一
夜がゆっくりと明けると、王都の輪郭が顕わになってくる。
生まれたての曙光が初めに照らすのは、空へと高く聳える王城の尖塔だ。
太陽が東の彼方の山あいから姿を見せると、王都の東側の街並が白い光とくっきりした影の中に浮かぶ。陽光に照らされた王都の影は、長く周囲に広がる農園や森に差し掛かる。
王都は王城を頂に抱く小高い山のような姿で、城下の街は円を描くように緩やかな傾斜の裾野を広げ、東西南北、どの方角から見ても、均一な傾斜と広がりを持っていた。
雑多な街並みが広がる下層、商人や職人達が多く軒を連ねる中層、裕福な住民達の館が立ち並ぶ上層、その中心に「王城」が形成されている。
城下の街で「王城」と言う時は、堀の内側――王都、王城を守護する軍部のある第一層から、軍部士官の宿舎や貴族の館がある第二、三層、政治、公的機関の中枢部、そして王の居城がある第四層まで、一帯を差す。
機能としての王城を差す時は、第四層がそれにあたる。いわゆる、城そのものだ。
それら均整の取れた街並が王城を取り囲んで複層的に広がる姿は、花弁を広げた艶やかな花を思わせ、アル・ディ・シウム――『美しき花弁』という名は近隣諸国にも知られていた。
アル・ディ・シウムは大陸の西部に位置する王国アレウス・エクゼシリウムの王都であり、この国は大陸で最も広大で富裕な国土を有している。
現王の在位は長く、既に三百年に渡り安定した政を続けてきた。その賢政により民から英君と慕われ尊敬の念も厚いが何より――、民の中に、そして王に近く仕える者になるほど、王に対する畏怖が強くあった。
それは王の有する力によるものだ。長い統治を可能としてきたそれ。
この世界には法術と呼ばれる自然界の力を用いる術があるが、王の持つ力は法術とも次元を異にしていた。
王の版図を北から南に旅しようとした場合、整備された街道を行ったとしても馬で五ヵ月、ほぼ半年を要する。
東に峻険ミストラ山脈、西に古の海バルバドス、南に灼熱の砂漠アルケサス、北に黒森ヴィジャが行く者の足を阻み、そこから先は数多くの小国が乱立し生まれては消える、争乱に満ちた土地が広がる。
王国の四方を取り巻く生者を寄せ付けぬ酷地は、逆にそれら小国の侵入を阻む絶好の塁壁でもあり、それが王国が安定を保っている大きな要因でもあった。
ただ四方の辺境のうち、古の海バルバドスには、海皇と呼ばれる存在が深淵の世界を治め、地上の世界とは一線を画していた。
およそ四百年前、バルバドスとの間に大きな戦乱があり、百年もの長きに渡り、西方の辺境部は激しい戦乱に覆われた。
双方共に多数の死者を出した戦乱は、三百年前に両国の間に不可侵条約が結ばれる事で漸く決着を見、以来大きな戦乱はなく、時折小規模な争いが発生する他は国内は安寧を保っている。
国内は王の統治のもと、四大公と呼ばれる四つの公爵家、十の侯爵家、及び九十九家の諸侯がそれぞれの領地を治めている。
国の政務を司るのは、大別して四つの機関に分かれた。
内政を司る内政官房、長は四大公の一角、北方公ベール。
治水、土地、生活を司る地政院、長は東方公ベルゼバブ。
財務、商工業を司る財務院、長は西方公ルシファー。
治安、軍務を司る軍部、正規軍の長に南方公アスタロト。
内政官房は他の三部門を総括、調整する役割も果たしている。
また正規軍とは別に、王と王城を守護する王直属の軍である、近衛師団があった。
今、季節は日差しの照りつける盛夏から、茹だる暑さを残す時期も過ぎ、朝晩に涼しさを感じさせる秋も半ばに差し掛かっていた。
大地の実りを刈り取り、豊穣に感謝する季節。
王都が秋の朝日を浴びて目覚めていく。
日の出から一刻ほど過ぎ、未だ陰の色濃い王城西側、軍の将校の官舎のある第二層の一角から、力強い羽ばたきと共に一頭の飛竜が飛び立った。
珍しい銀の鱗を持つ、まだ幼さを感じさせる若い飛竜だ。だが羽ばたき一つで一息に上空へと翔け上がる。
銀翼が斜めから差す朝日を切り取り、遠い場所に影を落とす。
王城の尖塔の高さまで上がった飛竜は、一旦西に向いかけ、そこで僅かに迷う素振りを見せた。長い首を巡らせ、青い瞳を問いかけるように背中に向ける。
その背にいるのは、この若い飛竜に相応しい年頃の少年だ。まだ十五、六歳といったところ。
襟の詰まった黒いかっちりした服を着て、背中に同じく黒の長布を纏っている。王都の住民が一目見れば、それが近衛師団の軍服である事が判る。
髪と眼の色は漆黒、ただ瞳の輝きがそれを補って明るい印象を与えていた。整った面は、精悍さをほんの少し、備えはじめたところだ。
「まだちょっと早い。一巡りしてこようぜ、ハヤテ」
主の弾んだ声に、ハヤテと呼ばれた飛竜は嬉しそうに鳴き、ぐるりと縦に大きな弧を描いた。飛竜の荒っぽい旋回にも、背中の少年は動じる気配もなく却って楽しげな笑みを浮かべる。
「半刻くらいは飛ぶ時間があるか? やっぱ早起きはするもんだよな」
日中は忙しくてなかなか遠駆けなどする時間がない。朝はぎりぎりまで寝台で丸まっていたい年頃でもあったが、飛竜で空を翔る事を思えば眠気も吹き飛ぶ。
特にハヤテは僅か五ヶ月前に王から下賜されたばかりで、彼と共に遠駆けをするのが楽しくて仕方なかった。
少年――レオアリスは、朝日が伸びていく方向へ、手綱を繰った。
銀翼は飛竜族の中でも特に速い翼を持つ飛竜だ。
そして、軍の大将級に与えられる乗騎でもある。
ハヤテは広げたしなやかな翼に風を孕み、王都の上空を翔け出した。
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