第6章 釧路川

前方に釧路川本流が現れた!
枝をかき分けなんとか本流にたどり着くと視界が開けた。釧路川はとうとうと流れていく。
川幅10〜15m。両側は高い樹木がびっしり茂る。パドルの音が大きく聞こえる。あまりに強烈な野の香りにパドルをおいて、ビールをのみながら流れに身をまかせた。


9月29日 釧路川/源流〜弟子屈(第5日目) 晴れときどき曇り

 朝。
「う〜ん。う〜ん。」
 というBOYの声で起きる。
「眠れましたか?」
「うん」
「オレ、もんもんとして眠れませんでしたよ〜。 姐さんの裸が夢にまで出てくるし・・・・」
あっはっはっは。朝から笑わせてくれるなあ。
「そうか、だったら夜ばいするか、お願いして添い寝してもらえばよかったのに。」
「いや、それは・・・その・・ねえ・・・やっぱりできませんよぉ」
若いのである。しかたがないのだ。ははは。

朝風呂を浴びに行くことにする。昨夜の嵐もおさまったようで、青空がのぞく。 今日は姐さんをカヌーにのせる。テントの前で漕ぎ方を教えると、釧路川の流れに負けて流されて行った。橋の上からのぞきこむが出てこない。

アレ〜。流されて行くアネゴ。

橋の下に探しにいくんと流木にひっかかって止まっていた。さすが、姐さん!可愛いなあ! バック漕ぎを教える。BOYが
「ずりぃ〜。オレそんのの教わってないッスよお!」
とふくれるのでBOYに姐さんのコーチをまかす。 BOYほどではないが姐さんも呑込みが早いようだ。 だいたいまっすぐ進めるようになったので風呂へ出発。

アネゴを載せてお風呂へGO!

俺とBOYが心配して岸づたいについて行くと、またこっちがひっくりがえった。 どんどん青空が広がり、夕べの天気が嘘のようだ。
 俺も、BOYも、姐さんもはだかのままで笑っていた。 風も、湖も、太陽もみんなきっちり笑っていた。気持ちの良いひとときだった。

ハダカのBOY。ハダカのアネゴ。

ふろの帰り、BOYをまっぱだかのままアルカディア号に乗せ送り出す。
『湖の真ん中までいってみろ。気持ちいいぞおー』
「よーし!いってきまーす」
「がんばれー」

散歩がてらアイヌの民芸店をのぞく。アイヌの人々を初めて見る。ほりが深く鼻が大きい。ヤマトンチュとは違う民族なのが一目でわかる。 そこのお店で知やん(野田知佑さん)の友人で熊本に住む石原新さんの息子さんに逢う。弟子屈の先に一mぐらいの落込みできてて気をつけないと危ないよと教えてくれた。 おみやげを選んでいるとアイヌのおばさんがしぼりたてのホットミルクを入れてくれた。三杯もいただいた。

 釧路川で進む開発に対して怒りの声をきく。ゴルフ場などの開発のため、蛇行部分がどんどん短くなっているとのこと。悪名高い釧路川の三面護岸だ。こんなことしているとまちがいなく川は死ぬ。反対運動の署名をした。地元のカヌーイストの人はなんにもしないというのを聞いて驚く。
 今度東京で長良川の河口堰反対デモがある。わたしも行っていっしょに釧路川の開発反対を抗議しようと思うと意味の言葉をたどたどしいけれど力づよく語ってくれた。その釧路川を今から下って行くのである。

 釧路川は屈斜路湖に発し釧路湿原を縫う野性川だ。 船出を考えただけでもわくわくする。 けど・・・その時は・・・。

戻ると橋のガードレールに濡れたフライシート、着替え、シュラフ等が干されていて、にぎやかである。のんびりしすぎたか、姐さんとBOYは朝食の用意にかかっていた。BOYは屈斜路湖のまん中ですっぱだかでいたところを蚊の軍団に襲われたようで身体のあちこちを掻きまくっていた。姐さんもBOYが引き連れてきた蚊にまぶたを咬まれたらしく色っぽいお岩さんのようになっていた。 姐さんがパスタに牛乳と卵を溶いたのをからめてスパゲッチーを作ってくれた。塩、コショーで味付け。なかなか旨い!ほんのすこし醤油をたらすともっと旨くなった。

眺湖橋は観光バスのコースになっていて、必ず橋の上で止まる。
「これが屈斜路湖でここがあの釧路川の出発点でありまーす」
とかやっているのだろう。そしてそのバスから俺達のキャンプ地はまる見えなのだ。
「あれをご覧下さい。きょうも貧しい若者が野宿をしていま〜す。さあみなさんはげましの拍手をおくりましょう」
なんてやってるのかもしれない。 開き直ってこっちから手をふると、すまなそーに振り返してくれた。
 カナデイアン・カヌー(オープンデッキのカヌー)二隻やってきて、俺達の前を通り過ぎ釧路川へ入っていく。
挨拶をしようとするが目の前を通過していくのにこちらを見ようともしない。
うれしそうなのはいいが、ゴルフにいくようなかっこうをした中年四人組で、いかにも最近やりはじめたといったようすだ。一隻がひっかかたがうまく脱出できたようだ。
「カヌーイストってかんじわるいね」
って姐さん。オイオイ!
「あんな中年追い抜いちゃえ。なっ、隊長!」

ときた。 そうか、アイヌのおばさんが言ってた地元のカヌーイストってああいう人達のことか。
 うーん最近、カヌー・ブームだそうでどこの川に行ってもカヌーをやっている人をちらほらみかけるようになった。単独行のひと。仲間で来ているひと。一回やっちゃうと誰でもできるのがカヌーの魅力だし、よいところなんだか、最近の流行よとかでカヌーをはじめて、私はこんなのやってるのよ。最先端よ!すごいでしょう?といったやからや、実生活でもめったに、お目にかかれない変なやつやおかしいやつも多いような気がする。

いくら手にはいりやすくなったといえ、20万前後するファルトボートはやはり高価である。基本的にこういうのがいちばん必要なのは子供や少年であろう。子供のころに流木や丸太につかまって川下りをするのは、最高にどきどきするあそびっだったもんなあ。けど、実際買える人ってのは、お金に余裕のある大人だもんなあ。

 暮しに余裕ができた人たちが、一種のステイタスみたいに、アウトドアとかやりはじめるのは良いことだと思う。底辺がひろがるし。子供がいたらもっといいだろう。だけど、こうゆうのは、いくらノウ・ハウを身につけても駄目だ。どんな世界でも同じが、大切なのはどまず人間として通用すること。いっしょにいて楽しいか、そうじゃないか。アウトドアとかたいそうなもんは全然知らない人でも、一緒にキャンプして最高に楽しい人はいっぱいいるし、装備はすごい超一流でも、人間的にうすっぺらな人と一緒にいても、ちっとも楽しくない。もちろん危険を伴う場合にはそれなりの、装備、知識、経験は必要だけど、その根底にはやはり人間として信頼関係が必要不可欠だろうし。うーん。なにがいいたいのかなああ?まあいいや!

 のんびりしてると正午ちかくになった。
テントをかたずげ荷物をアルカディア号に積み込む。
 BOYがちょっと感傷的になっているようだ。
 アルカディアに乗りこむ。
 水に浮かんだカヌーをまん中に 姐さんのカメラで記念撮影。
 さあ旅立ちの時だ!そして別れの時!

BOYと目があう。
 うなづいて手を差し出す。
 握手。
 強くにぎりかえす手が多くを語っている。
 エネルギーあふれる元気な掌

 となりに姐さんもやってきた。
 握手。
 ふっと優しく笑う。
 けどちょっと悲しそうだ。
 やわらかいけど不思議なたくましさのある掌。
「それじゃあ・・・」
ふたりに軽く手を振って、流心にフネをのせる。
軽やかにアルカディア号は滑り出す。
 後向きのまま流される。 流速は五km/h。
 カヌーのスターンデッキに大きくからだを反らせて眺湖橋をくぐる。上を見ながら流れていく。
 橋が切れたところにBOYと姐さんの顔がのぞいていた。
 下からそこまで走ってきたのだ。
「気をつけて!」
「ああっ!」
「またいつかね!」
「ああっ!元気でな!」
 バックのまま流された。
 橋の上のふたりが小さくなる。
 BOYが大きく手をふっている。
 姐さんも口に手をやってなにかを言おうとしている。

フネは滑るように流されて行く。
 左右の木々がおいしげってトンネルをつくる。
 軽く振り返って前方の流れを見た。
 カーブにさしかかろうとしていた。
 なごりを惜しむようにスイープを入れる。
 フネがゆっくり大きな孤を描いて百八十度反転。
 目前に展開する北海道の大自然。
 密林に吸いこまれて行きそうだ。
 さあ俺だけの旅が再び始まる。
 パドルをもつ手に力がこもる。

そのとき!

「がんばれよー!」

BOYが大声でさけんだ。
 振り返ると小さくなったあいつが・・
 腕をぶんまわしている。

「おっ、お・・・!」

 言葉ににならない!

「たいちょおおおう!」

 ふたりがどんどんちっちゃくなっていく・・・

パドルをデッキに置く。
 両拳を天空に突き上げる。
 拳を握りしめる。
 爪が掌にくいこむ。

「うおおおおう!おまえもなあぁぁぁぁ!」

 カーブのむこうに小さくなった眺湖橋が消えていく。 見えっこないのに、BOY,姐さんの顔が・・・ 熱いものがこみあげてきた。 おかしいぞ、なんで景色がゆがむんだ? ちくしょう!
僕はこの旅でおみやげをふたつもらった。

 ひとつは・・・
   元気でういういしい
     燃えるようにあつい想い
              もうひとつは・・・
                 やさしくたおやかな
                     あたたかいあのまなざし
さよなら・・・

        そして・・   ありがとう・・・

僕の釧路川の旅はこうして始まった。フネはすーと密林に吸いこまれて行く。 しっかりしろ!前を見ろ!
 川は密林や湿原の中を激しく蛇行したくさんの倒木が川の中の横たわる。 緊張感がもどってくる。 ここからは俺の世界だ。
この目前にある自然や時間はすべて俺一人のものだ。
いろんな想いを乗せてアルカディアは流れて行く。

ときどき、BOYと姐さんのことが頭に浮かんだ。
 この景色を、この時をふたりにも見せたい、味あわせてあげたい。 きっと何かを感じるはずだ。 独りの世界にまだ復帰できないでいる。 けどそれはそんなに悪いことではないだろう。
 母の胎内にいるような・・ 不思議な優しさに包まれているような
 くすぐったい感じだっだ。


釧路川の源流部は川幅5〜8m。川底は、泥炭でパドルで突くと抵抗なくめり込む。ちよっと固いところを見つけて上陸しようと、フネから降りた瞬間、ズブズブと腰まで沈んだ。体重を支えるだけの固さがなかったのだ。あわてて、アルカディア号につかまり、パドルとライフジャッケトを使って脱出。泥だらけになった。

 川は美留和原野の南下し、湿地帯に入る。 水中に立ったまま枯れた樹、倒木が至る所にあって行く手を阻む。そのわずかなすき間を縫ってアルカディア号は進む。川は小さなSの字を切って森の中を滔々と流れた。  川の上にいる時の自由の感覚、解放感を陸(おか)にいる人に説明するのは難しい。また川旅がどういうものか説明するのも難しい。
野田知佑さんの文章の中で僕が一番好きなくだりを書いておく。これを読んでしまったたためにいま僕はここにいるのだ。名文です。

 確かに川旅は男の世界である。
 自分の腕を信頼して毎日何度か危険を冒し少々シンドクて、孤独で、いつも野の風と光の中で生き、絶えず少年のように胸をときめかせ、海賊のように自由で・・・・
 つまり、ここには男ののぞむものがすべてある。
     − 野田知佑 −

弟子屈までの源流部は日本で最も野性的な人間臭のない区間だ。 二級の瀬、障害物の連続。 流れ、狭さ、コナーの連続のため、飛ぶような疾走感を楽しめる。 突き出た枝、横たわる倒木をすり抜けるときのスリルがこたえられない。 生い茂る樹木はところどころ見事に紅葉し目を楽しませてくれる。 すると、原始の川がなんの前触れもなくいきなりコンクリートの川になった。ゆるい傾斜の二段の堰になっていて逆まく白い波が立っている。勢いをつけて乗り切る。するとまた原始の川にもどった。今のはなんだったんだろう?

釣りの糸やゴミが散乱しているところがあった。
 上陸。するとわいわい声が近づいてきた。
弟子屈の小学生五人組だ。ふたりは釣り道具を持っていなっかたので
「よしっ!どっかの枝をとってこい!」
とってきたのでリールからミチイトをとって、ミチイト、ハリス、針、おもりをやる。
「枝にしっかり糸を付ければりっぱな釣竿だ。さあつってみろ!」
さっそく、かわいい蝦夷ウグイを釣り上げる。ちゃんとした竿を持った奴も釣れないのでこの枝竿にかえた。こいつらの釣りはサカナを見ながら釣るというすごい釣りで、群れているウグイの前にみみずをたらすのである。それじゃあ、ウグイしか釣れないぞ。

 小型のスプーン、スピナーを投げ、ヤマメ、マスをねらう。しかし、連中がわいわいやってるせいか当たりがない。ミミズをわけてもらって餌釣りをする。やはりウグイしかかからない。それも、ちいーちゃい奴。持って帰って飼うというのでこいつらにやる。
 暇なのでこいつらをカヌーにのせて遊んでやる。思ったとうり、
「僕!」
「その次、僕!」
「あーずるい!2回目だあー」
 ひっぱりだこ。 ひとりが流されてしまい、水に胸までつかって助けにいく。
 あーくそー冷たいぞ!
 そいつらに見送られにぎやかに出発。
 流れはあいかわらず激しい。 川の蛇行も益々激しくなった。ほとんど五十mおきに半径三mぐらいの小さなヘアピンカーブが続く。前に見えていた太陽が気づくと後ろに、しばらくするとまた前に。やっこさんも忙しいもんだ。
 弟子屈の街が近づいたのか上陸できるところが多くなった。釣り人をみかけるようになった。ひとりで釣っている人が多い。各自の秘密のポイントなのだろう。迷惑をかけないように竿をまいて通ろうとすると、必ず声がかかり、ひきとめられた。
「どこまで、行くんさ?」
「おもしろそうだな?」
 あの北野先生(注:テレビドラマ熱中時代で水谷豊が演じる先生)の北海道独特のイントネーションでニコニコしながら聞いてくる。
 一人で人恋しいのか暇なのか。関東の川(いなかでも都会でも)なら石を投げられたり、罵声を浴びせたりといったが多いのだが、ここはカヌーにとっては天国だなあ。
「海まで行くんです。」
とこたえると、
「ふーん。すげえもな。気をつけてな」
釣れますかと聞くと、照れたように笑って
「むーん。ぼちぼちだな」
と答えてくれる。上陸して話を聞きたかったが、もうすぐ陽が落ちそうなので、そのまま川下りを続ける。
 林の向こうで車の音が。道路が近いのか。見ると犬をつれた小さい女の子がおばあちゃんとお散歩していた。こっちに気づいたので手を振る。はにかみながら振り返した。
 もうかなり薄暗い。 ヘアピンカーブをぬけるといきなり牛の顔が現れ、ぶつかりそうになる。
水を飲もうとしていたのだ。笑っていると今度は看板があらわれた。
[危険。工事中。右へ迂回せよ!]
もう少し下るとご丁寧に
[あと百m]
と次々あらわれる。これじゃ道路標識だよ。

改修区間は曲がった川をショートカットして直線にしていた。三面堀の工事区間をさけ右に迂回。一kmのところが二百mになっていた。
 現代の土木技術の凄さは実際にこの眼でみないと判らない。アッという間に川の流れを変え、新しい川を作ってしまう。
そこを過ぎるといよいよ悪名高き三面堀区間に入る。
川のまん中で釣りをしている人がいた。流れがはやいのでそのまま竿の出ていないうしろ側をとおる。
「うああああ」
とすごくびっくりされてしまった。流されて行きながらあやまると
「なあんも、なんも、下流のほうばっかりみてたんで、たまげたんさ!」
と笑って頭をかいていた。
 ヨーロッパ民芸館の対岸に上陸。ここにテントをはる。これ以上いくと弟子屈の街に入ってしまうのだ。対岸はオシャレな建物が立っていて、公園のようなところは散歩コースになっているようだ。見ているとカップルの行列がぞろぞろ歩いていた。すぐに暗くなる。よかった。よかった。

今日の槽行二十km。町営の摩周温泉共同浴場へいく。百三十円也。
たこ焼きを買ってそれをつまみにビールを飲む。残金五千円。そういえば、食料代、ビール代はBOYと姐さんにたかってしまったんだなあ。深ーく感謝。テントで荷物を整理していると、
ドカドカドカッ!
と、となにやら元気よく近づいてくる。
「げげ!馬か?あかん、テントがつぶされるー!」
ドゴッ、ボスッ!二、三回体当りをくらった。慌てて飛び出す。
「ハッ、ハッ、ハッ」
という息使い。よく見るとどでかいシベリアンハスキーだった。今度はうれしそうに俺に体当りしてくる。おいおい!びっくりさせるなよ!
首輪をしている。放し飼いなんだろう。しっぽを振りながら俺の顔を嘗める。かんずめのシーチキンをやる。ばくばく食った。

 楽しそうだ。よく見るとクハクハ笑っていた。犬は笑ったり、悲しんだりしてると、ちゃんと顔でわかるのです。やつらはほんと表情が豊だ。
全速力でよろこびを体いっぱいに表して走り去っていった。
 犬ぞり用の犬だもんなあ。やっぱり走るのが楽しいんだろうなあ。
 都会では、大型犬を飼うのがはやりだそうで、よく鎖につながれ、檻に閉じ込められたシベリアンハスキーを目にするけどあいつらほどみじめで悲しいものはない。

同じ意味で都会の子供たちもかわいそうだ。勉強(真の意味での勉強じゃなく受験勉強の意)という鎖につながれ、安全、安定という名の檻に閉じ込められている。自分のやりたいことがやれず、やりたいことをなくしてしまう。つねに誰かと比較して自分のいる位置を確認しようとする。箱に閉じ込められたノミと同じだ。その環境、箱の高さまでしか跳べなくなってしまうんだ。自分の可能性に気づく前に捨ててしまう。

ガレキの中のゴールデンリングなんだ、自分で見つけないとだめさ!
日本ほど犬と子供がみじめな国はないとおもっていたけど、どうやら北海道は日本じゃないみたいだ。ワン吉もガキも幸せそうだ。
ここは天国である。

危険はたしかにつきまとうけれど、 自由がある。
 危険を犯せる自由。
 冒険できる自由。
−しなさい。−してはいけません。というプレッシャーが希薄なのだ。 ねがわくばどうかこのままであってほしい。

宗田理さんの「ぼくらの七日間戦争」を読む。寝入りぱなに読みだしたのだが、おもしろくて最後までひといきに読んでしまった。
そうだよな。こうだったよな。と中学の頃、先公や大人に逆らって、大勢引き連れて授業をボイコットしたり、キマリを破りまくってよく戦ったよな。小学校のころは、秘密基地をあちこちに作ってよく探検にでかけたよな。あの頃の自分が蘇る。 どうか、こういう子供本来の、パワー、アイデンティテイーがどんな時代でも失われませんように!

ふといまでも「隊長」となって探検ごっこの延長をやってるオイラはあの時とあんまり変わってないなあ、と気づいて少しナサケナイけど、おおいにウレシクなってしまった。
しょうがないなあ。まったく。
「Hey!隊長!がんばれよ!」

9月30日 釧路川(第6日目)晴れ
 出発。弟子屈の街中の釧路川は、両岸が切りっ立った高い護岸で川底まで平に護岸してある。最悪の三面堀の区間がS字をきってつづく。

船底にとがった岩がゴンゴン当たる。普通、川の岩石は流れで摩滅して角が丸くなっているからぶつかってもたいしたことはない。しかし、改修河川の川床にある岩石は新しく角が鋭いので船底が当たるとナイフのように切れる。切れた所から浸水。たちまち沈みはじめる。護岸のところどころにある階段に上陸。底を調べるとやはり無数の穴があいていた。乾かして修理。ちくしょう!俺のアルカディア号が!ガムテープだらけの無残な姿になった。十勝川ですでにデッキフレームを折っているし、満身傷だらけである。許せ! くっそう!

僕が川下りをするのはただそれがおもしろいからである。自然破壊だの環境汚染だのを声高らかに叫ぶためにやっているわけじゃない。でも、日本でも有数の銘川とされる釧路川のこういう一面をまざまざと目のあたりにしてしまうと、てめえ!そんなことすんじゃねー!といいたくなるのもしょうがないぜ。川をまっすぐにし、湿原を埋め立てて、人の住む土地やゴルフ場などのリゾート地にかえる。どうしようもないことなのだろうか。
 人間はなんと欲深いのだろう。北海道の大自然でさえ、むしばんでいく。
 

僕は自分を科学者だと思っている。地球レベルで汚染や環境破壊が進んでるのも知っている。このままゆくと人間そのものが滅び行く種でしかないということも。 DNAの二重螺旋や、酵素、生命の謎を研究している時も、人がどこへいき、どうなってゆくのかということをつねに頭において考えている。科学の分野での冒険者でありたいと思っている。

しかし、こうゆうのを見ていると自分の力のなさがまざまざとみせつけられたような気にがする。権力者や企業は”地球に優しい”だとか”エコロジー”とかいうコトバを喜んで使いたがるくせに、その足元ではこういうひどいことをする。地球を救う前に日本を救えよ!このくそぼけ!
 ほんで、自分の為に他の国まで食い物にするなよ!
 目先のお金に目がくらみやがって!
 いつか俺らの子孫がコンクリートだらけの大地や一直線になった川(まるでSFみたいけどこのままじゃすぐそうなる)を見て、どんな気持ちになるだろう?

「僕らのおじいちゃん、おばあちゃんは何を考えていたんだろう?」

なんて思われるのは情けないことだよ。
自分のしっぽを食べてとうとう全部自分を食べっちゃったへびがいただろう。?こんなだれが考えてもまちがっていることをさせちゃいけない。
 この大地はわれわれの子孫からちょこっと借りているだけなんだから。

どうしよう。

ここはあんまりやりたくない。批判的になって楽しくない。列車にのり茅沼にむかうことにした。あと二日で海までいくのは相当きつい。今回の旅は慌てて行きたくないのだ。この川は一週間ぐらいかけてのんびりやるのがちょうどよいだろう。明後日はつくばにかえらねばならないのだ。すこし悲しいスキップだが途中の三分の一は次回にとっておこう。
 源流部、釧路湿原と釧路川のおいしいところだけをとった川旅だなあ。

茅沼はタンチョウヅルの飛来するめずらしい駅だ。ホームから二羽のつがいが見えた。首からカメラをぶらさげたおばさんが 線路を越えて近寄っていったので、飛び去ってしまった。あのなあ。

牧場を抜けて、支流らしき小さい川にフネを浮かべる。
組立てていたら数頭の牛に取り囲まれてしまった。おどかさないようそっとかきわける。蚊も元気よくたかる。すごい数だ。こちらの方はおもいっきりぶったたきまくる。水面にでると風でうまくホバリングできないのだろう蚊は吹き飛ばされていく。ふうやれやれ助かったー。やっぱり川の上は気持ち良いな。

 川幅2m。水は濁っている。かすかに流れている方へフネをはこぶ。

水深30cm。だんだん浅くなってくるようだ。ここら辺一帯はもう釧路湿原の一部で湿地と沼が無数にあって迷路のようになっているのだ。ひょっとして支流で迷ったか?川幅が一mになり川底で船底が擦られるのがわかる。樹木が生い茂りジャングルのようになる。倒木が交差して行く手を防いだ。パドルでかき分けて前進。なにか本当に探検ぽくなってきたぞ。 うーん。ついに行き止まりか。前進も後進もできなくなってしまった。薄暗いブッシュのなかでビールを飲む。さてどうしよう?横を見ると樹木のトンネルの十mぐらいむこうに流れている川がある。

あれは!そうだ。本流のすぐそばまでやってきていたのだ。 枝をかき分けなんとか本流にたどり着くと視界が開けた。釧路川はとうとうと流れていく。
川幅10〜15m。両側は高い樹木がびっしり茂る。パドルの音が大きく聞こえる。あまりに強烈な野の香りにパドルをおいて、ビールをのみながら流れに身をまかせた。
 すぐ横に線路が走っているところがあって、遊歩道がつづいていた。上陸して探索。
サルボ展望台へ登る。シラルトロ沼、塘路湖がのぞめ、夕陽沈む釧路湿原を眺める。
 再び出発した時には闇が迫っていた。月が出るまで闇の中を漕ぐ。
馬が草をはんでいる牧場をみつけ上陸して野営。物悲しいタンチョウの声がひびきわたった。

10月1日 釧路川(第三日)晴れ

 早朝出発。 川は大きく蛇行する。 タンチョウが三羽、アルカディアのすぐ上を飛んでいく。すごい迫力だ。
「くけけけえええー、くけけけえええー、くけけけえええー」
けたたましい鳴き声をあげる。
細岡をすぎ、南に見えていた岩保木山が近くなる雪裡川の合流点にサケ用の鉄柵。ガゴンガゴン柵にぶつかるアキアジの音を聞きながらフネをかついで岸を巻く。10kmの直線コース。南中した太陽が前方にある。風でできた波頭に光がキラキラ反射して、一面光の世界だ。
 釧路の町が遠くに光って見え始める。
何千何万のカモメの群れ集う中をゆくと・・・
 太平洋のうねりがやさしくむかえてくれた・・・・。

君が気に入ったならこの船に乗れ いつかなくした夢がここにだけ生きてる
 どこへいったのかやさしい野の花は  どこへいったのかやさしいぬくもりは
 君が生きるためならこの船に乗れ いつかなくした夢がここにだけ....
 生きてる.....
      こうして僕のはじめての北海道旅行は幕を閉じた。

                    おしまい。