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王の剣士
【番外四「黒森ヴィジャと雪呼ぶ獣〜と温泉紀行〜」】


 ぴちゃん、と雫が頬を叩いた。
 冷たい雫が頬を伝い、レオアリスは瞼を開け、瞬きを繰り返した。
「――?」
 どこだろう。暗い。
 けれど、周囲は暖かかった。火を焚いた室内にいるような感じだ。
 その暖かさのせいで、一瞬何があったのか思い出せなかったが、再び落ちて来た冷たい雫が頬に当たり、すぐに思考も晴れた。
「落ちたのか……」
 ゴツゴツした岩肌の地面に打ち付けたのか、背中が鈍い痛みを訴えている。暫く気を失っていたようだ。
 頭上から時折、湿った音を立てて雪の塊と雫が落ちてくる。
 暗くて見通せないが、多分天井に亀裂があるのだろう。雪で覆われていたそれを踏み抜いてしまったのだ。
 辺りを見回そうとして身体にかかる重みに気付き、レオアリスは眼を凝らした。
 暗闇に慣れてきた眼に、金の髪が一番に映る。頭をレオアリスの胸に置くようにして、うつ伏せに倒れている。
「ロットバルト――。二人して落ちた――って言うより、俺が巻き込んだのか。しまったな」
 自分の手をロットバルトが掴んだのは覚えている。
 という事は、ハヤテ達だけ上に取り残された事になるが、自分が落ちた以上、ロットバルトがあの場に残らなかったのは都合が良かったかもしれない。
「俺が一番に退場してどうすんだよなぁ」
 周りはいい迷惑だ、と軽く自己嫌悪を覚えながら上体を起こすと、ロットバルトの身体は何の反応も返さずに崩れた。
 束の間、レオアリスはただ訝しそうにロットバルトを眺めた。
「――ロットバルト?」
 まだ意識が戻っていないのかと揺り起こそうとして、肩に置いた手がぬるりと滑る。
 灯りが無い場所でも、その感触の正体は判った。
 血だ。
 一瞬、息が止まった。
 目の前に閃いた爪――
 すうっと血の気が引き、胃の辺りが凍る。
「――おい」
 抱え起こそうとしても、まるで人形のような反応が返る。
 暖かかった空気が、一気に冷え込んだ気がした。
「……ロットバルト! しっかりしろ!」
 ぼんやりとした視界では、傷の具合さえ良く見えない。
 左肩か背中だ。
(左――)
 左は、心臓がある。
 もし、深ければ――
 深ければ、何だ。
 暗くて見えにくく、苛立ちが募る。手を付いて傷口を覗き込もうとした時、漸く反応が返った。
「っ……」
「ロットバルト!」
 急き込むように呼び掛けると、うっすらと眼を開けた。
「……ああ、」
 目の前のレオアリスを認め、それから視線を辺りに向ける。傷が痛むのか、眉を潜めた。
「ここは?」
 どっと安堵の波が打ち寄せ、レオアリスはすとんと腰を降ろした。
「良かった……」
「――」
 肘をついて起き上がりかけたロットバルトの肩を、慌てて押さえる。
「無理に動くな。傷が開く」
「問題ありません、かすり傷です」
「かすり傷って――見てみないとどんな状態か判らないだろ。深かったら」
「そうですね……左肩はまあ、充分動く。厚着をしていたお陰で助かった。皮膚を裂かれたくらいで、筋肉が切断されるまでには至っていないでしょう」
 平然といつも通りの口振りでそう言われると、少し焦り過ぎだったような気になる。
 ただ、手を濡らした血の感覚は本物だ。傷口を改めるまでは安心もできなかった。
「とにかく、手当てを――」
 とは言ってみても、こんな場所っは血止めも満足にできない。その事にレオアリスは少し苛立った声を出した。
「治癒でも使えればいいんだが、覚えてねぇし――、悪いな」
「いや、安心しました。我々は応急措置の道具を常備してますよ。そこら辺に鞄が落ちていれば」
「――」
 安心したって何だ、と思いはしたが取り敢えず突っ込まず、レオアリスは周りを探した。
 近衛師団に限らず、隊士達は負傷時の為に薬草や包帯などを常備している。隊から付与される基本装備という奴だ。
 持っていないのは、レオアリスくらいだろう。
「鞄……、ああもうホント暗いな、灯りがありゃいいのに」
「鞄の中に、携帯用の手灯がありますが」
「いや、その鞄を探してるんだっつーの」
 手探りで周囲をあちこち探し、漸く少し先に白っぽい固まりが落ちているのを見つけた。駆け寄って拾い上げる。
「ああ、あった。セドナもあるな、良かった」
 セドナは薬草をすりつぶした塗布薬で外傷に良く効き、軍では重宝されている。
 レオアリスは戻って火口箱で手灯の小さな芯に火を灯し、手当て用の品を広げた。
 塗り薬、痛み止め、包帯、消毒用の酒、縫い針、糸。
「充実してるな……つうか、どっちかっつーとこれは放任じゃねぇか……?」
 縫い針と糸は当然、自分で傷を縫合しろという意味だ。
「常に法術士が近くにいるとは限りませんからね。大体、そういう意味では一番放任されてるのは貴方ですよ。こうした物も持たされていない」
「俺はまあ、貰うのは意味無いから中身見る前に断ってるしな。自己修復するし」
 ゆら、ゆら、と手灯の硝子の中で炎が揺れる。
 手のひらに乗る程度の造りの小さな灯りだが、手元を照らすには充分役に立ち、今のこの状況では非常に有難い。
「とにかく、ここが暖かくて良かったよ。あの冷気の中で傷の手当てじゃかなり厳しいからな。凍らないように気合いが要るぜ」
「気合いで済むなら幾らでも済ませますが」
 ロットバルトはレオアリスの口振りに苦笑を浮かべ、それから詫びた。
「お手数を掛けて申し訳ありません」
「――何でお前が謝るんだ」
 返事にはどことなく怒ったような響きがあり、ロットバルトは不思議そうに暗がりのレオアリスの顔へ視線を向けた。
 その表情がはっきり見えていたら、レオアリスは今度こそ本気で怒っていたところだが、幸いというか傷の方に集中していた。
「傷は、まだ乾いてないな」
 傷口が乾いていたら、張り付いた布を剥がすという余り有り難くない事をしなければならない。
 レオアリスは傷を改め、ほっと息を吐くと同時に眉を寄せた。
「確かに傷は浅い」
 口に出してはそう言ったが、傷は肩口から背中の半ばまで渡っている。
「クライフ達と合流したら、もう少しきちんと手当てしよう。セドナが足りない。せめて痛み止めを飲んでおけよ」
 消毒用の酒で傷口を洗い、血を拭い、薬をつけて包帯を巻く。
 レオアリスが手早く応急措置を施すのに任せながら、ロットバルトは瞳を細めて頭上を見上げた。
「傷が浅いのは外套のお陰だけでも無いでしょうね。落ちる寸前、あの獣は攻撃の手を止めたように思えましたが」
「そうなのか?」
だから・・・斬らなかったのでは?」
 それは――そうだ。
 そもそも『彼』、もしくは『彼女』には、敵意は感じられても害意は無かった。
 それに、もう一つ。
 剣を振らなかった一番の理由。
「……あの獣は、弱ってるように見えた――。多分、だけどな」
「弱っている?」
 さすがにロットバルトには充分脅威に思えたが、レオアリスがそう感じたのであれば何か原因があるのだろう。
「成る程、それでですか」
 決して、非難する響きではない。
 けれどレオアリスが束の間黙ったのは、自分の取った行動が正しかったのか、迷いが生じていたせいだ。
 レオアリス自身には何の問題もない。
 だが、怪我をさせてしまった。
 自分が平気だと思っても、周りはこうして傷を負う。
 自分一人平気では意味がない。
「部下が上官を守るのは当然です。気になさる事はありません」
 ロットバルトは完全にレオアリスの思考を読み取ってそう言ったが、そういう問題ではないのはレオアリスにも判っている。
 あの場にクライフとフレイザーがいなかったのは、せめてもの救いだ。
 いや、あの場に、例えば――、師団の部隊がいなかったのが。
 指揮官が中途半端な行動を取って、今回のような状況におちいった時、現場に残るのは、混乱だけだ。
 放り出された部隊の被害を考えると身が縮む。
 応急措置を終え、レオアリスは膝を付いたまま身体を起こした。
 手灯の炎を吹き消す。油もそれほど多くはない、ずっと点けていたら一刻もしないで切れてしまうから、必要な時だけだ。
 灯りが消えると、辺りは最初よりもより一層暗くなった。
「とにかく、俺を庇う事なんて無い。俺の方が治癒力は高いからな」
「ああいう場面で、この相手は治癒力が高いからただ見ていればいい、と悠長に判断する方が難しいと思いますが」
「いや、そうだけど」
「それに、落ちたのは貴方が先ですからね、お蔭で骨を折らずに済んだ。それより、ここは?」
 ロットバルトは改めて周囲を囲む岩の壁を見回した。
「地下の洞窟みたいだな。アスタロト達もこれと同じような所に落ちたんだろう。上に亀裂があるけど……この壁を登るのは難しそうだ」
「暖かいのは、地熱のせいですか……」
「ああ、そうか」
 気が動転していたせいか、そこまで考えが回らなかった。
 元々温泉が湧く土地だ、洞窟の中にも温泉が湧いているのか、場所が近いのか、湧き出す湯の熱で空気が暖められているのだ。
 地面に亀裂があり、緩くなっていた雪を踏み抜いたのだろう。
 それにしても本当に暖かい。少し蒸すくらいで、先ほどまでの吹雪の中とは雲泥の差だ。
 これならアスタロト達も却って助かっただろうと思うと、少しだけ力が抜けた。
「にしても、ここだけ、春みたいだな……」
 黒森の下に、こんな場所があるとは思いも寄らなかった。
 たかが十数年住んだだけでは黒森の事を知り切れず、自分はやはり、まだ物を知らない。
 ロットバルトは右肩を壁に預けるようにして、息をついた。傷の痛みにか、少し鬱陶しそうに眉を顰める。
「飛竜が、どうなったか気になりますね」
「もう上にあの獣の気配は感じない。ハヤテ達は飛べるからな――大丈夫だろう。一番の問題は、あの獣がクライフ達に追い付くかどうかだ。間に合ってくれてればいいんだが」
「それなりの時間引き付けていましたから、五分五分というところか――。ただカイが案内している分、方向を間違う事はないでしょう。それより、あの獣は何かを守っているように感じましたが」
「多分」
 レオアリスは頷いた。
 野生の獣が生命の危険を感じながら退かない理由は、ほぼそれだ。
「守るとしたら、一番は子供か――。例えば、近くに巣があるとか……」
「――」
 巣。
 レオアリスとロットバルトは同時に顔を見合わせた。
 近くに巣があるとすれば、可能性は。
 というか、ここは。
「あはは」
 笑っている場合ではない。ロットバルトが溜息を吐く。
「――また面倒な事になりましたね。しかし、この中も広そうだ、そうそう遭遇するとも限らない。それよりあの大きさの獣が巣にしているなら恐らく一つか複数か、他にそれなりの開口部があるはずです」
「ああ」
 風がある。上からではなく、上に逃れるように吹いている。という事は、やはり別の開口部があるのだ。
「出口を探そう――意外とアスタロト達の落ちた場所に繋がってるかもな」
「その可能性は高いですね。まあ今回大分混乱していますが、繋がっていれば今後の行程が随分楽になる」
 日頃弱音とはほど遠い所にいるこの参謀官も、さすがに「早いところ村に着いて落ち着きたい」位は思っているに違いない。
 そもそも本来なら、ロットバルトはこの状況と無縁でいられたはずなのだから。
(……悪い事したなぁ……)
 まじまじとそう思った。
「急ごう。まずは出口を確保して――いや、それよりアスタロト達を見つけるのが先か。合流して外出てハヤテ達を拾って、やる事が一杯ある。……何しに来たんだろうな」
 温泉に浸かりに、というのどかな目的は、もはや遠い過去の話のようだ。今の目的はそれこそ生還という二文字で、あまり笑えない。
「まあ、仕方ないでしょう、そもそも――」
 ロットバルトは立ち上がり、面には表わさないものの、一瞬動きを止めた。
「傷が痛むのか?」
 と尋ねて、何を当たり前の事を、と眉をしかめる。
 背中の筋肉は身体を動かす時に必ず使うものだ。浅いとは言え背中の中程まで三筋の傷が渡っていれば、痛まない訳が無い。
(俺が剣士だから)
 痛みが――判らないだろうか。
 少なくとも、配慮が足りないのは事実だ。
「動くのは少し待つか。座ってろよ」
 ロットバルトは束の間レオアリスの顔を見つめ、その瞳に少し、不思議な色を浮かべた。
「……いえ、待っていただく程ではありません。申し訳ないが先に行ってください。ここなら凍える心配もない、暫く休んで後から追いかけます」
「置いて行く訳ないだろ」
 レオアリスは心外そうにそう言った。
「ここがどこだかも判らないし、第一怪我人を」
「怪我を負っているからこそですよ。ここで時間を費やすのは無駄ですし、とは言え私も通常通り動ける自信は正直ありません。足手まといになるのは本意では無いのでね」
「足手まといとか、そんな事は思ってない」
 レオアリスは強く言い切ったが、ロットバルトの考え方は違うようで、仕切り直すように改めてレオアリスに向き直った。
「確かに足手まといと言うのは語弊ごへいがありますね――。要はこの先何があるか判らない状況で、私が満足に動けなければ、どこかで必ず貴方に負担が生じるでしょう。任務放棄のようで気が引けますが、これ以上事態が遅滞するのは私としとも避けたいところです」
「そりゃ――」
 確かにのんびりしていられる状況とは言えない。
 今の怪我では歩くのも厳しい事は判るし、レオアリスにしたところで無理に動かせたいとは思っていない。
 ただだから置いて行く、というのは納得が行かず、レオアリスはその気持ちを代弁するように腰に手を当てた。
 任務放棄などとは当然、思わないが。
「やっぱり少し違うんじゃないか」
「この状況を考えれば、普通の選択でしょう」
 随分あっさりとした言い方だ。
(普通?)
「……じゃあ聞くが、俺が怪我してる立場なら、お前はちゃんと先に行くんだな?」
 その言葉には、冗談でも聞いているかのような可笑しそうな笑みが返った。
「それは全く条件が違う。引き合いに出す話にはなりませんよ」
「ならないって――」
「貴方は大将でしょう」
 レオアリスは一度黙り、息を吐いた。
「――大将だから部下を見捨てても良くて、その逆は有り得ないって?」
「そうです」
 思わずまじまじとロットバルトの顔を見つめる。
「何、言ってるんだ」
「貴方は先ほどこの怪我を気にされたが、本来は気にされる必要が無い事柄です。その結果、無駄に事態を遅らせる事になりかねない」
「――本気で言ってるのか?」
 無駄、とか――
「まあ、さすがに今の状況には大げさな言い方ですが、軍という組織の在り方を考えた時、向き合わざるを得ないものですよ」
 むっとしてレオアリスはロットバルトを睨んだ。
「……違うだろ。それは組織としてそういう考え方もあるかもしれないけど、この場合とは」
「違いませんよ。事の大小はあれ、根本は同じです。例えば、そうだな……、今この場が戦場だと仮定して、私が今以上に重傷を負っていたとしても、戦局が収束しない限り貴方は留まるべきではない。それが将たる者の務めです」
「――」
 腹が、立った。ものすごく。
 ロットバルトが言っているのは、突き詰めてしまえば――切り捨てろと、そういう事だ。
「怪我人じゃなければ、ぶん殴ってるぞ」
「感情論を申し上げている訳ではありません」
 全く必要の無い観点だ、と言われているような気がして、レオアリスは黙り込んだ。
 その様子に気付いているのかいないのか、ロットバルトは淡々と続けた。
「何を優先すべきかです。今はこうして話をしている余裕がありますが、状況によっては決断を迷う事そのものが部隊の命取りになりかねない」
「――」
 余りに正論で、言葉が出ない。
 でも、それは納得が行かない。
 ただ上手い言葉が見つからず、悔しさ混じりに溜息を吐いた。
「もういい。今結論が出る内容じゃないしな――。とにかく周りを見てくるから、そこから動くなよ」
「上将」
 議論を逃げるつもりでは無かったが、ロットバルトの呼び止める声を背に、レオアリスは風の流れてくる方へと歩き出した。
 少し歩くとそれだけで、元いた場所は闇に覆われてしまう。ロットバルトの姿が見えなくなって、それまで喉の辺りまで溜め込んでいた言葉を口にした。
「何なんだっ!」
 あの言い方は。
 ついつい足取りも荒くなる。
「感情論か?! 俺が感情的なんじゃなくて、あいつが合理的過ぎるんじゃないのか?! 全部が全部、そうやって割り切れりゃ苦労ねぇってんだ!」
 感情的で悪かったなぁ! と思う。
 その辺で取り敢えず落ち着いてきて、一息ついた。
 落ち着けば確かに、自分は感情的なのだと、これまた思わざるを得ない。
 要は論破できていないのだから。
「論破は……まあ、置いといて」
 レオアリスは誰もいないのに視線を逸らした。
 しかし大事なのだから感情的になるのが当然だ。
 どちらがより大事か、そんな事に優先順位を付けなくてはいけないのか。
(判る。判るけど――)
 確かに、そうした判断を軽視する訳にはいかない。
 例えば戦場では、一を手放して十を――いや、二を救う事を選ばなければいけない状況はあるだろう。
 どんなに苦しい判断でも、その場合、判断を下す責任は、大将であるレオアリスにある。
 今の状況を招いたのも、自分の判断が甘かったせいではあるが。
 けれど――
(こんな事で腹が立つのは俺だけか?)
 理解していないからか。
 こんな状況でさえその判断ができないようなら、いざという時判断などできないだろうか。
 いや――
 違う。
 アスタロトなどはレオアリス以上に、まさしく烈火の如く怒るだろう。
 そもそもロットバルトの意見は正しいが、唯一の正解ではないはずだ。
 第一に、例え手放す選択をするにしても、それは考えて考えて考えて――、考え抜いた結果だ。
 時間が無いなら無い中で、考え抜いた上での選択であるべきだ。
 あんなに簡単に天秤にかけられる問題ではない。
「――」
 ふっと風が頬を撫で、レオアリスは顔を上げて辺りを見回した。
 少し冷えた空気と暖かい空気が入り交じっている。
(空気が出入りする開口部があるのは確実みたいだな……)
 レオアリスは鳩尾に手を当て、剣を引き抜いた。
 青白い光が洞窟内を照らし出す。
 洞窟はゴツゴツと荒れた岩肌を見せながら曲がりくねって続いていて、剣の光が届く範囲より先は前も後ろも暗がりが詰まって先を伺わせない。
「ん?」
 前方の暗がりが広がった気がして剣を持ち上げると、道の先が二股に別れているせいだった。
 レオアリスは一旦立ち止まって周りを見回した。
 別れ道は厄介だ。この先、出口に繋がっているかどうかも確実ではない。
(あんまり歩き回るより、カイを呼び戻して一旦状況を聞いた方がいいな)
 クライフ達がアスタロト達と無事合流できたか、それも気になる。
「――カ」
 カイを呼び戻そうと声を上げかけた時、わん、と洞窟の岩壁が鳴った。
 いや、鳴ったのではなく、咆哮が轟いたのだ。壁に反響し、空気を震わせる。
「!」
 あの獣だ。
 再び戻って来たのか――今度の咆哮は、洞窟の中で響いた・・・・・・・・
 前後に視線を走らせる。壁に反響しているせいで、どちらから響いて来ているのか判らない。
 冷たい空気が交じり出しているのは前方で、そうなると出口――獣が近付いてくるのは前方からの可能性が高いが。
「――」
 レオアリスは地面を蹴り、洞窟を走り出した。





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