七
壁の割れ目から部屋の中に滑り込む。
立ち上がり、子供は薄暗い部屋の中を見回し、それからにっこりと笑った。
積み上げられた木箱によじ登り、一番上の箱から壜を一本引き抜く。
壜の中の濃い赤が揺れるのを、満足そうに眺めた。
この色の方が、彼は好きだ。
壜を抱え込み、木箱のでっぱりを伝って下りる。
壜を割らずに降りれた事にほっと息をつき、それから壁の割れ目に近寄ると、まず壜を入れた袋を押し出してから、子供はするりとそれを潜った。
起き上がろうとした目の前で、壜の入った袋が持ち上がる。
慌てて見上げた先に、自分を見下ろす影があった。
咄嗟に袋を掴もうと伸ばした手から、袋がひょいと遠退く。
突然、腹部に焼け付く痛みが走った。悲鳴を上げて草の上を転がった身体が、今出てきた壁にぶつかって止まる。
「漸く捕まえたぜ、このくそガキ!」
衛兵は大股に近寄り、子供の襟元を掴んでぶら下げた。壜を足元に落とし、子供をぶら下げたまま殴り付ける。
「領主の葡萄酒を盗みやがって、ふざけたガキだ。これまでのも全部てめぇだな!?」
殴り付けてくる手と、怒りに満ちた眼に、恐怖が身体を包んだ。
自分を掴んでいる手にがむしゃらに噛み付くと、衛兵がわっと叫んで子供を振り払う。
勢い良く地面に落ち、もう一度小さな悲鳴を上げる。その顔の先に、衛兵が放り出した壜があった。
咄嗟にそれを抱え上げ、子供は出口に向って駆け出した。
怒りの声を上げて追いすがる手をすりぬけ、必死に走る。
倉から街を囲む城壁までは、ほんの僅かな距離だ。
通りに立ち並ぶ雑然とした屋台の間を走り抜け、街の門を目指して駆けた。
通りにいる者達は、逃げていく子供を冷めた眼で眺めている。
単なる盗っ人の子供だ。どうという事もない。捕まればおそらく命はないだろうが、自業自得というものだ。
子供は壜を大事そうに身体の前に抱えながら、ただ街の出口だけを目指した。街を出ればすぐに森がある。
街の門を抜ける。
そこから伸びた街道の、少し先の左手に、子供の暮らす森が広がっている。
もう少し。
森に入れば、木々の間に隠れて逃げられる。
周りに誰もいなくなったら、彼のところに持っていこう。
今度はきっと受け取ってくれる。
これは彼の好きな赤い色の方だから。
そうしたら、笑ってくれるだろう。
子供の顔に笑みが広がる。
追い縋った衛兵の腕が、子供の肩を掴み、引き倒した。
手から滑り落ちた壜が、街道の石畳に落ちて砕け、紅い液体が零れた。
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