次々と駆け出していく。
 光は、夜の空からキラキラと輝きを放ちながら雪のように降り注ぎ、森に落ちかかった。
 静寂の夜を照らしだす、美しく、幻想的な光景――。
 その輝く光の雫を受けた枝葉が、音を立て――溶けた。
 樹々や岩、空を見上げた動物達が、降り注ぐ恐るべき死の雪に触れ、速やかなまでに静かに、どろりと溶けていく。
 大地に、微かな振動が伝わった。
 山腹に空いた穴から、何か、巨大なものが這い出してくる、その地響き。
 崩れて溶けた山腹の石くれの上、赤く差す細い月の光の中に、それは姿を現わした。
 長い首、全身を覆う鱗は闇を凝縮して輝き、それに連なる太く長い尾。
 煌々と光る眼。
 それは、丘ほどの大きさもある、黒竜だった。
 大気を打ち揺るがし破壊する程の咆哮が、辺りに響き渡った。
 森の生物達は恐怖に身を縮め、猛獣や魔物達ですら息を殺し、樹や岩の陰に臥せてぴくりとも動かない。
 しん、と森は生命の影を潜めた。
 無音の世界で黒竜はただ独り、世界の覇者の如く悠々と吼えた。
 一度辺りを睥睨し、巨大な翼をゆっくりと広げると、西を目指して飛び立った。





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