辺境軍は第七区と呼ばれる地域一帯を所管している。これは軍内の呼称で、辺境軍が正式には正規東方軍第七大隊という為だ。 実際にはその一帯をミスティリア地方と言った。 駐屯地はミスティリア地方最大の街、軍都サランバードを拠点に置かれ、この地方と辺境部の治安保守、またミストラ山脈を越えて侵入しようとする兵力の監視、排撃を任う。尤もここ数百年他国の侵入はなく、監視も少し穏やかなものになっていた。 とは言え主要な山道の要所には監視所を設け、一個小隊が駐屯している。 ここサランバードは、ミストラ山脈からは距離で言えば約六十里、馬程でおよそ二日程の距離があった。 駐屯している兵数はサランバードで中隊一隊約千名、ミスティリア地方全体で三千の兵数があたっている。 ミストラの監視所から急使が走ったのは夕刻の事だった。 近衛師団が動いている、と第一報はそれだった。 「師団? ミストラでか?」 正規東方第七軍副将イェンセンは、拠点となるサランバードの城内の執務室で慌ただしく入室した下士官に眼を向けた。五十がらみのしぶとそうな男は、白いものの混じった顎髭を手で擦った。 「規模は?」 「中隊一隊です」 「中隊かよ、でかいな。で、所属は言ったのか」 「第一大隊中隊右軍です。任務により山中の制圧行動に入る、看過されたし、と一報があったようです」 「ったく、王都じゃあないぞあそこは」 呆れた口調でそう言ったものの、イェンセンは髭を引っ張る手を止めて考え込んだ。 近衛師団が動くということは、王命が下っているということだ。 しかも第七軍に当然あるべき事前の通告が無かったとなれば、その任務が密命ということを意味する。 (おまけに第一か。剣士が出てんのか?) あの辺りで何があっただろうかと思いを巡らせ、イェンセンははたと自分の頬を打った。 彼の指示を待っていた下士官が驚いて背筋を伸ばし副将を見つめたが、戸惑う部下の様子に構わずイェンセンはぶつぶつと口の中で呟いた。 「こりゃ参った。下手すりゃ絡んでると思われかねん。事前に断りが無かったって事はもう思われてるか……?」 確証はなくとも疑義はあるということか。 いや、イェンセンが把握する限りで第七軍内部が密猟に関わっているという事実はない。疑義と言っても可能性を考慮している段階までではないか。 近衛師団が直前なりと作戦行動を通告してきたということは、第七軍に関わりなしと判断したか。 (そう安易な判断もできん) 「イェンセン副将、あの、いかように……」 下士官がイェンセンの思考を妨げるのを恐れるように口を挟むと、漸く灰色の眼が上がる。 「あ? ああ、師団か。構わん、要望通り動かせてやれ。ただ動向は随時把握して伝えろ」 敬礼して退出する下士官の背を目で追いながら、イェンセンは一度深く腰掛け、またすぐに立ち上がった。 どちらにせよ、王都の総本陣に確認してみる必要がある。 第七軍大将、レベッカ・シスファンに報告と相談を行うため、イェンセンは扉を出ると、廊下の突き当たりにある大将執務室へ向かった。 |