建築技師小野武雄・著

緒 言
              
 本書の趣意は造營主並に一般人士に建築思想を養つて貰ひたいと云ふのが第一の目的であります。
折角技術者が圖面を調製しても、之を充分に了解なさる方の少ないのは、常々技術者の遺憾とする所で、就中住宅に至つては色々の御好みが出る様ですが、時には稍々無理に近い註文も尠くないように思はれます。
尤も注文主の希望を取捨して設計するのが技術者の責任ではありますが、其れにしても建てるお方に於て、かねがね研究をなされて置いた方が萬事に好都合であります。

 第二には在來の大工棟梁の参考書とするの目的であります、成程在來の建築にかけては出入棟梁は充分の造詣がありませうが、渠等の手に成る所謂日本化した西洋館に至つては何とも謂い様のない、妙な物に接する事が度々あります、然し是は無理のない事柄であります。
技術者に支拂ふ設計料や監督費などは、頃日我が建築學會に於ても制定させられましたが、總工費から申しますと甚だ少額なもので、從來の建築法中幾多無駄に金圓を費されても居る所を改良しさへすれば、設計監督費を拂つて餘りある事です。
而も之が為に却つて工費を節約して、廉價に出來上るのみならず、竣工後の美観、安全、便利等、總ての點に於て有形無形の利益ある事は疑ひありません。
併しながら必ずしも専門技術者の設計でなければならぬと云ふ事はありません、出入棟梁の設計でも宜しぅ御座いますが、但し此場合には技術者を顧問として時々見廻りを依ョするやうにして欲しい、かうすれば間違ひのない良結果を得られませう。
すべて箇様な次第でありますから、大工棟梁も今後の建築に就いては充分設計等の事を研究して置く事が稼業柄最も必要な條件であらうと思ひます。
依つて兩者の參考たらしむる為め、又所謂新日本式を完成する迄の研究を助くる為め、出來得べき限り通俗的に改良すべき要點を説き、且つ之を根據として、和洋各種の家屋に應用すべき設計圖を作り、扞に、其解説文を添へ、一書と致した次第であります。
幸ひに同好の士のC覽を得ば著者の喜び之に過るものはありません。

 本書を編著するに當り、工學士保岡勝也氏工學士大塚泰氏、米國工學士ガーデナー氏、親友津田鑿氏の恩師扞に諸先輩は一方ならぬ教示を與へられ、殊に津田鑿氏が多数の材料を提供せられしは誠に感謝に堪へざる所であります。
なほ又、和洋住宅建築學の著者にして余が恩師たる工學士駒杵勤治が、特に校閲の勞を執られた事は余の光榮とする所であります。

  明治四十四年六月      著者小野武雄しるす

あとがき
建築家小野武雄先生の緒言を読んでくださったみなさまえ。
緒言から総論と続く論文にたいして、ご意見、ご感想を
お待ちしております。
この文の感性は現在においても十分に理解して戴けるものと信じます。
管理人


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