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第三話 吉田川の大ジャンプ

学校橋からの飛び込み。とりゃあ!

 あの飛んだとき不思議な感覚は今でも忘れられない。 そして水にうけとめられる感触。それが今、脳裏にあざやかに蘇えった。

オラオラ奮戦記 3 『吉田川大ジャンプ』

水を滴らせて、橋の上に脱ぎ捨てたサンダルをとりに上がっていくと、朝の散歩中の観光客達の目が俺を迎えた。サンダルを履いて去ろうとすると、あー、あっというあからさまに落胆する気配が感じられたので、そうかそうかそれならもういっかいやってやっけんねっ!よおくみておきなさいよと潔くダイブ! ボッチャーン! 激流で揉まれて少し水を飲む。 岸に上がるとBOYの笑顔があった。

手をさしだしながら
『いやああー、飛び込みの音で目が覚めちゃいましたよー、誰かと思えばタイチョーだったんスか!』
 朝からニカニカ。

『おう!キモチイイゾ!いっちょいくか?』
『へへへ、いいっスね!行きますか!』

二人で続けて飛び込んだ。ドッポーン、ドッボーン
 橋の上にこんどこそとサンダルを取りにいくと
ハリゲーたてちゃんのもやんシュウサクもやってきた。
『気持ちよさそうじゃんよう』
 と
ハリゲー

『じゃあ、オラもいちょういくかね!とう!』
 と欄干に飛び乗って、ふわっと宙に舞う。
 ドッポーン。あいかわらずこきみいい漢だ。逡巡がない。

『よし、トミトミ、俺もいくよ』
 
たてちゃんが目を輝かせて言う。威勢よく欄干に立つ。 下を覗き込んだ後、振り返った。
『けっこう高いよな?やっぱり』

『あまり下を見ない方がいいぞ、たてちゃん。すぐ飛び込んだほうがいいんだ。でないとだんだん怖くなるよ』
『そうか、そだな!』
 
たてちゃんも恐怖から自由な男なのだろう。あっさりと飛び込んだ。ドパーン! う〜ん。みんなスゲエぜ!心の中で舌を巻く。

ようしこうならば全員じゃあと、嫌がるのもやんを無理やり引っ張ってくる。
『よし!いくぞ!』
『いや、いいよ、俺は・・・、ホラ・・・さあ・・・、あの・・また今度に・・』

そこで期待まるだしのオレBOYのワクワク目をみて
『よし!いくか!もういいやな!どうなったって』

欄干をまたいで外側に立つ。すっこしでも落ちる距離を小さくしようというのもやんなりのささやかな工夫なのだろう。気持ちがわかるだけにやっぱり無理じいはよくないなあと思うもののやっぱりやってもらいたい気持ちが勝ってしまう。
『おっ、おおっ!・・・高いな・・・』
『時間かけないほうがいいっスよ!』
 と
BOYのアドバイス。

『おおっ、そっそうだな』
『まっすぐに飛び込むんだ!アゴを引いてこうだ』
 と
オレはきをつけの姿勢をとり身を硬くするジェスチャーをする。
『よし!そうか!』

とうとう、決心したらしい。さすが、薩摩勇人だ!
『いけー!』
『よし!たあああああ!』

威勢よく跳んだ。けれど、足を前に投げ出して手を広げたままのかっこうだ。
 バチイイイーン!
 おしりからおちたイイオトがこだまする。あいつは何を聞いていたんだ? すぐ横で見ていたおばさんが
『あら、いい音ねえ?だいじょうぶかしら?』

と心配そうに聞いてきたので思わず笑ってしまう。ゆるせ!のもやん
『いやあ、大丈夫じゃないでしょうねえ、やっぱ』
 と
BOY。おいおい。

川を見ると流されながら、脱げたサンダルを回収していた。ふう〜一安心だ。
 次にカタい顔をした
シュウサクが起きてきた。
『大丈夫か?』
『これぐらいならいけるやろ!』
 この男はいつも体のどこかに力が入っているので、緊張しているのかどうかがぜーんぜんわからない。

『もっといて』
 とおもむろに眼鏡をさしだして、欄干に上る。
『とうっ』
 と元気良く飛び込んだ。キレのあるいいジャンプだ。

ニコニコしたBOY
『みんなやりますねー、さすがですねえー、よし俺ももういっちょう』

笑いながら飛び込んだ。みんな元気だなあ。 ボッチャン、ボッチャンと飛び込んでいるオレらの音を聞きつけたのか、いつのまにか橋の上はギャラリーでふくれあがっていた。 下の河原でカメラを構えている家族連れもいる。 ひとりきりで恥ずかしくなったのと、またまた期待の目にまけて飛び込んでしまう。 ゾウリやゲタをとりにみんなで橋のうえにもどると、観光でやってきているらしい品のよさそうなご婦人方に取り囲まれてしまった。
『ワー、キャー、ステキネー』
『キャー、スゴイわねー』
『いいもの、みせてもらったわー、一生の思い出になるわー』
と、少女のように声をはずませてホメまくってくださった。

『わー、みてー、みんな素敵よー、かっこいいし、あら、やだ、わたしったら!』
『わたしがあと10歳若かったら、ほっておかないのに』
『あっ、そうだ、私達みんな二十歳ぐらいの娘がいるの、ねえ、もらってやって』
『なにいってるのよあなた、みなさんいらっしゃるわよ!ねえ?』

てなぐあいにともうそれはそれは、照れるやら、はなたかだかになるやら・・・ 昔はすごい美人だったんだろうなーと思えるご婦人達をみて、ホントにもうちっと若くていらっしゃられたらとつくづく残念に思う。

思わず記念撮影のリクエストに答えてしまう。こんなに喜ばれてしまってはと肩をくんだりよりそったりというスペシャルサービスをしないわけにはいくまい。 なんかオレらは中年のご婦人方に非常によく好かれるなー。

気をよくした俺らは揃って全員で飛び込むことにした。

しかし、たてちゃんのもやんはさっきのダイブで首を傷めてしまったらしい。
オレBOYハリゲーシュウサクでそろって飛び込んだ。 掛け声はねぶたの
『らっせえらあ〜!!!!』

ドボ、ドボ、ドボ、ドボーン 飛び込みの時間差攻撃だ。
 この後、NHKのハイビジョンの撮影用にさらに2回も
BOYと飛ぶはめになった。 上半身裸でお願いしますなど注文どうりにする。 潜って魚を追っかけたり、タイヤチューブやゴムカヌーで瀬を突破したりしたりしているうち疲れてしまいヒルネ。 本当ならこれから長良川の川下りとあいなるわけなのだが、たてちゃんのもやんの負傷が思ったより重く、様子をみているうちにまたまた雨が落ちてきた。んでもって、テントのなかでうだうだしているとまたまた夕方になってしまった。 なんといううことだ! これではオラオラ隊改めダラダラ隊だ。 夕方、明日勝負する予定の長良川本流出会いの瀬を偵察にいく。 一人でとことこ歩いていると、後ろでペタペタ足音がするのでふりかえった。 BOYがニコニコしながらついてくる。

『どこいかれるんスか、隊長?』

 まったくコイツは好奇心が服をきてあるいているようなヤツだなー。小雨ふる中を二人であるく。 吉田川と長良川が合流するところから河原におりた。 しばらく川沿いに下っていくと、ゴオオオオーという瀑音が聞こえてくる。 夕闇が迫った川面にもうもうと水瀑が立ち込めている。出会いの瀬と呼ばれる瀬だ。 長良川のメインイベント、郡上峽の急流コースの幕はこの瀬を川きりに始まる。

腰まで水につかりながらすぐそばまでいってみる。 一面まっ白な猛り狂ったワイルドウオーターだ。 二段に落ち込んだ逆まく怒濤の流れは出口で巨大な岩にまともにぶつかっている。 心臓の鼓動がはやくなる。ひさびさにドキドキする瀬だ。 増水した流れのパワーは半端ではない。 オレたちのなかでこの瀬をクリアできるものはいるのだろうか。 その迫力に圧倒されて、しばらく我を忘れてしまう。 BOYの待つ川原へ引き返そうとした瞬間、足をとられて転倒してしまった。 スルリとサンダルが足から抜ける。あわてて掴もうとしたが、一瞬遅く流れていく。 そして怒濤のホワイトウオーターの中へ飲み込まれていった。 すっかり夜のとばりがおりた川の中で茫然と立ち尽くした。

そのとき嫌な予感が頭をよぎる。もしかしたら、俺達の誰かが・・・・ そんな不吉な予感を振り払って、ビッコをひきながら川原へむかった。 偵察から帰った俺をBOYがまっていた。
『どうっスか?』

『けっこうやばいな、4級ぐらいだが流れがもろ岩にぶつかっているんだ』
『そうっスか・・・』
『たぶん、俺だけしかあかんだろう』

 轟音を轟かせ闇に包まれていく瀬を後にした。
 吉田川に沿ってふたりでとりとめもないことを話しながら歩いた。 こうして歩いているとはじめてこの男と出会った時のことを思い出してしまう。
 北海道での出会い....あれはもう、3年近くも前なのだなあ。 高校を卒業して自転車で日本一周をしていた
BOYと俺は北海道の列車の中で、ひょんなことで知り合って行動を共にしたのだ。

台風一過の屈斜路湖。嵐の中での露天風呂。そして、風の一人旅ライダー、アネゴとの出会い。オレBOY、そしてアネゴ。夢のような一夜。(北海道川旅日記参照)アネゴは一年以上にもわたるオーストラリアのバイク旅を終えて無事(本当はすごいアクシデントがあったようだ。このへんは某モーターサイクリスト紙の篠田聖子のGoGoオーストラリアに詳しい。読みたいひとは是非単行本化するよう要求の手紙をだそう!)に帰国。帰国後もけっこう多忙なようだ。

BOYもこのオラオラ隊のバカ遊びの後はカナダ・北極海へとカヌーとチャリで旅する予定らしい。あの時の3人の放浪者の中で俺だけがなんだかとりのこされてしまったみたいだ。ちくしょう。いいなあ。 ニコニコ顔のBOYが声をかけてくる。
『いやあ、楽しみですねえ。あの亀尾島川の夢のような淵にまたいけるんですね。あの瀬と勝負した後に・・・』

この5月の終わりに俺はBOYと二人で郡上から深戸までカヌーで下っている。 途中、亀尾島川の流れ込みで2泊した。 あの時、俺もBOYもなんとなくパワーダウンしてしまっており、冷たいけれども、魚達の乱舞するあの淵に心を癒されたのだ。

帰ってみると、川原に火が無数に灯されている。お盆の送り火だ。 テントのまわりは無数の火に取り囲まれて幻想的な雰囲気だった。

テントの中には生けるミイラとかしたたてちゃんのもやんのふたりが、ピクリともせず仰向けに寝ていて痛々しい。重度のムチウチになった二人は首を動かすことができず、起き上がるのもままならない。 ハリゲーが作るにんにく入りスタミナラーメンもすすれず、スティック状のパンをどうにかかじれるというそれはそれは悲惨な状態だ。 思いもよらなかったアクシデントに飛び込みの危険性を改めて再認識させられた。 明日の川下りもやはり安全について考えないわけにはゆくまい。

BOYが夕食の用意をするが生憎雨足が強まってくる。 テントの周りの送り火がどんどん消え始めたので2、3個かっぱらってきて消さないようがんばった。それはショートピースのカンに灯油をいれ芯をさしただけのろうそくみたいなものでこれを利用してBOYがテント内焚き火を開始。

虫除けスプレーなどを噴射して火炎放射器ごっこをしてあそんだがなんとなく盛り上がらない。やはり盛大な焚き火でないとだめだ。俺、BOYハリゲーシュウサクの4人は郡上踊りにくりだすことにする。 ひとしきり、踊って一人でテント村に帰るとたてちゃんが川を見つめながら酒をのんでいた。

『大丈夫か?たてちゃん
 と声をかけると
『おっ、
トミトミ、かえってきたか』
 とハスキーな返事。
『どうだい、調子は?』
『いや、ま、だめだな』

かなり悪そうだ。しかし、たてちゃんの口調からは俺を責める気配は微塵も感じられない。ただ、だめだからだめだと口にした、そんな自然さがあるだけだ。

『そうか、だめか・・・・、すまんな、たてちゃん
 シュンとしてしまう俺をみて
『だいじょうぶ、だいじょうぶ、まあいこうか』
 笑いながら顔と体を一緒にうごかして酒をついでくれる。 干した。
のもやんは?』

つい、心配になって尋ねると、たてちゃんが頭を動かさずにテントのほう指差す。中を覗くとぴくりともせずに寝ていた。
 う〜ん。痛々しいなあ。ますます自己嫌悪に落ちる。
 そんなしょぼくれた俺をあやすかのように
『ま、いこうか』

と爽やかな笑顔で杯をかたむけるたてちゃん
『おっ』
 干した。 俺はネクラというかなんというか口数が少ない。だから、この
たてちゃんとかハリゲーのように会話しなくてもなんとなくいっしょにいられる男たちというのは非常にありがたい存在だ。沈黙が苦痛にならない。なんともいえずよい時間が流れる。

『俺、好きな女性(ひと)ができたんだよ』
 とつぜん
たてちゃんがきりだした。
 このブッキラボーなところが
たてちゃんの持ち味だ。
『・・・、そうかできたか...』

『まあ、年上なんだけどな・・・』
『そうか、年上なのか・・・』

『いいんだよなっ、こうなんつうか・・・・包んでくれるんだよなっ!』
 瀬の音に負けまいとして、
たてちゃんはきちんとはっきりした声でしゃべるのがなんとなく可愛いい。

『なんか、わかってくれるんだよっ!二人とも肩肘はらなくっていいつうか、かざららなくていいんだよなっ!』

たてちゃんが一目惚れをして交際を申し込んだというその女性がなんとなく目に浮かんで、少し羨ましくなる。よっかたなっ!たてちゃん
 昨年の冬、鎌倉の看護婦さんに失恋をして落ち込んでいた俺を
たてちゃんがスキーにさそってくれた。可愛くて元気な看護婦さん3人もつけてくれるというそれはそれはありがたいお誘いだったが、仕事に疑問を感じ、なにをするにもナゲーやりになっていた俺には明るい彼女たちの相手をロクスポできずに自分の中に籠もってばかりいた。八ヶ岳の麓のログハウスでたた暖炉の炎を眺めて酒を飲むだらしない野郎に成り下がっていたんだ。そのとき、杯を重ねる俺にたてちゃんはただ付き合ってくれた。

たてちゃんにしてみれば、飲みたいから飲んでいた、ただ、それだけのことなのだが、これには救われた。本当に。ふつうの人だったらなんとなくキザに感じることもこの男がやると自然なのだ。まるで風のような男だ。

そんな、風のようなたてちゃんも大学時代付き合っていた彼女がいたようで、その女性が名古屋に帰ってからも、暫くつくばから車で通うというハードな遠距離恋愛を続けていたらしい。それが、なぜかうまくいかなかったというのを、長良川に向かう車の中でポソッともらしていたっけ....
 人をいったん信じたらどこまでも信じようとする男だから...
 いろいろ傷つくことも多かったのだろう。

そうか、そんなに好きな女性ができたんだな...よかった...
 本当によかった....

BOYハリゲーが帰ってきた。
『いやあー、いいスよ〜、しっとり濡れた浴衣すがた!いやあもうたまらんです』
 と開口一番
BOY。すっかりエロオヤジだなこいつも。

BOY!テントにひっぱりこんでもいいぞ!俺らこっそり盗み聞きするから』
 とテント夜這いの名手
BOYに俺が声をかける。

『いや、ほうですかあ〜、いいんですか〜、よーし、うーん、でもなあ』
BOY!途中でオイラとこっそり交代するのだよ』
 と
ハリゲー、ちゃっかりしている。
『ええ〜!いや!それだけはかんべんをー』

本当に困っているBOY
BOYシュウサクはどうした?』
 と聞くと、
『いや、まだ踊ってましたよ、なんかすごく楽しそうに』
 答えた。

俺もそうなのだが、徳島の男は子供のころから阿波踊りを踊るからだろうか、踊りには目がない。典型的なお祭り野郎が多いのだ。普段、真面目なやつほどハメのはずしかたが大きい。この男性(ひと)は誠実な人だわなんておもっている婦女子の方は、阿波の男にはゆめゆめ、気持ちをゆるめぬようご注意されたい。 別に多田周作選手が危険な男だとは言ってはいないが・・・。 結局、朝まで踊って、山車(だし)の片づけまで手伝ったというこの男はやはりオラオラ隊の中では一番タフなのではなかろうか。
 とかなんとかやってるうちにオラオラ隊の冒険第2日が無事過ぎていくのであった(う〜ん。あんまり冒険しとらんなあ)