附解説 米国工学士 ガーデナー序文
 


代表作・・[長楽舘「京都市」]・明治38年[1904]〜同42年6月
その他多数設計す。
アメリカ人宣数師建築家  J. M. ガーデナー


左の写真は長楽舘の玄関です。
 右の写真は南側に面して一階は喫茶、レストラン
円形の出窓は大きく開放感があり凝ったものです

I  take great pleasure in commending to the fayorable notice of the
  interested public, this work of two former students in my office,
Messrs. Ono and Tsuda, as an interesting essay, showing quite a
remarkable of invention.
  The plans and elevations, for various sorts of buildings, are worthy
of consideration and study by those who contemplate the erection of
such buildings. There is undoubtedly a growing interest in Architecture,
in this country, especially in the foreign style and, while one would
regret to see the entire decadence of the native styles, and their
substitution, too wholly, by the foreign, it is well to foster this interest
in every legitimate way, and it is a matter for congratulation to
the country that so many of her young men today are full ofthe spirit
of invention, and ,while not slavishly copying any particular foreign style,
have ready at hand, to such a degree, the alphabet of the more important styles. Experience will develope their taste and improve their judgment, as time goes on, and will help them to avoid certain incongruities in the spelling of their message, due to the frequent misuse of combinations and proportions.
  These plans and designs are evidently meant, then,
to be suggestive, rather than to be followed closely, and, as such,
may be of value and use to students and to those interested
in the Art of Building, to whom they are commended.

J. McD. Gardiner,
Architect.

Tokyo, Japan, Nov. 1910.

 日本附解説 米国工学士 ガーデナー序文  日本語訳

 私は、私のオフィスの元二人の(小野武雄と津田 肇)学生の仕事である興味深い社会での有望な変化を賞賛する大きな喜びを得ました。
興味ある試みとして小野武雄さんと津田 肇さんは、進化に著しく変化することを見せてくれる。建築物のさまざまな価値としての計画や向上心は、熟考するに値し、又そのような建物を建築物的熟考する人々によって研究される。建築への関心は、この国で特に外国のスタイルは疑うことなく成長している。
在来のスタイルが衰退している間に、それらの代用として、ほとんどが外国からの全くの合理的な方法が用いられたことが関心を促進したのである。
 幾つかの特定の外国のスタイルを複製することは卑屈なことではなく、より重要なスタイルの初歩に近ずくということである。
そして今日の若い人々により、この国は革新の精神に満たされていることは喜ばしいことである。
 時が経つにつれ、組み合わせや調和に齟齬(くいちがい)が度々出た時、それを避けるために彼らの魅力あるメッセージが支持されると言う経験は審美眼や判断価値を高めることに繋がる。
これらのプランとデザインは、綿密に続いていくことよりむしろ、示唆に富むと言うことに意味が有る。
彼らの賞賛に値するこれらの興味ある建築芸術(建築学)は学生に対する、或いは興味をもつ物に対しての価値であったり且つ使用されるものであっても良いと考える。

J.McD.Gardiner, 建築家
東京、日本、11月 1910年
日本語訳 F・Haruhiko   2003・1・3

               長楽舘、階下喫茶・レストランです。 階段室  写真のモデルはミス着物・F・和美さんのポートレートです。             



管理人・所見
 洋風折衷・建築設計図集「附解説」の表紙のトップにジェームス・マクドナルド・ガーディナー(1857〜1925)序文として、小野武雄を推薦する文章が書かれています。
既に明治37年にガーディナーは東京で設計事務所を開設していました、その事務所には多くの日本人の設計者が勤務し、小野武雄もその中の一人として勤務していたのであります。弟子の設計者の著作が明治43年に発行されるに付いて当然のように、ガーディナーは序文を書いたのです。
 ガーディナーの建造物及び設計図面等は残っていますが、この様に弟子に英語での推薦文は大変貴重な文書であると思います。
管理人は「明治の建築家ののこしたもの」の中で公開時より掲載していますが、平成14年秋、ホームページのリフォームを行い資料の追加をして行きたいと思います。
 ガーディナーについては、ヴオーリスやレーモンドのように設計事務所を後世まで経営されず早くに閉鎖された関係上、図面や詳細図その他の資料群は多くは残っていません。話は少し戻りますが、小野武雄については、殆ど資料がありません。
当、管理人が「明治の建築家ののこしたもの」の中で、建築設計図集を公開し小野武雄の軌跡に触れたことは非常に印象深く貴重なことと、自負をしております

   The Legacy of architects from Japan's Meiji Period 管理人


日本聖公会・聖アグネス教会「在京都」
明治31年(1898) J・M ガーディナー   近代京都の名建築ヨリ

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