第3章 豪快!球磨川下り

『もう〜、ガクったら〜』
 ひっぱられながらそのお姉ちゃんは甘い声をあげた。
 へ?この犬もガクというのかあ。ん?、、、ンンンン?
 左に首を向ける。そこには酔いどれ赤眼親父が、よくみるとそれはまぎれもなく!! 野田知佑、ホンモノだった!


5月1日(雨のち曇り) 川辺川〔柳瀬〜人吉〕6km
 朝から雨。夜半から降り始めた雨は勢いを強めたり、弱めたりしながら、テントのフライをパタパタ叩く。テントから顔を出して雨だれでできた波紋だらけの川面をぼーっとみていた。通学の小学生達がカラフルな傘やカッパ姿で対岸の道路を歩いて行く。間抜けな顔をした僕に気付いて
『おーい』
『おはよー』
 と大声で挨拶してくる。通る度に律儀に答えていたら声がかれそうになった。

雨は小雨になったが腰があがらない。

気分ものらないし、なによりいけないのは、夜明けすぎに読み始めた本がよろしくない。面白すぎるのだ。  キースピータースンの『裁きの街』である。創元推理文庫の事件記者ジョン・ウェルズのシリーズの最新作だ。人の嗜好は千差万別だから、僕にとっては良い本であっても他の人は悪い本かもしれないので、薦められないのだけど、本当に面白かった。僕の大好きなヒロイン、ランシングが大活躍でありましてとまらないのであります。

 雨の停滞日にこんなヒットな小説にありつるなんて気分はもう幸せよーでありまして、前夜の落ち込みをドーンと吹き飛ばしてくれたのです。たった一冊の本がこんなにエネルギーをくれるなんて。うーん。凄いな。
 本を読み終え、昼食をとる。雨足が弱まり、明るくなってきた。こんどは出発したくてムズムズしはじめてしまう。ここで連泊するにはあまりにも眺めがよくない。
 少しでも移動しよう。

 パッキングして出発しようとすると朝の小学生の下校時間になったらしく、遠くで
『ただいまー』の叫びが響きはじめた。慌てて出発。よかったよかった。

昨夜の雨で水量が若干上昇。川幅が大きく広がったザラ瀬もなんなく漕行できた。
ゆるやかに右に折れ、権現橋をくぐると、前方に赤いくま川鉄道の鉄橋が見えてきた。
 鉄橋に近づくと左から球磨川本流が合流してくる。
 なんと合流してきた流れは文字通り濁流。川辺川の清流と球磨川本流の濁流がぶつかって水面に一本の線ができている。橋をくぐるといきなり落ち込みがあらわれた。

 大きな波立つ瀬が連続で3つ。最後の瀬は流れの中の2つの大岩が立ちはだかる。
 右が本流だが出口で岸に思いっきり流れがぶつかっている。左は簡単。流れにのって狭い真ん中を漕ぎ下った。汚れるのを嫌っていた川辺の水も、連続する3つの瀬で、無理やり球磨川本流の濁り水と混ぜ合わされてたちまち濁り川に変わってしまった。
 川辺川では泳ぎ下ると水中の魚を見ることができるが、球磨川になってからは視界は1〜2mほど、とてもできたものではない。シュノーケリングや川遊びなら、川辺川で充分堪能すべきた。球磨川本流では面白さは激減する。

 夕焼けの中、川に立ちこんでフカシ釣りをしている釣り人に注意しながら、人吉をめざす。厚い雲に西日が差し込んで物々しい空の下を行く。黄昏刻に中島に到着した。
 球磨川の広い中洲は多くの車、テントでにぎわっていた。明るいランタンの光にが乱舞する。集団から離れた橋下にテントを設営した。
 何故だか人の多いところに行きたくないのだ。
 心が川旅の余韻で浸っているからかもしれない。
 元気な時ならばワイワイの集まりに参加もできるのだが、今は一人で静かに時をすごしたかった。俗なもの、人工的な明かり等から遠く離れて。

町中を流れる山田川のほとりにある古風な銭湯を見つけた。古い岩風呂につかってホワンとする。ビールでポワン。ポカポカ気分で眠りについた。


5月2日(くもりのち雷雨) 球磨川〔人吉〜白石〕25km

 朝、すっかり寝坊をした。昨夜の古い岩でできた銭湯に朝風呂を浴びにいく。
 帰り際にほかほか弁当で朝飯を購入。久し振りに手の込んだメシだ。
 チキン南蛮弁当と称するもの也。美味美味。

 飯を食って中洲内を散策する。色とりどりのテント、タープ、テーブルにイス。
ちょっとしたキャンプ場のにぎわいだ。ところどころにカヤックがころがってたり、でっかい犬が走り回ったりしている。みんな思い思いのスタイルでキャンプを楽しんでいるようだった。
 本日の予定は未定。なにしろ5月8日までなにをしても自由なのだ。
 しかし、目の前の轟々といく球磨川を目のあたりにしてボーっと過ごすには時間があまりに惜しい。出発することにする。テントはそのままにして空身で行けばよいのですぐに出航可能だ。この川辺川・球磨川下りは人吉をベースにして川辺川の廻から人吉、人吉から球泉洞か白石までの2日のモデルコースが組める。人吉をベースにすれば空身で下れるし、なにより人吉には温泉公衆浴場だらけなので温泉三昧。加えて、球磨焼酎はうまいし人吉はその名の通り人が吉(良)いし旅情緒も満点だ。
遠方だが、ファルトボート派には素晴らしい場所だな。

 アルカディア号に戻る途中、いまから出発しようとしている車があったので天気予報を聞こうと声をかけた。カラフルなウィンドブレーカーを着た髪の毛の長い女の子がさあ〜?っと首をかしげる。
 年は僕より上みたいだけどどこか子供っぽい不思議な娘だ。
 辛抱強く待っていると今度は逆の方に首をかしげた。長い髪がフワリと揺れる。
 あかん。埒があかん。礼を言ってその場を後にした。
 うーん。まあええか。雨が降ろうが槍が降ろうが出航だ。

球磨川は最上川、富士川とならぶ日本3大急流のひとつで、舟運がさかんだったころは人吉から河口の八代まで76の瀬が連続したと言う。現在は下流の瀬戸石ダム、荒瀬ダムで分断され、瀬は48に減ってしまったが、その豪快な流れは今も健在だ。

清洌な支流、川辺川の豊富な水量と、まわりの山々から流れ込む清水で、人吉の生活排水、一房ダムから濁流が薄められ、川下りしても充分気持ちのいい川となっている。なにより通年観光下りが行われているので、大きな瀬が連続するが、水深もあり、船底を擦る心配もない。鮎の釣り人もフネが通るのには慣れているし、日本最大といわれるアユがバンバン釣れるとあっては、キゲンがいい。

 カヌーが通過しても罵詈雑言を吐くヤカラは皆無に近い。瀬のあとには淵があり沈したあとも安全だし、カヌーイストにすれば天国のようなワイルドリバーだ。
 川辺川が水遊びの川なら、さしずめ球磨川は川下りの川といえる。

雲海が立ち込める空を仰いで船出。
 球磨川は渡までは大河のようにゆるやかな流れだ。両岸に山が迫りはじめ、いよいよ、急流下りのスタートを告げる熊太郎の瀬が近づいてきた。

 ここから、豪快な瀬の連続となる。
 釘締めの瀬。水のパワーの強烈さ、波の高さよ。両岸は高い渓谷。遥か上を道路が走る。アルカディア号がポンポン瀬を飛び越えてゆく。うひ〜、たまらん〜!!

 八貫の瀬。川は鋭く右に回り込みながら瀬の連続。

高曽の瀬。男性的で力強い。

球磨橋を過ぎるといよいよ球磨川最大の難所、二股の瀬が近い。

中洲によってふたつにわかれた流れが落ちながら再合流し、複雑な大波を生み出している大きな瀬だ。中洲の上流にフネをつけ大きな中洲を歩いて偵察に行った。
 水量は豊富なため底をする心配はない。合流前の右分流に大きな瀬があったので、そちらにコースをとる。波をかぶりながらいよいよ二股の瀬の大波に突入。岩がからまないので、波のパワーは凄いが、危険度は少ない。登り龍のように天空に向かって吹き上げる白い瀬頭をロデオのように越えて行く。その面白さといったら筆にはできない。是非、ご体験ください。

 それまでパラリパラリとふっていた雨が本降りになった。雨と波で身体はズブ濡れ。
少々寒い。ガタガタ震えながら次から次ぎに現れる瀬を越えた。
 修理の瀬を越えたころには泣きがはいりだしてしまう。
『もう堪能したじぇ〜、カンベンしてくり〜』
と叫びながら、次々と襲い来る波頭をパドルで叩く。網場の瀬を漕ぎ抜けた。
 もう大きな瀬はないハズとタカをくくっていると、いきなり大きなストッパーにつかまった。右岸の大岩に流れが当たり波が空に向かって躍り上がっている。何回か水没してスカートのコードがぶっとんでしまった。高花の瀬だ。増水したときは球磨川最大の難所になるとのこと。注意されたし。
 ホウホウのていでなんとか浮いて岸につけようとすると前方に煙がのぼっている。
 その川原には十数艇のカヤックやゴムカヌーがある。

 焚き火をかこんで上陸しているグループだった。これはありがたいと接岸して、焚き火に当たらせてもらって、談笑。すぐにどこからきた?とか、直前の瀬は凄かったですねなどのカヌー談義に花が咲く。明るい人達で、震えている僕に自動で熱燗になるカップ酒や球磨焼酎を振る舞ってくれた。焚き火のまわりをトコトコと歩く犬がいる。シェパードの血が入った犬でなかなか凛々しい。カヌーイストでエッセイストでもある野田知佑氏の相棒『ガク』にそっくりだった。

  焚き火にあたって酒を煽る。ふうー生き返るなあ!ふと左を見ると目を真っ赤に充血させた危なそうな親父が酒を飲んでいる。ずぶぬれだった。ただならぬ圧力を感じる。やばいやばい、目をあわさないようにしておこう。
  焚き火のまわりをチョロチョロと動いている女の子が目に入った。派手なウインドブレイカーに見覚えがある。今日の出発前に天気予報を尋ねた女性だった。
 さっきの犬がその娘の手を軽くかんで引っ張っていこうとする。
『もう〜、ガクったら〜』
 ひっぱられながらそのお姉ちゃんは甘い声をあげた。
 へ?この犬もガクというのかあ。ん?、、、ンンンン?
 左に首を向ける。そこには酔いどれ赤眼親父が、よくみるとそれはまぎれもなく!!
 右隣りの人のよさそうな眼鏡のおっちゃんに、
『ひょっとして...』
 もう一度、左の酔いどれ赤目親父を一瞥して、右のおっちゃんに視線を戻した。
おそるおそる聞いてみた。
『野田....さん?』
 おっちゃんが笑いながら頷いた。ドッヒャー!!!!

そのときの僕の驚き方といったら、なかった。そうあの野田知佑氏だ!ホンモノだ!
 思わず石になってしまう。
 そのとき、憧れの人が口を開いた。
『ねえ、ヘザー、いい川だろう?』
 近くにいたソバカスだらけの外人の女性に声をかけた。カナダ人で日本への留学生らしい。どっしりとしたオシリのドデカイお姉ちゃんだ。
『オモシロカッタヨー。ノダサン。モット、ヤリタカッネー』
 ソバカスキャナダ人、ヘザーが答えた。達者な日本語だ。

 話を聞いていると、今下ってきた高花の瀬の落ち込みで、野田さんもヘザーさんも沈したらしい。沈した時にオシリが抜けぬけなくって困ったよっと迫力のある腰を振りながら、ヘザーが答える。
『そうだなあ、ダンサーは君のオシリには小さいよな、でも、ヘザー、大丈夫、その上に、 レスラーというのがあるよ。それならダイジョーブだ』
『フーン』
『それでもダメならアケボノというのがあるから、ダイジョーブ、ダイジョーブ』
 一同笑い。どうやら難しい顔をしていた思ったら、そんなギャグを考えていたのだ。
 おちゃめな方だ。ぱっとみ天才バカボンのパパだしなあ。

 
 この一行は神奈川県の相模川河口堰反対の会の人達で、野田さんがここに招いたらしい。どうやら、僕のすぐ前を下っていたようだ。
 向こうで、単独でやってきた僕の事が話題なっていた。
 どうやら単独行を褒めてくれているようだ。
 焚き火にあたりに行くと、氏に人吉に住まないか。いいぞ。と勧誘されてしまった。
『人吉市から助成金もでるよ、いいぞ』
 氏は放浪青年を捕まえては地方に定住させるのが最近の趣味とのこと。おいおい。
 うーん。けど、そそられるなあ。酔っぱらってチドリ足の野田さんが、
『ガーク!』
 とガクを呼ぶ。
 雨足が強まってきた。そろそろ撤収しはじめたので、フネを道路に上げるのを手伝う。一酒の恩だ。今晩、人吉の中島でキャンプやってるから遊びにおいでと誘われた。

一行を見送ったあと再びアルカディア号に乗り込んで出航。
 野田さんに出会ってジーンとしている場合じゃない。
 瀬は次々に現れ、雨は土砂降りとなった。まるでスコールだ。頬が痛い。
 槍倒の瀬が迫る。アウトコースは流れが轟々と岩をえぐっていた。
 緊張が走る。波のパワーで岸壁に押しつけられそうになったが、なんとかクリア。
 冒険行にも似た川下りも白石に近づくにつれて、瀬のパワーが落ち、数が減った。
 終着。パッキング。よくがんばったたな、アルカディア号。

 JR肥薩線で人吉に舞い戻る。人吉駅前の食堂横の駐輪場でカヌーを預かってもらい中島へ。スコールがあがり西日がさしてきた。いいぞ!48瀬とキチンと勝負し終えた心地よい疲労感と、今夜の酒地肉林の宴の期待で、中洲にむかう僕の足取りは軽やかだ。
 中島に帰ってくると、まるで、お祭り前の雰囲気でワクワクしてしまう。
 さっきはおいでっと誘ってくれたが、本当にいってよいものダロウカ?
 恐る恐る近づいていくと、おっちゃんが笑ってイスにすわるように薦めてくれた。
 焚き火の前の特等席。まわりを見ると同じようにつれてこられた若者たちが、しゃちほこばって座っている。右には肩までの髪の女性。横顔が美しい。会釈を交わす。

 左は声の大きな元気兄ちゃん。斜めむかいが野田さんで既に、酒をのんでいる。
 プラスッチックのコップがまわってきて、おっちゃん達がビールを振る舞ってくれた。後方では竈の炭火が準備バンタンにととのい、はやくも香ばしい肉や魚の焼ける匂いが漂いはじめる。ほっぺたをつねってみたが夢じゃない。よーし、ますますいいぞ。
 ガクが他の犬を追い、駆けまわる。野田さんがニヤリと笑って酒を煽る。
 なんかTV番組に迷い込んだみたいだなあ。

 右隣の女性と再び目があった。ふたりともポカンとしていたのに気付いて笑い会う。
 互いにこの宴会にさそわれたいきさつを話しあう。
 東京の多摩市からやってきた宮沢友美枝さん。僕と同じくファルトの単独行。
 こんな素敵な女性がファルトのバックパッカーをやってるなんてすげえな。
 中洲にきたところをゲットされたらしい。明日は地元九州の人達とカヤックで川辺川をやるとのこと。こんだけ美しいとひっぱりダコなのだろうな。話を聞くと御岳がホームゲレンデのWWパドラーらしい。旅カヌーも頻繁にやるというからたまらない。
 左からホイホイくいものを回してくれる元気あんちゃんは僕と同じくらいの年で、相模川を守る会の一員でもある岩館さん。この集まりの説明をしてくれる。

 神奈川の相模川大堰反対の会の人達。人吉の川を愛する人達。九州各地のパドラー、アウトドアショップアメンボのメンバー、それに僕のような飛び入り組みといった構成のようだ。 辺りが暗くなるにしたがって、焚き火の明かりが赤々としはじめた。

 炎の照り返しで浮かびあがった顔、顔、顔の楽しそうなこと。
 バベキューで焼き上がった魚、肉、野菜がどんどん回ってくる。
 一升ビンの球磨焼酎も回る。酔いも回る。もう顔が緩みっぱなし。
 こんな賑やかで華々しいキャンプははじめてだ。
 九州の人達のひとなつっこさ。とても、会ったばかりとは思えない。
 酒がはいるとますます饒舌になるらしくいろいろ話し掛けてきてくれる。
 不思議な暖かさ。全然疎外感をかんじなかった。

盛り上がったところで、自己紹介になった。
 遊ばせてもらったみんながみんな川辺川・球磨川にたいする愛着が強く、川の讃歌とダムの不利益についてコメントが多い。
 野田さん、相模川チームは昨日、川辺川上流の五つ木村を尋ねたようで、その時の感想なんかも聞くことができた。正調、五木の子守歌がみんなの心を捕らえたらしい。
 五木の子守歌はもともとは頭地の守子たちの恨み節だ。ダムで沈み行く彼の地の鎮魂歌(レクイエム)ように聞こえたという。いつか五木まで足を延ばしてみよう。
 地元人吉の人の昔の球磨川の話が興味深い。球磨川も以前は川辺川と同じ透明度で町中の橋からも淵の底まで透き通って見え、子供たちが泳いでいたという。
 照れて一言もでない小中学生。地元の先生の川の話。
 にぎやかなに自己紹介が進んでゆく。

僕の番になった。
 川辺川・球磨川下りの感想。良い川はいつまで残るのか。
 野田さんが時間をさいて、長良川をはじめ日本の川を守ろうとしてるけど、 本当は荒野の川を独りで旅することのほうがどれだけ楽しいかとおもう。 などと思いつくまま勢いで喋った。
 僕の悪い癖で勢いで突っ走ってしまい論旨を欠くわ、主観だけの発言になってしまった。それでも、心意気は伝わったのかみんな暖かく拍手をしてくれる。
 それをうけるような形で野田さんの番になった。
『えー、今日は僕はひっくり帰って、球磨川の水をいっぱい飲みました。
 でも、気持ちよかったな。幸せでした。本当。
 僕の大好きな川に、岡田や佐藤、それに、ひごろがんばっている相模川のみんなを
 つれてきて、息抜きをしてもらおうとおもったんだけど...』

『サイコーだったよー!ノダさーん』

 元気兄ちゃんの岩館さんがチャチャを入れる。思わずニヤリの野田さん

『えー、やっぱりこの川が日本一です。みんな、四万十川、四万十川といってるけど、

アレはもうダメだね。ここしかない』 視線を落として...顔をあげる。
『さっき僕がダム反対運動に時間を取られているなんてことを言ってる人がいたけど
 僕なんかなんにもしていない。長良川河口堰反対運動をしているのに天野礼子って
 いうのがいるんだけど、彼女は凄いね。本当に凄い。僕なんかただの客寄せパンダ
 です。椎名や夢枕漠、いろんな人にパンダになってもらってるけど...
 彼女や、ここにいる岡田や佐藤、がんばっている連中にくらべたらね...
 僕なんか遊んでいるだけでね...今日は本当に楽しかった。いつまでもこの川を
 残しましょう。まだ、大丈夫です。ぎりぎりだけど...あきらめないでやろうよ』
 拍手喝采。

 宴もたけなわ。バンジョーをもった外人さんが踊り出した。
 テンガロンハットにウェスタンブーツ、曲はもちろんカントリー。
 ジョンデンバーの『カントリー・ロード』をかわきりにスタンダードのオンパレード。
 野田さんをはじめみんなで手拍子、足拍子の大合唱。
 おじさん達が少年に戻っていく。炭焼き屋台おじさんをしていた倉重さんが、焚き火の回りを踊りはじめた。中学生を立たせて後につづかせる。インディアンの変な舞のようだ。連れられて僕も参加。阿波男の血に火が付いたのだ。
 飲んでは歌い、歌っては踊り、踊っては飲んだ。
 気づくと野田さんの横に座りこんで焼酎を差しあっていた。
 杯が空くと持ち上げるので、焼酎を注いだ。凄いペースだ。
 バンジョーの外人さんが坂本九さんの『上を向いて歩こう』を演奏しはじめる。
 『スキヤキ』という名で全米No1にランクインした名曲で僕でも歌える詩だ。
『知ってるの?』
 口ずさんでいると隣の野田さんが聞いてきた。頷く。
『よし、今の曲、もう一回いこう!』
 と野田さんが外人さんにリクエスト。バンジョーの独特な音色が奏でられる。

 上を向いて歩こう 涙がこぼれないように 思い出す 春の日 一人ぼっちの夜
 上を向いて歩こう にじんだ星をかぞえて 思い出す 夏の日 一人ぼっちの夜
 幸せは 雲の上に 幸せは 空の上に
 上を向いて歩こう 涙がこぼれないように 泣きながら 歩く 一人ぼっちの夜
  

 思い出す 秋の日 一人ぼっちの夜 悲しみは星のかげに 悲しみは月のかげに
 上を向いて歩こう 涙がこぼれないように 泣きながら 歩く 一人ぼっちの夜

   ・・曲名:上を向いて歩こう     ・・作詞:永六輔/作曲:中村八大

 過ぎて行った、一人ぼっちの夜たち。いろんなことが浮かんでは消えてゆく。
 ふいに熱いものが溢れてくる。上を向くと、夜空がにじんで見えた。