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王の剣士
【第一章「収穫祭」】


 午前中に予定どおり演習の視察を終え、再び執務室に戻って落ち着いた頃合いだった。
 昼まであと一刻弱、三、四件は決裁を終わらせようと、レオアリスは真面目に書類と向き合っていた。
 広い執務室は静まり返って、自分の指先が書類を捲る音だけが時折流れている。
 北向きの窓からは直射を免れた薄い陽の光が差し込み、ほんの少しの室内の陰りが却って心地良く、穏やかな雰囲気を作り上げていた。
 他者が立てる物音もないまま、頬杖をついて書面に綴られた文字をずっと追い――
 がくん、と頭が落ちて、レオアリスは慌てて頭を振った。
(やべぇ……眠い)
 一度背筋を伸ばして眠気を追いやり、再び書類を読もうとした時、ふと窓が風に揺れて木の枠を鳴らした。
 手許の書類から瞳を上げる。
 視線を感じたからだが、扉は開いていないし、室内には誰もいない。
「――」
 気配は、背後の窓からだ。
 すっと立ち上がり、くるりと後ろを振り返る。
 レオアリスとちょうど向かい合うように――
 窓の外から顔が覗いていた。
 にこりと笑って、ひらひらと手を振っている。
 レオアリスの面に過ったのは、驚きではなく、呆れた色だ。
「……二階の窓だぜ、ここは」
 そこに居たのは、とびきり綺麗な少女だった。
 高い位置で一つに結い腰の辺りまで伸ばした髪はレオアリスと同じ漆黒だが、艶やかでしっとりした光がある。
 陶器のように白く透ける肌、丸みのある額、整えられた目鼻立ちは職人が精魂を込めて作り上げた芸術品のようだ。
 何より印象的なのは、長い睫毛に縁取られた大きな瞳の、揺れる炎のような深紅。
 彼女を目にして見惚れない者などいないのではないかとさえ思える。
 その少女は今、窓の外で、身体をふわふわと上下に揺らしていた。
 どうやら何かに乗って揺られているようで、時折窓の角の辺りに、青い色が覗く。
「何やってるんだか。ちゃんと表から入って来いよ、アスタロト」
 呆れた、ただ親しげな口調でそう言いながらレオアリスは窓辺に寄り、細い格子の張られた硝子窓を押し開けた。途端に風が短い髪を煽る。
「良く気付いたな、声かけようと思ったのに」
 鈴を振るような愛らしい声で言い、少女――アスタロトは長い髪を掻き上げた。
「お前は気配が派手だからすぐ判る。アーシア、疲れないか?」
 レオアリスは窓枠に手を置いて下を覗き込み、そこにいた飛竜に声を掛けた。
 アスタロトは碧玉を連ねて磨き上げたような青い鱗の飛竜に乗っていて、そのはばたきに合わせて上下に揺れていたのだ。
 中庭はそこそこ広いとは言え、建物ぎりぎりに空中停止するのは骨が折れるだろう。
 問いかけられた飛竜は、鱗の色より明るく澄んだ青い瞳を閃かせた。大丈夫、と答えたように見える。
 ただアスタロトは言われてやはり気になったのか、ひょい、と窓枠に移ってそこに腰をかけると、飛竜の首を撫でた。
「いいよ、アーシア。ごめんね」
 飛竜は頷いて、アスタロトを窓に残し、羽音とともに棟の屋根の向こうに消えた。
 アスタロトがそのまま窓の縁を越えて室内に降り立つのを、レオアリスは呆れた様子で腕を組んだまま眺めている。
 アスタロトは室内に入り、改めてにこりと笑って手を上げた。
「おはよう! いい朝だな!」
「そろそろ昼だよ。そんな事より、正規軍将軍ともあろう者が案内もなしに窓から入ってくるか? いい加減不法侵入で捕まえるぞ」
「いいじゃん、どうせここに来るんだから同じ事だ」
 さっぱりと言い切り、アスタロトは陶器のような白い頬に笑みを乗せて首を傾げた。
 並ぶと身長は五尺七寸ほどあるレオアリスよりやや低く、全体的にすらりと細い。
 そう、すらりと細い。色々。
 それはともかく真っ直ぐな黒髪がさらりと流れる様は可憐だが、言動はあまり可憐では無いようだ。
「正面から尋ねたら、お前んとこの部下も気を使うだろ?」
「使わせてもらった方が有難いんだけど」
「まぁまぁ、いちいち細かい事を気にすんなよ! 胃に穴が開くぞ!」
 アスタロトはかなり男前に、レオアリスの背中を叩いた。
 ここら辺でおそらく、彼女に見惚れていた者は瞬きを繰り返す。
「あれ、幻聴が聞こえたかな?」と――
 それはともかく、レオアリスが呼んだとおり、アスタロトは正規軍将軍、その人だ。
 四大公爵家の一角であるアスタロト公爵家の若き当主。当年十六歳。
 国内は王家を最高位として、四大公と呼ばれる四つの公爵家、十の侯爵家、及び九十九家の諸侯がそれぞれの領地を治めていた。
 また、国の政務を司る機関として、内政を司る内政官房、治水、土地、生活を司る地政院、財務、商工業を司る財務院、そして治安、軍務を司る軍部、正規軍に大別される。
 王の意思のもと、それぞれの機関を北方公ベール、東方公ベルゼビア、西方公ルシファー、南方公アスタロトの四人の公爵が長として所管していた。
 アスタロトが公爵家を継承し正規軍将軍に就いたのは二年前、十四の年の春の事で、若過ぎると言われるならばレオアリスよりこのアスタロトの方がそれに当る。
 ただ、公爵家当主に向かってそれを言える者は少ないだろうし、何よりアスタロトにはアスタロト公爵家と正規軍将軍を継ぐべき――継がざるを得ない、明確な理由があった。
 アスタロト公爵家の直系のみに受け継がれる能力であり、正規軍将軍を歴代に亘って担う能力だ。
 アスタロトは炎を従える。
 それは法術ではなく、生来持つ、この世界でも稀な能力だった。
 全てを焼き尽くすほどの炎――故に『アスタロト』は『炎帝公』と呼ばれる。
 目の前のアスタロトもまた姿こそ可憐な少女だが、歴代の炎帝公達に勝るとも劣らない炎を有していた。
 炎の能力が為せる故か、その性質は踊る炎の如く奔放で型破りだ。
 レオアリスとアスタロトが出逢ったのは王都ではなく二年前、まだ十四になるかならないかの頃――レオアリスが近衛師団に入るよりも前の事で、それ故に本来の立場とは全く異なる部分で、友人同士だった。
 何より近い年齢の者が少ない軍という組織の中では、同じ年齢という事だけでも、特別な意味を持っているのだ。
 アスタロトはレオアリスの執務机の上の書類をひょいと覗き込み、すぐに不味いものでも口にしたように眉をしかめて顔を背けた。
 勝手知った部屋の中央の長椅子に歩み寄り、ぽん、と腰かける。
「相変わらず真面目に仕事してるねー」
 書類――いや、仕事嫌いのアスタロトらしい口振りだ。
「任務時間中だからな」
 つい先ほどまでは眠気に負けそうだったのだが取り敢えずそれは口にせず、さも当然のように返すと、アスタロトは膝から先を子供のように揺らしていたずらっぽい笑みを広げた。
「寝そうだったくせに」
 しっかり見られていたらしい。
「……静か過ぎるんだよ、この部屋が。それで、何の用なんだ?」
 取り繕うのは諦め、レオアリスは長椅子の対面に座った。アスタロトもそれ以上突っ込むつもりはないらしく、切り替えるように唇に指先を充てた。
「ん、それがね、変な噂を聞いて……」
 言いかけたところで、廊下の扉がコンコンと二度ほど音を立てた。
 扉を開けて廊下から入ってきたのは、軍には珍しい女性の隊士だ。二十代半ば、緋色の豊かな髪を軍服の背に波打たせている。
 軍服の襟元には、中将位を表す銀の横二本線が刺繍されていた。
 レオアリスの部下でクライフの同僚、左軍中将フレイザーは翡翠色の瞳をレオアリスに向けた。
「上将、失礼します、そこで公の……あら、いらしてらしたんですね、アスタロト様。失礼いたしました」
 フレイザーはにこりと笑って敬礼を向け、それから廊下を振り返った。
「どうぞ、アーシア」
 フレイザーの後から入って来たのはあの青い飛竜――ではなく、少年が一人。レオアリス達と同じ十六歳ほどの、優しげな顔をした少年で、髪は濃紺に近い青い色。
 アスタロトはにこりと笑ってアーシアを手招いた。
「ありがとうフレイザー。悪かったなアーシア、二度手間させて」
「とんでもございません。フレイザー中将、ありがとうございました」
「どういたしまして」
 何故か主人だけ先にいる事にも、フレイザーは全く気にする様子もなく笑みを返す。アスタロトの突然の登場は今に始まった事でもないからだ。
「すぐお茶を運ばせましょう。ごゆっくり」
 そう言うとフレイザーは廊下に消え、それを頭を下げて見送ってから、アーシアはアスタロトの座る長椅子の横に立った。
 アーシアは長い間――もう十三年もの間、ずっとアスタロトの傍に仕える、彼女のお気に入りの従者だ。
 アスタロトはその十三年の間に、彼の年齢に追い付いてしまった。
「すみません、お話の腰を折ってしまいましたか?」
 気配りに長けた少年は僅かに首を傾げ、アスタロトとレオアリスを見比べる。
「平気、ちょうどこれからだったから」
 にこにことアーシアに笑みを返し、再びアスタロトはレオアリスに向き直ると、首を傾げた。
 二人の会話からすると、話は随分重要な事のように思えた。
「えーっと、何て言ったっけ」
「……噂がどうとか」
「そうそう、変な噂があるんだよ」
 アスタロトは真剣な色と、少しばかり興味深そうな光を深紅の瞳に湛えてレオアリスを見つめる。
「城下を、夜行やぎょうが回ってるって」
「夜行?」
 言葉の意味がなかなか掴みがたく、レオアリスはその単語を繰り返した。
「何かね、派手な衣装着た奴らが夜中に街の中を歩くんだって」
 ひらひらと両手を広げて揺らしてみせ、それからアスタロトは白く滑らかな頬に指先を当て、ひたと視線をレオアリスに据えた。
「何だと思う?」
 レオアリスが眉を寄せる。
「何だと思うって、それだけじゃ良く判らねぇだろ。もう少し筋道立てて説明しろよ」
「今、祭りであちこちから旅芸人の一座が来てるだろ? それじゃないかって話だ」
「旅芸人? ああ――」
 レオアリスは思い起すように視線を天井に向けた。
 夜行とは、そういう事か。
 旅芸人達は各地を周り様々な出し物を見せて、観客を楽しませる事を生業なりわいにしている。その中には華やかに飾り立てて通りを練り歩く類いのものもあった。
 特に今の時期、王都は旅芸人達で賑わっている。
「収穫祭絡みなのか。今ちょうど真っ只中だもんな」
「うん、行こうよ、祭。屋台とか一杯あるよ。食べ歩きしたいなぁ」
「お前は軒並み食い尽くしちまうだろ。他に迷惑がかかる」
 この美しい少女は見かけに寄らず、非常に大量の食事を食べるのだ。ちょっと想像がつかないくらい食べる。
 それでいてやはりすらりと細い。色々。
 それはともかく今は何を思い浮かべているのか、半分口を開け、うっとりと瞳を細めている。
「大丈夫、一軒一皿にするから。それでも下層を一周すればお腹いっぱいになるし、色々食べれて楽しいよね。国内一周旅行するみたいだし。あ、でも朝から抜いとけば良かったかなぁ? 今日朝食べちゃったんだ」
「そんなんで飯を済ますなよ。第一今日って今晩か? ずいぶん急に――っていやいや、話がずれてるから」
「ずれてないよ」
 レオアリスが疑わしそうに瞳を細める。
「まあ落ち着いて、話は最後まで聞け」
 その鼻先に指を突き付け、アスタロトは何やら得意そうに顎をつんと持ち上げた。
「だから祭を見に行こう」
「……。――途中が全部すっ飛んだけど」
 膝の上に腕を載せたまま、レオアリスははぁ、と息を吐いた。
「すみません」
 傍らでアーシアがはにかんだ笑みを浮かべる。アスタロトの突拍子もない言動を、こうしてアーシアが微笑んで詫びるのはいつもの事だ。
 一見微笑ましい情景だが――それで反省しているというより、勘弁して、という意味合いが強い。
 改善して欲しいとは思いつつも、まあ何となく、レオアリスも慣れっこになってしまっていて、あっさりそれを受け入れた。
「まあいいか。それより」
 本題だ。
 深夜に行列を成して歩き回るとは、あまり穏やかではない。そもそも見る者などいないだろう。
「その夜行ってのが噂になってるっていうのは? 夜歩くからってだけか?」
「ううん」アスタロトは首を振った。「攫う」
「攫う?」
 更に穏やかではない言葉に、レオアリスが膝に腕をついて身を乗り出す。
「って噂。若い娘をね」
 だいぶ年上のような口振りでそう言った。
「ここんとこ、下層で失踪者が続いてるんだよ。まああそこは元々色々あるけど、届け出がこの五日で一日一件出てる」
「一日一件? 五日で? 多過ぎる……知らなかったな」
「うちの管轄だから。師団は城下の事件には関わらないだろ? まだ正式に案件固まった訳でもないし、表沙汰にしてないんだ」
「なるほどね――。なら、失踪にその夜行とやらが関わりあるとは判ってるのか?」
「だから噂なんだ。噂の出どころは良く判らないけど、失踪のあった家の周辺で良く聞かれる。そもそも、最初の失踪者の家の辺りでの目撃情報が一番古そうだから。まあ失踪が全部誘拐とは限らないケドね」
 アスタロトはちょっぴり唇を尖らせ、対してレオアリスは何とも気まずそうな、いや、気恥ずかしそうな顔をした。
「まあ」
 レオアリスも言葉を濁した。
 自らの意志での出奔――有体に言えば家出も有り得る。
 レオアリスもアスタロトも、二年前にやった。その途中で出逢ったのだ。
 それはともかく、一日一件も失踪の届け出があるとは、実際深刻な事態だった。アスタロトがこんな話をするくらいだから、正規軍は本腰を入れて捜査をするつもりなのだろう。
 しかし、そう言えば何故、アスタロトはこの話をここに持ってきたのか。その疑問とともに、ふと思い当たるものがあった。
「……失踪の発生場所は? 下層での失踪って言ったが……他でもあったのか?」
「昨日までは連続して下層。けど、今日は上層でもあった」
「――西外門か」
「そう。それで夜行は、今日の未明、西外門あたりでも見られてる」
 彼女がここに来て、滅多にしない仕事の話をしたのも納得できる。
 グランスレイがあの後すぐに正規軍西方第一大隊中将のワッツに尋ね、ワッツが大将に上げたのだろう。
「法術の事か」
「うん」
 アスタロトはこくりと頷いた。
「それでお前に聞きたいんだけど、法術の気配って、どんな感じだった?」
「残り香程度だったからな……」
 レオアリスは今朝の状況を思い描くように瞳を細めた。
 法術を使えば何らかの形跡が残る。法術士であればその跡を見て取る事ができるが、ただ気配は、それほど長時間残る訳でもない。
 消えてしまえば、初めから捜すつもりで見なければ、法術士でも気付かないだろう。
「いや――待てよ……」
 時間が経てば消えてしまう。レオアリスが気付いたという事は、術が使われたばかりだったか、それとも。
「夜行が目撃されたのは明け方か?」
「いいや。深夜に近いかな」
 あくまで夜行が法術に依るものと仮定して、だが、法術の気配が朝まで残っている理由は幾つかある。
「ひょっとしたら、法陣か、それに近いものがあったのかもしれない」
「現場を見たら、もっとはっきり判る?」
「とは思うけどな」
「じゃあ、ちょっと見てよ」
 アスタロトはあっさりと言ったが、レオアリスはさすがに頷きかねた。
「それは不味くないか? 正規の管轄に口出す事になる。第一正規軍の法術士がいるだろう」
「今まで、現場を見たのは下手すりゃ失踪の翌日だったり、それに法術士も出してなかったから、法術の気配を感じ取ったヤツがいないんだ。当然うちの法術士にも確認させるけど、お前に見てもらって判る事があるかもしれないじゃん」
「けどなぁ」
「派手な割には手がかりがなかなかなくてさ、今日のお前の情報は結構大きいんだ。家族達も娘が消えてだいぶ参ってるみたいだし、できるだけでいいから協力してよ。正規軍将軍として、近衛師団大将に協力依頼。口出しとか言わせないように、ちゃんと西方には言ってきたから」
 アスタロトはにこりと笑った。どうやら最初にそう話を決めてから、レオアリスへ持ってきたようだ。
「……まあ、それで役に立つなら」
「ホント? ありがとう! いつでも都合のいい時に行って。それと、夕方は下層に聞き込みに行くからよろしく」
「聞き込み? そんなのお前じゃなくったって」
 正規軍将軍自らがやる事とは思えないのだが、アスタロトは自分で何かをやるという事の方にすっかり気が向いている。
「気になるだろ、夜行って。どんなものか見て、正体暴いて、その上で失踪者全員無事に連れ戻す。それに祭なら聞いて回るのにぴったりだし、ついでに祭も楽しめるし」
 どちらが主目的なのか判らない口調でそう言って、アスタロトは満足そうな様子で立ち上がった。
「じゃあ、夕方くらいにまた来るから」
 アスタロトは扉に向わず、来た時と同じように窓を開けた。レオアリスの呆れた声が後を追う。
「廊下から帰れ」
「気にするな。どっちが利便性が高いかってだけの話だ。アーシア、行こ」
「はい。失礼します、レオアリスさん」
 ぺこりと頭を下げ、アーシアは窓から身を乗り出して、ひょい、と跳んだ。
 四角い窓の枠からアーシアの姿が落下して消え、次いで羽ばたきの音と共に、濃紺の鱗をした飛竜が浮上する。
「全く……」
 レオアリスは溜息を一つ吐きつつも、中庭から飛び立つアーシアとその背のアスタロトに手を振った。
 アスタロト達の姿が棟の屋根の向こうに消えた後、レオアリスは扉を振り返った。
「さて、と。グランスレイは反対するだろうな……」
 ただ行くなら早い方がいい。法術の気配はもう無くなっているかもしれない。
 そろそろ昼の休憩時間に差し掛かり、出かけるにはちょうど良かった。
 廊下に出たところで、角を曲ってきたクライフと行き会った。
「あれ、上将、アスタロト様が来てたんじゃないんですか?」
「ああ、たった今帰った」
「すれ違わなかったですが――窓からっスか。玄関の所で一目見ようって出てくるのを待ってる奴等がいたんですが」
 クライフはにやりと笑って「残念だったな」とまだ玄関前にいてアスタロトが出てくるのを待っているだろう隊士達に同情を寄せた。
「次回からは中庭で待ってた方がいいって言ってやらなきゃな――それは?」
 クライフが持っている書類を眼で示す。どうやらクライフはその書類をレオアリスへと持ってきたようだ。
「一応、今朝の拾得物の中身です。それほど確認の必要もないと思いますが、机の上に置いときます」
「判った。何か所有者を特定できそうなものは入ってたか?」
「いやぁ、これと言って。持ち主は声からして女だと思うんですが、女っぽい持ち物もないし。まあ水晶が幾つかあったようですけどね」
「水晶?」
 クライフは親指と人差し指で長さを示して見せた。
「一寸くらいの欠片です。俺も見たけどたいした値打ちモンでも無さそうですよ。それ以外は小銭程度の金と、それから地図ですね。これじゃわざわざ取りに来ないかもしれないな」
「ふうん……」
 遠く、正午を報せる時計台の鐘が鳴る。クライフは書類を脇に挟んだ。
「上将は? 昼行きますか?」
「いや、アスタロトに頼まれて、朝、西方が立ってた館をちょっと見に行ってくる」
「あそこを? 行ったらあんま面白く無さそうですけどね、正規の管轄じゃ」
「まあ、な。その前にちょっと」
 隣室の扉を気が進まなさそうに指差すレオアリスを見て、クライフも苦笑した。
「副将もアスタロト様の頼みじゃ仕方ないって言いますよ。俺も行きましょうか? 上層」
「いや、一人の方が刺激しなくていいだろう」
「了解。お疲れ様です」
 クライフが書類を置きにレオアリスの執務室に入るのを見てから、レオアリスはグランスレイの執務室の扉を叩いた。





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