右谷山・寂地山・冠山

(1233.8M−1337M−1339M)

山口、島根、広島の三県境を行く

日程

いよいよ今回の山行の中心だ。当初の計画では寂地山と冠山の往復を考えていたのだが、潮原温泉と右谷山を加える事にした。出来れば温泉に向かって下山したいし、右谷山は山口県第二の高峰だ。迷ったのは登山口で、寂地峡と浦石峡が考えられたが地形図に出ている浦石峡から登ることにした。この時期にしては歩行時間が長いので日没まで帰れるのか心配だ。

11月24日

聖湖キャンプ場(03:00)松の木峠(04:50−05:50)=宇佐八幡宮(06:50)=寂地峯尾遊歩道入口(07:50)=右谷山(09:00)=寂地山(10:10)=冠山(12:40)=潮原温泉(13:50−15:00)=松の木峠(16:10)道の駅「来夢とごうち」(18:00)聖湖キャンプ場(21:00)

山行記録

寒さで起こされた。しばらく寝袋の中で身動きしながら体を温めて頑張ったが、いつまでもそんなことは出来ない。テントを撤収すると、氷が張り着いていた。寒いわけだ。早々に車の中に逃げ込む。予定より早いが出発。初めは潮原温泉が見つからず、宇佐八幡宮の位置の確認を先に行った。とって返して今度は潮原温泉を発見。大体の距離をつかんだ。松の木峠のスキー場駐車場に車を停めてしばらく休息。星がとても綺麗だった。

         
左:宇佐八幡宮
右:登山口

頃合いを見て峠を出発する。山口県側に入ると道が急に狭くなるがバスが通っているのは山口県側の方だ。真っ暗な道を星明かりだけを頼りに歩いてゆく。夜が明けて宇佐の集落に入ると畑が霜で真っ白だった。とりあえず宇佐八幡宮にお参り。境内には見事な大杉があったが、掲示板の錦岳に関する記事の方が興味を引いた。八幡宮を出て林道を歩いて行くが地図よりかなり先まで伸びているようだ。浦石峡は深いうえに藪が邪魔で下まで見えない。木目の滝の上部からようやく沢が近くに来る感じになった。やがて赤い橋の渡河点が見える。どうやらここが登山口のようだ。

  
左:稜線に出る
右:右谷山山頂

林道から分かれて沢沿いに登山道を登る。あまり歩かれていないのか、ちょっと荒れ気味だが、遊歩道はしっかりしていて迷うことなく歩くことが出来る。階段の道を登り詰めると十字路の尾根に出た。小五郎山や川津方面の道は入口からしてかなり荒れているのが分かる。これから向かう右谷山方面は今まで通り階段だ。尾根に沿って高度を稼いでいくとやがて展望の良い場所に出た。そのまま山腹を巻いて進むと展望のない右谷山の山頂に到着。結局、ここまで見晴らしの良い場所は先程の一カ所だけらしい。

         
左:稜線上の登山道
右:寂地山山頂

右谷山の後ろの主峰が例の錦岳だろうか。程なく山頂に到着するが看板もなくよく分からない。早々に山頂を後にして、急な階段を下るとやがて寂地峡からの登山道と合流した。ここから先は踏み跡もかなり増えて歩きやすい。寂地山の直下で今日初めて登山者に出会う。バードウォッチングに来たという話だった。寂地山の山頂で昼食。次に誰か来たら写真を撮ってもらおうと考えて休んでいたら、結局40分ぐらい時間が過ぎてしまった。やってきた家族連れの方に写真を撮ってもらうと、あわてて先を急いだ。


冠山山頂

寂地山を出て1時間、既にかなり山を下りていた。おかしいと思っているところにちょうど夫婦連れがやってきて道を間違えたことが判明。縦走だから当然まっすぐだと思いこんでいたので冠山への分岐点を見落としてしまったらしい。下りた分を登り返し、なんとか冠山の山頂に立つことが出来たが気力体力ともに相当消耗してしまった。山頂の少し先が崖になっていて東側の眺めが良い。広島の山々を見ながらしばらく休息した。


潮原温泉

山頂からは南に向かって下り始める。急な坂をどんどん下ってゆくとやがて道は山腹を巻くように進み、ちょっとした広場に出た。そこでは家族連れが何組か休んでいた。やがて道は谷間を進み、沢に出会うと道も緩やかになる。登山口にはそれなりに駐車スペースがあったが、さすがに満員だった。しばらく道路を歩き、中国自動車道を越えると、潮原温泉に到着。温泉に入り、今日一日で疲れた体を洗い流した。そして再び道路を歩き、松の木峠まで歩く。時間が無くて寂地峡を見られなかったのが残念だった。帰り際に魅惑の里で「冠山の名水」を購入。再び聖湖キャンプ場に戻った。

余談

今回購入した国土地理院の5万図が古い為、道が分からずとまどう場面が少なからずあった。
あげく、一時間のアルバイト・・・地図は最新の情報を書き込んでこそ意味があるとしみじみ感じた。

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