木々の間を足音が走る。 深い闇を幾つもの松明の灯りが過ぎる。 彼は遠くへ逃げるつもりだった。妻と子等が隠れている場所とは逆へ。 なるべく遠くへ。 彼等だけは、何としても、どうあっても生き延びさせなければいけない。 右手の木の影から男が二人飛び出す。慌てて方向を変えた。白い毛に包まれた長い尾が跳ねる。 「いったぞ、捕まえろ!」 視界の先に別の影が躍り出る。彼は地面を蹴り、斜面に突き出した岩を駆け渡り男達の頭上を越す。 土に降り立ち再び駆け出そうとした彼の目の前に、どさりと白い固まりが落ちた。瞳が驚愕に見開かれる。 『! ラー!』 高く叫んで白い毛並みに包まれた、小さな身体に駆け寄る。べっとりと赤い血に濡れ、すでに事切れた身体を、震える腕が掻き抱いた。男達が悠然と彼の周りを取り囲み、地面に蹲った姿を見下ろした。 「テメエだけ逃げようなんて、大した根性だよなあ。ガキは恨んでるぜ」 「お前も馬鹿だな。隠したつもりでも、ガキがぴーぴー鳴くからすぐ居場所なんてわかっちまう」 喉の奥から低い唸りが漏れる。犬に似た鼻面の上に皺が刻まれ、牙が剥き出される。 だが男達の手にする武器の前に、それは余りに力なく見えた。 赤い瞳が、一人の男が手に提げた袋を捉え、大きく見開かれた。 袋は大きく膨れ、布に赤い血の染みが浮き上がっている。 言葉にならない苦鳴が、アリヤタ族の男の口から押し出された。 「置いて逃げ出すのが悪いんだぜ」 にやにやと、さも可笑しそうな薄笑いを浮かべた男達を、怒りと絶望、悲痛の混ざり合った瞳が睨む。 『……自分達が何をしたか、解っているのか!? アリヤタは――滅ぶ』 アリヤタの絶望の叫びにも、男達はまるで感じるものも無いように、薄ら笑いを覗かせている。 「知ったこっちゃねえよ」 「おい、滅んじまうなら価値が跳ねるんじゃないか?」 「よーし、もっと吹っかけようぜ。買う奴はいくらでもいるんだ、言い値だよ」 笑い声が満ちる。 奪われた命と、遠くない先に奪われようとしている命。 消えていく種族の火。 笑い声が満ちる。 『貴様等……』 その声は、喉の奥で力なく震えた。 何故だ。何が悪かった? 自分達はどこで間違った? 苦しみから逃れようとせず、木の皮を 笑っている。 何故だ。 彼らが今、手にしているものは。 あれは、アリヤタの未来だった――。 混然とした思いを全て叩きつけるように、アリヤタの男は吠え、白い身を翻して飛び掛かった。 |