九
王都を覆う夜の帳が、ゆっくりと西に後退していく。澄んで冷えた大気が、厚い石造りの城内にも静かに染み込んで、それが全ての音を吸収しているかのように思える。王の執務室の中にもその冷気が室内を覆うように漂っていた。
「レオアリスは、北方へ向かいました」
傍らに立つアヴァロンに視線を向け、王は無言のまま頷く。
養い親に会えば、レオアリスは十七年前に時起こった事とその理由の、全てを知るだろう。知った時に、どうなるのか。
自分を憎み、敵対する者となるか。
それとも。
王は何かを期待するかのように、薄く笑みを浮かべた。
それからふと、次第に白み始めた夜のしじまに金色の視線を注ぐ。
あれはいつの――どこの戦場でだっただろうか。
もう既に遥か遠い過去のようにも、昨日の事のようにも思える。時間は王にとって、それほど意味を持たずに流れていく。
あれは、バルバドスの戦乱の折だ。ならば三百年ほど前の事か。
あの時の彼等は、王国の要請に応えて戦場に赴いた。
あの、剣士。
一度だけか、直接話す事があっただろう。
屍の山の上、紅い夕日と返り血を全身に浴びて、笑った――。
『不思議なものだ。俺達は闘う為に生まれる。他と馴れ合わず、受け入れず、ただ切り裂く者としてのみ、存在する』
『それなのに時折、心に入り込んでくる者がある。ほんの些細なきっかけからかもしれないし、命を捧げる程の想いからかもしれない』
『ただ、そうなれば、俺達は剣だ。その相手、それだけを守るための剣として、自らの生にもう一つの意味を得られる』
あの剣士は、未だその相手を得ていないと言っていた。
『剣士にとって、その剣を捧げるべき相手を得る事は、何ものにも変えがたい喜びだ』
『私も、そのような剣を得たいものだ』
『いずれ得られるだろう、王よ。貴方なら』
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