前兆の鼓動…







まだ止まぬ雨が
僕に重く圧し掛かる…
劣化した傷跡は錆び付いて醜く引き攣れていく








「大佐てめーまた俺を嵌めやがったな」
「何の事だ?鋼の」
「しらばっくれるんじゃねぇ。ネタは、上がってんだ!!」



今まさに大佐に掴み掛らんと額に青筋を立てているのは、エドワード・エルリック
12歳という軍最年少の若さで国家錬金術師の試験を通過した金髪の少年
二つ名は鋼の錬金術師
彼の見た目に反したこの厳つい二つ名は、普段手袋に隠された右手とズボンの下の左足が
鋼の義肢オートメールであることに由来していた
その異質さに加え両手を重ね合わせることで錬成陣無しに錬金術を使える才能は国家錬金術師の中でも
類まれな存在だと言ってもおかしくない
まだ若さ故に感情面での脆さが伺えるものの実力はここにいるマスタング大佐に負けるとも劣らないものだと推測される





「兄さんダメだよ」
後ろからエドを羽交い絞めにしているのは、弟のアルフォンス・エルリック
兄と一歳違いの少年だ
彼もまた特異な存在だった…
見た目は大人と変わらぬ体格
………いや…
実のところいつも鎧を被っている為彼がどんな顔をしているのか?
実際に鎧の中の彼を見たものは軍内部にはいなかった
もちろんここにいるリザやマスタングでさえも…
…否、少し違う鎧自身が彼なのだ
もちろんその事を彼らを連れてきたリザと大佐は知っている


魂の定着
人体錬成は錬金術における禁忌とされた神の業
錬金術師の中でソレは暗黙の了解となりソレに近づく者には災い…あるいは死が用意されていた
そしてソレを犯してしまった兄弟は、今こうしてその罰を受け入れここにいた




母への限りない愛

浅はかな英知
故に取ってしまった愚かな行動
その代価として彼らは身体の一部……いやソレ以上のモノを支払ったのだ
その事実を知る者は国家錬金術師の中にも数人しかいない
もしかしたら知っていてそれに触れようとしなかった者も数人いたかもしれない
安穏とした日々をおくりたいがためにあえて口にしようとしなかった者
知ってはいたがソレを自分が口にしたところで何の得も無いと知っていて口にしなかった者

無駄に他人への介入をしない
自分が傷つく必要は無いと言う思い
軍内部には、いつでもそういった陰湿な空気に満たされていた
そして国家の狗と罵られ人としてを疑われる軍内部の錬金術師のその中に彼らもまた存在していた







「うるさいアル。放せよこいつには一度ガツンと言ってやんなきゃ分かんねぇんだから」
まだ大佐に食い下がらんとしているエド
「で〜も〜」
「でもも何も無い。俺は、怒ってんだぞ!!」
「いや…それは、誰が見ても分かるよ兄さん」
少し呆れたように兄を止めようと必死の弟
「いつもいつも人のこと嵌めやがって。今回で何度目だと思ってんだ!!」
なりふり構わず喚き散らすエド
「さて?何の事かなぁ」
それを受け凪がず大佐
「何の事かだと〜!!だったら耳の穴かっ穿ってよ〜く聞きやがれ!!」
その態度に完全に爆発してしまっているエド
それを止めようと必死になっている弟
さして気にもしていない様子の大佐はと言うと…いつものような企んだ笑顔

いつもと変わらないはずの光景…
けれど………





その表情にリザは、多少の安どと戸惑いを感じていた



「キャンキャン吼えるな鋼の。いつもの事なら良いじゃないか別に。小っちゃい事は、気にするな」
苦笑しながら大佐が言う
「誰が豆みたいに小さくて見えないだと?小さいって言うんじゃねぇ!!」
完全に自分を見失っているエド
「兄さん今のは、別に兄さんの事じゃないと思うけど…」
その横で呆れたようにアルが言う
「うるさい、アル……だいたい…キャンキャンでのはなんだ!!俺は犬じゃねぇ〜!!!!!」
たしなめる弟を反射的に怒鳴る兄
それにまたまた苦笑を隠さず大佐が言う
「ハイハイ兄弟喧嘩はそこまで。それよりキミ達、次の任務を言っても良いかな?」
その言葉にエドの額の青筋が濃くなる
少し俯いたエドの顔に影が落ちる
唸る様にエドが声を絞り出す
「誰が兄弟喧嘩してるって?……お前もう少し人の話し聞けよ」
ますます怒りで震えの止まらない様子のエド
「大体何も解決してねぇのに話し終わらせんな!!俺はアンタに怒ってるんだよ!」
語尾は、怒鳴り声に変わっていた


けれどそんなことは気にも止めず大佐が言う
「はて?何か終わってない話があったかな?大体怒られるような事をした覚えも無いが?」
全くいけしゃあしゃあ…である
エドの下を向き作った握り拳が限界とばかりにフルフルと振るえている
次の瞬間


バンッ!!


振り上げたエドの拳が大佐の机を思い切り叩いた
少し身を乗り出し大佐の眼前に鬼のような自分の顔を近づけると
「もう我慢ならねぇ…顔に当てなかっただけ有り難く思え。今日は帰る。話はこの怒りが納まったら聞いてやる」
一度爆発した怒りをそれでも必死に押さえながら
「それまでせいぜい自分の行いを悔い改めて待っていろ!!」
大佐を指差しながら言い捨てて出て行くエド

彼を追いかけるアル
「待ってよ兄さん。いくらなんでも大佐にあんな事しちゃダメだよ」

入って来た扉から消えて行く二人





廊下を遠ざかっていく二人の声




それを追いかける大佐の視線…
一見いつもと変わらぬ落ち着いた表情……







しかしその瞳には先程までの嬉々とした感情が消えどこか寂しげな光が宿っていた
まるで恋焦がれた相手に逃げられでもしたような見ているこちらが切なくなりそうな…瞳


どこかもう遠くにある心を追いかけるような視線…



溜息…




この人がこういう眼をするようになったのは、何時からだったろう…?
とリザ・ホークアイは、人知れず思う




そして…



「大佐その感情は…お止めした方が良いものなのでしょうか?」

誰にも聞こえぬ声で一人呟いた…








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