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『ハテルマ!いく・・・・』
波照間が硬直。 『・・・ぞうぷぷぷーうああああ!』 目の前がみえない。水、水、ミズ!だ! ザブーン! 横波をくらって、ひっくり返った。 |
8月16日 三日目 (晴れのち大雨)
朝、蒸しかえる熱さで目を覚ます。たまらずテントからはいだした。
なんといううことだ青空が覗いているだはないか! 夏だ!やっと夏がやってきたんだ! たてちゃんテントをのぞくと、のもやんとたてちゃんがあおむけのまま本を読んでる。
『おっ、トミトミー〜、起きたか〜』
二人ともピクリともせずそのままのカッコで目の玉だけをこちらに向ける。
ブキミだ。昨日のむちうちがまだまだきいえずさらに悪化しているようだった。
ハリゲーの姿がみえないので聞くと、帰る準備をしに車のところへいっているとのこと。なんとゆうことだ、ハリゲーまでいなくなってしまうなんて....
明日から仕事とはいえ、やはり気持ちが納得しない。 ハリゲーとははじめて長良川を下った時に激流のなかでフネを真っ二つにおられ、ナゲーだされて依頼、各地の川で何度も死線を共にくぐりぬけてきたきた仲だ。 これから激流と勝負勝負の俺にとっては非常に残念だし、こころもとない。
また炊事班長としての隊員たちの信頼も厚く、いてもいなくてもどうってこたあない隊長の俺なんかよりもよっぽど隊にあたえるダメージは大きいはずだ。 だが、久々の太陽の姿に大喜びで吉田川と戯れる俺たちを横目に寂しそうに帰っていってしまった。
本当に潔い男だ。 早朝にハリゲーと川を偵察にいってきたシュウサクが、早く出発しようと催促する。 やつも今日帰ってしまう。せっかく背負ってきた疾風怒濤号(彼の愛用するファルトボートの名前、本当はドイツ語なんだけど舌をかみそうなので和訳)を登場させずじまいではやりきれないらしい。出合いの瀬も『いける、いける、なんとかなるやろ!あれぐらい』と明るくわらいとばす。おおっ!なんと頼もしい! ワシラ(オラオラ隊のことね)ははっきりいってカヌーがとっても下手クソだ。
昨年、もっと下流の洲原神社からハリゲー、のもやん、白石軍師、俺の4艇で出発したのだが、1キロもいかないうちに後ろを見ると3艇が腹を見せてテンプクしていた。みごとな撃沈だ。ほうほうのていで川岸に上陸。いやー、生きててよかったよかったの宴に突入という情け無さだった。
一昨年においては、フネをまっぷたつにされて大撃沈し、当たり一面でプカプカ浮いている醤油の容器や食器を釣り人に拾ってもらうというみっともなさだった。 両岸にズラリと陣取った釣り人の間を、頭を掻きながら、家財道具一式といっしょに流されていくのは今思いだしてもシュールな光景だなあ。
いまやオラオラ隊のエースに昇格したのもやんも首をいため期待できないし、これはどうするかなあというときに、長良川を何度か下っているシュウサクのセリフはなんとも心強い。俺とシュウサクとBOYならば、レスキューもバッチリだ。よしやろう! 力強く飯を食ってテントを撤収。
準備にむかう一団とわかれて、俺とたてちゃんは今回最後の隊員となるハテルマを郡上八幡駅に迎えにいった。
バス停に男が座っていた。沖縄の熱き魂ことハテルマは、石垣生まれである。
大学時代の友人で英会話サークルの部長を勤めていた男だ。
南方系のホリの深いゴツゴツした顔だち、裏表ひとつないひとの善さ、そしてグシケンヨウコウそっくりのカン高い声。そのハテルマが寂しそうに座っていた。
『ハテルマ!』
『おおう!トミトミー!』
久し振りの再会。
かけよりあって抱擁する。波照間とだきあうとなぜだかちょっといやらしい。俺は学生時代わけあって野宿ぐらしをしていた。そのときにハテルマにひろってもらった。 だだっぴろいハテルマの部屋はなにかとよく人が集まった。 今思えばハテルマが人を引きつける柔らかい磁力を放っていたんだと思う。
りまちゃんという元気な女の子の誕生パーティーを何故だがハテルマ部屋で開くことになって、ゲームや酒でもりあがった後、その女の子の友達の女子大生たち10人ぐらいと雑魚寝をするという、いま考えてもおいしい思いをしたことがある。
その部屋の正式な住人のハテルマと俺(いそうろうだけど)は、めでたく一緒に寝てもよいというお許しが出たのだった。
ほのかにだだよううら若き乙女たちの色香。寝返りをうつとなんともいえずいい匂いのする髪がすぐそばにあったりした。
う〜ん。これではとても眠れたもんじゃないなあ。と寝たふりこいて、ゴロゴロころがっていこうかなんて考えてた矢先、俺の背中に何かかがぶつかった。 ???? やや、これは間違いなく人肌の感触。 よし、寝返りを打って寝ぼけたふりして抱きつこうか・・・ なんて考えてたら、いきなり抱き締められた! おおおおおっ!? せっ積極てきだなあ、最近の若い娘は・・・
いや、まてよ、ちょっと力が強すぎないか?
それにとうぜん俺の背中にあたるべきであろうハズのふくよかなふくらみがない!
!!!!!でええええ!
これはもしや?
そう、それがまさしく寝ぼけたハテルマだったのだ。こーんなに、いっぱいおいしそうなのがまわりにおるのに、よりによってなんで、ワイにくるんじゃー!
この男は目がクリクリっとしててラッコのように可愛いのだが、顔のつくりや、体格は南方系のゴツイつくりをしている。そんでもってさみしがりやで必ずなにかを抱き締めて寝るクセがあった。よくフトンを丸めてコカンに挟み付けていったけ・・・
へ?まてよ・・・・
ゴツゴツした足が俺の腰に絡みつく。 げげげげ!モッコリをおしつけてきやがった。 あれほど嬉しくないこともめずらしい。 うらわかい乙女たちのおいしそうな足が横たわっているというのに何故俺なのだあ。 ハテルマ!寝ぼけるなよ〜。
だから、波照間との抱擁はなぜだかいやらしい。
つけくわえておくと本人もやっぱりいやらしい。
ハテルマを拾って川原へ。みんなと合流。 長良川はここから吉田川が合流してますます水量が増える。そしてすぐ先には激流のホワイトウオーターが待っている。出会いの瀬と呼ばれる4級の瀬。二段に落ち込んだあと大岩が流れの中央にドオオオンと横たわっていた。 ハテルマをどうしようかと思ったがさっきの頼もしいシュウサクのコトバもあるし、まあいってみるかとゴムカヌーにのせることにする。漕ぎ手は俺。
のもやんがハテルマに自分のワイルドウオーター用の浮力の高いライフジャケットをきせてヘルメットをかぶせてやっている。さすがに何度もこの川の水を飲んでいるのもやんは正確な判断をする。ハテルマやBOYにアドバイスをしていた。 のもやんの慎重さオラオラ隊の貴重な財産のひとつだ。 俺とハテルマはヤングブラッズ号(グラブナー・ホリディ)。 シュウサクは疾風怒濤号(パジャンカ)。 BOYは999号(パジャンカツーリング)。 この3艇でで挑むことにした。
ハテルマは川下りは初めてである。出合いの瀬をみせて
『どうする?やめとこうか?』
と聞いてみた。少し考え込んだ後に
『やっぱり、いくよ。だって・・・大丈夫なんでしょう?』
と聞いてきたので、『ああ、大丈夫、大丈夫』
笑って答えた。今思うとこれが、ぜーんぜんダイジョウじゃなくてハテルマの悲劇の幕開けとなるのであるが、いまさらしょうがないので筆を進めることにしよう。
ここ2、3日の野宿でみんなアタマがマヒしているのか、かなり難易度が高い瀬なのに性格な判断ができなかった。オレもハテルマと久々に再会できてハイになっていたんだな。まー、なんとかなるさーといっちまったがこの浅はかな判断のために、嫌というほど思い知らさることになるのである。
しかし、他のカヌーイストやカヤッカーたちが出航をみあわせたり、大丈夫ですかねえなんて聞きにくるなか、フネをパーっと組み立ててホイホイ出発していったオレたちはやっぱり、アホかボケかうーん、たいしたやつらなんだろうなあ。
いちゃおう!
シュウサク、BOY、俺&ハテルマの順でスタート。
いつものことながら『出発』の『ときめき』はいい。
旅立つ方はこれからの出来事に胸を膨らませ、見送る方は寂しい想いをする。
のもやんとたてちゃんは下流でレスキューにまわってくれた。すまないふたりとも。
スタートしたとたん速い流れに乗ってみるみるホワイトウオーターに引きずり込まれていった。前方でハテルマが俺のいいつけを守って、
『ふん、ふん、ふん』
といいながら上下に体を振ってリズムを取っている。 役に立たないのが目に見えていたので、ハテルマにはパドルを持たせずただしがみついていなさい、と言い渡してあった。だからもうカヌー犬ガク状態(野田知佑氏、椎名誠氏の著書参照)なのだ。
波と調子があっていないのでフネの挙動がおかしいが、ハテルマの仕種が可愛かった。先頭シュウサク疾風怒濤号が砕け波のなかに文字通り疾風怒濤の如く突っ込んで行く。たちまち、波でもみくちゃにされ、頭しか見えなくなる。
波間に消えた思うと次にはグワバッとターコイズブルーの疾風怒濤号が宙に踊った。 うーん、すげえなー。と感心していると最後の落ち込みで壮絶な沈。うひー。
大岩から吐き出される疾風怒涛号
はて、BOYはだいじょうぶかいやと前をみると、最初の落ち込みが激突している直前で、90度傾いて転覆。黒いカヌーの腹がゆっくり現れ、あれ〜てな具合に撃沈。
うおおおっ、フネとはなればなれになって大岩の方へ引き寄せられていく。
はやばやと沈を決めるBOY
うげー!!!!!!!!
イカン!助けなくてはと思うまもなく俺達最初の落ち込みに突入。
『ハテルマ!いく・・・・』
波照間が硬直。
『・・・ぞうぷぷぷーうああああ!』
目の前がみえない。水、水、ミズ!だ!
ザブーン! 横波をくらって、ひっくり返った。
我々のヤングブラッズ号はオープンカヌーだから転覆するとフネから放りだされてしまう。パドルを握りしめ、カヌーをしっかり掴んだ。しかしもうそこはマイルドセブンの白い世界で息ができない。ザブンザブン頭上から波が落ちてくる。波の頂上にでた瞬間、後方でハテルマがフネにしがみついているのが見えた。
あっけなく転覆したヤングブラッズ
『ハテルマっうぐごおおっ』
水を飲む。翔ぶように流されていく。
なんとか前方に目をやるとなんか異様なものがみるみる近づいてくるのが分かった。
そうだ!最後の大岩だ!そのときの光景といったら今でも夢見るぐらい凄まじいものだった。
みなさんは(いきなり冷静だなあ)漫画の中にでてくる集中線というものを御存知だろうか? そう、スピード感をだしたり、強調させたいときに使われる、放射状の線の束である。これを描くには技術がいって、ヌキとかタチといったテクニックを必要とするのだが、ここでは関係ないので説明はこれぐらいにしておこう。
このときの光景というのがまさにそれで、水色の集中線のなかに真っ白い世界がまっていたのだ(岩に流れが当たって白くなっている)もうコトバでなんか言い表せないほど、圧倒的なド迫力でせまってきた。(ほんとはこっちが勝手に近づいているだけなのだが・・・) あかん!アレに激突すると木っ端微塵だ!
左へ・・・アカン!間に合わん! せめて、ハテルマだけでも守らねば・・・
『ハテルうううごばあああー』
だめだ!叩きつけられる!
そうおもった瞬間、体がぐっと引き込まれ、ふたたび持ち上げられた。
右のほうへ引きずりこまれていく。
ああああああ、俺たちはいったいどうなっちまうんだあああ!
絶望が頭の中を一瞬よぎる・・・・そのとき!
『ぶはあ〜』
おいしー空気がやってきた。
なんとか瀬を乗り越えたようだ。
後ろをみるとハテルマもちゃんとしがみついていた。
やったー!助かったぞ!!!
『ハテルマ!ハテルマ!大丈夫か?』
コクンと弱々しくうなずいた。
『足、打たなかったか?』
うなずく。
『助かったなー』
うなずく。
『怖くなかったか?』
反応がない。
『怖かったのか?』
反応がない。
『ハテルマ!』
『ん、ダイジョウブよ・・・』
『ほんまに大丈夫か?』
弱々しく頷いた。
『おーい!』
と声がするので振り替えると左岸にのもやんとたてちゃんがやってきていた。 丁度川を隔てて向こう側に位置するので、瀬音で声が聞き取れない。 心配そうだったのでOKサインで答えた。
下流をしきりに指しているので目をむけると100メートルほど下流の中洲にシュウサクが、少し下流の右岸にBOYが自力で着岸し水だししている。親指を立て了解のサインをのもやんとたてちゃんにおくる。 そのまま、流されながら岸に向かう。 油断したのか流れにパドルをもっていかれてしまった。 波照間にフネをまかせて、泳いでパドルを拾う。 わかれわかれのまましばし流された。 ふだんは静かな淵だったところも、結構なスピードで流されていく。 ヤングブラッズ号にぶら下がったハテルマが懸命に追いつこうとしている姿が可愛い。すまん、すまん、ハテルマよ・・・
しかし、なんにも悪いことをしていないのにいきなり激流に放り出されて、水を飲んで岩と激突してとさぞかし人生の不条理を身をもって学んでしまったな。 ハテルマよ..... と心のなかであやまりつつ流されていると中洲に上陸して、フネの水だしをしているシュウサクの横を通りすぎる。おーい。周作がんばれよ〜。ハテルマとやっとのことで合流。二人ともフネにしがみついたまま泳ぐ。少しづつ右に流されつつよっていってBOYの流れついたエデイに近づいた。
『おーい、だいじょうぶか〜?』
BOYに声をかける。
『だめで〜す。パドル折れちゃいました。』
元気なBOYの返事。
『おおお〜?』
『タイチョー、ぜんぜんだめですよ〜、たったフタカキでこうでえす』
オレたパドルをかかえあげて、笑う。
この男は窮地に陥れば陥るほど、なぜだか笑ってしまうという不思議な男なのだ。
素敵なヤツだなあ。こころづよいなあ。いいなあ、こうゆうやつあ!
すぐそばにつけようとしたが、接岸に失敗。
少し流されたところの岩につかまってなんとか陸へ這い上がる。 心配そうなハテルマ残して、BOYのところへ岩を巻いていく。
『どうした〜?』
『いやあ、あかんかったっスよ〜、ホラ』
パドルを見せて
『パックリいっちゃいましたー』
みるとジョイント部のFRPに亀裂が入っている。
う〜ん。長良川のパワーかはたまたBOYのクソ力のせいか・・・
『身体は大丈夫か?岩にぶち当たったろう?』
ヒョコっと笑って、
『いやあ〜、もうゴンゴンきました。ホラ!』
足を水からあげてみせる。
無数の打ち身と真っ赤な血が・・
幸い深い傷はないが、痛々しい。
『だいじょうぶじゃないなあ』
『いやあ〜、ジャッカンそうっスねえ〜。まあ、たいしたコトないっスよ』
それにしても無事でよかったよかった、この男を死なすわけにはいかない。
BOYに俺のパドルをやって、かわりに折れた片割れをもらう。これをシングルパドルにして漕ぐことにする。ハテルマのところに帰ると疲れていたが目が真剣だった。
『で、BOYはだいじょうぶだったの?』
『ああ、ピンピンしてるよ』
『ほうか〜、よかったな〜』
なんてゆう男だ。自分の身よりもBOYのことをきづかっているとは・・・ あらためて、こんな素晴らしい男に危険な目にあわせてしまったことを反省した。 いいか!?良く聞けよ!ホントに、ホントにすごいんだからな! 他のカヌーイストたちがビビッてしまうぐらいの荒瀬なんだぜ! それを川下りどころかカヌーのカの字も知らない男が、さあゆこう!ゴオオオ! うあああ、ボッチャーン、どおおお、ゲボガボ、ドッパーン!なんだぜ。
それも自分はぜーんぜん悪くないのに、ただ、ただ、オレのウデが未熟であったためだけに、激流にナゲーだされたのだ!
なのに、岩にしがみついてフネを確保しながらBOYの安否を気づかっているなんて
『ハテルマ・・・・』
『ん?』
『スマンな』
『え?どうして?』
『いや、・・・その・・・なあ・・・』
『????』
『怖かったろ?』
『・・・・』
『だいじょうぶか?』
『・・・・』
『ハテル・・・・』
『ん?ダイジョウブ、ダイジョウブよー、トミトミー』
『ほんまか?』
『ホンマホンマ!・・けど・・』
『けど?』
『けど・・・ちょっとね・・・・』
『ちょっとどうした?』
『・・・・・感想はあとでいうわ』
『そうか』
そうする内にシュウサクがやってきた。 波につっこむたび木の葉のように振られている。こちらへ近づくこともできずに、次の瀬へ突っ込んでいく。スプレースカートをとられたらしく波がコックピットにどんどん入っていまにも沈みそうだ。
ふらつきながら突っ込む周作
『いくぞ!BOY!』
シュウサクを追いかけて再び出発!
う〜ん、どうやら試練はまだまだ続きそうだ。
上流で心配そうなのもやん、たてちゃんに大きく手を振って答え、流れに戻った。