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王の剣士 番外 「バインド」


 漸く戦場で向き合えた相手に、堪えきれない喜びを感じながら、バインドは男を眺めた。
「何を考えて反乱なんか起こしたんだか。まぁお陰で俺は貴様と戦える。感謝してるぜ」
 男はバインドの瞳に浮かんだ戦いへの渇望を、面白そうに見やった。
「お前にはまだ判らないだろうなぁ。お前は剣に喜んで呑まれる質だ」
 その物言いが気に食わず、バインドは男を睨み付ける。
「それ以外に何がある」
「剣士は切り裂く為に生まれる。だがその剣は、守るものも選ぶ」
 どこか歌うような口調に、バインドは自分の血が沸騰するのを感じた。
「くだらねぇ」
 男に向って吐き捨てる。男はただ笑っただけだった。
「くだらねぇ」
 もう一度吐き捨て、バインドは地面を蹴った。



 守るものを選ぶだと? 選んだ結果どうなった。
 あの男は俺よりも強かった。
 だが、死んだ。
 守るものを選んだ結果が、死だ。
 剣士は戦う為だけの存在だ。
 それ以外の理由は必要ない。
 だが、男の浮かべた笑みが、バインドの脳裏から消えない。



 きし。
 腕が、骨を軋ませる。
 右腕ではなく、



 小さな悲鳴が上がり、バインドは樹の幹に背中を預けたまま、声のした方へ視線を向けた。
 川の中で、子供が声を上げ、必死になって魚か何かを追い掛けている。動きを止め、じっと眼を懲らし、そして勢い良く手を水に突っ込んだ。その拍子に水の中に倒れ込み、盛大に水飛沫が跳ね飛ぶ。
 水面から身体を起こした子供の手には、銀色に光る魚が握られていた。
 喜色を満面に浮かべ、バインドを振り返る。
「ち」
 眉を顰め、バインドは視線を逸らした。子供はぺたぺたと足音を鳴らしてバインドの座っている場所に戻ると、魚をバインドの前に置いた。
 うんざりと溜息をつき、バインドは子供を睨み付けた。
「いらねぇって言ってんだろう」
 子供は少し慌て、傍にあった壜を差し出す。
「……いらねぇ」
 バインドが何も取ろうとしない事に落胆の色を浮かべ、子供は手にしたそれらをじっと見下ろした。困り果てた様子が手に取るように判る。
 バインドは苛立ちと諦めの交じった表情を浮かべ、やがて舌打ちした。
「……チッ。――おい、せめて焼け」
 子供は何の事かと首を傾げる。
「……知らねぇのか」
 何をこんな子供にかかずらっているのか、バインドは溜息をついた。だがそれ以外にやる事がある訳でもない。欝陶しいが、かと言ってわざわざ殺すのも面倒臭い。
 子供の手から魚を取り上げると、ひょいと頭上に放り上げる。落ちてくるそれに向って、ふっと息を吹き掛けた。
 炎が走り、魚に纏いつくように薄く包み込む。
 炎はバインドの特性であり、術を使えずともこの程度は可能だ。
 だが、赤く炎を纏った魚を見て、子供は慌てふためき、炎を纏いつかせたままの魚を掴んだ。
「おい」
 バインドが身体を起こしかける間もなく、川にそれを放り投げる。
「……。――はぁ」
 水に浮かんだ魚を大事そうに拾い上げ、再びバインドに差し出す。今度は燃やすなと言いたげな顔だ。
「――勘弁しろよ……」
 呟いて、バインドは額を押さえた。


 眠り込むバインドの姿を、そっと覗き込む。
 彼は寝てばかりいる。きっと疲れているのだと思った。
 食物をあまり食べない。だから疲れているのだろう。
 街に行って何かを持ってこようか。森のものはあまり食べないのかもしれない。
 傍らの、手を付けられていないままの壜に気付いて、頷く。
 もっと別のを持ってこよう。前に彼が飲んだものと同じやつを。
 子供はもう一度バインドを覗き込み、深く眠っているのを――離れている間にどこかに行ってしまわない事を確認してから、立ち上がった。





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renewal:2007.09.8
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