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王の剣士3 「剣士」
【第四章】


 雪に覆われた廃墟の中に立ち、バインドはさも懐かしそうにその場を見渡した。
 明け方に再び降り始めた雪は、廃墟を更に白く染め上げていく。
 雪が覆っていなければ、崩れて焼け爛れたそれらを見る事が出来るだろう。だが一見しただけでは、おそらくそれが家だった事は分かるまい。
 自分がこの手で破壊し、焼き尽くした。ここに住む者達も全て切り裂いた。
 あれは、それまでどの戦場でも味わった事の無い感情だった。
 快楽。
 自分の裡からとめどなく溢れる、切り裂く事への渇望。
 落された腕は再生する事はなく、それは抑え難い苦痛を伴った。絶えず痛み続ける傷跡よりも、斬る事を封じられた、その事が強い苛立ちと焦燥を生んでいた。
 だが絶望の中、切り刻む事への渇望は、やがて左腕に新たな剣を生んだ。
 そして、その剣をかつてのように使いこなせるようになるまで、これだけの時がかかったのだ。
 あの時、右腕を切り落とした、青白い剣風――。
 バインドは瞳を上げ、雪に覆われた木立の間を透かし見た。
 もう、ここに来る。近づいて来るのが感じられる。
 愉悦が、その頬に踊った。
 あの年若い剣士は、十七年前に斬った剣士よりも強いだろうか?
 あの剣士は強かった。初めて、あれほどの相手に出会ったのだ。
 力は拮抗していた。いや。
 あの男の方が自分より上回っていた。
 一瞬でも気を抜けば、切り裂かれていたのはバインドの方だっただろう。その事が逆に、バインドの中にこの渇望を目覚めさせたのだ。
 それまでの戦いは、ひどく退屈だった。力を出し切れる相手などどこにもいない。敵を切り裂く事は、まるで単純な作業のようだった。
 だがそれなら自分は何の為に存在しているのか。
 生も死も賭けられず、戦う相手も無い。
 自分の存在が空虚なものに思え、全てが煩わしかった。
 そんな時に目の前に現れた剣士。
 剣を弾かれ、受ける都度、力が増していくのを感じた。
 それでもあのままの状態であれば、自分が今生きていたかどうかは分からない。それもまた悪くはなかっただろう。
 だが、あの時――ただ一瞬だけ、あの男の視線が逸れたのだ。
 遠く離れた森の方角に、ただ一瞬。
 何の為かは分からない。だがその剣の持つ力を、一瞬だけそこに向けた。
 それで、勝敗は決した。
 ただ一瞬のうちに、生と死は逆転し、バインドは呆然と足元に倒れた男の身体を眺めていた。
 何が起こったのか、理解できなかった。
 勝利の喜びなどない。虚ろな心の中に沸き起こったのは、怒りだ。
 何があの男の気を、自分から逸らした?
 自分との戦い以上の、何があるというのか。
 勝利に駆け寄った副将を切り捨てた。
 驚き、そして憤り、それから恐怖の内に逃げ惑う自軍の兵士達を、目につくものから全て切り裂いた。
 周囲が何百、何千という死体で埋まっても、苛立ちは収まらなかった。
 そうして、森に、あの男の視線が向いた方角に向った。
 無性に知りたかった。そこに何があるのか。
 辿り着いた里で他の剣士達と戦った。右腕の剣は男との戦いで既に限界に近付いていたが、さほどの手間はかからなかった。家々を破壊し、捜し回った。
 剣士達が護る先に、目指すものが在るはずだ。
 剣から迸る炎が自分の周囲を焼き始めるのにも構わず、ただそこを目指した。里の者全てを切り伏せ、その先にあった家の壁を吹き飛ばした。
 崩れ落ちる石となだれ込む炎の中、女が一人、立っていた。
 たった今まで床に臥していた様子でひどく弱っていたが、それでも剣を手にし、決然と光を宿した瞳で、自分の前に立ちはだかる。
 女の後ろに、小さな白い布の包みが置かれていた。
 そこだと、判った。
 女を切り裂いた瞬間、その背後から青白い光が膨れ上がり、右肩に鋭い衝撃を感じた。女が制止の声を上げ、その光を隠すように覆い被さるのが見える。
 あの男の剣と同じ光――。
 気が付いた時には、どこか見知らぬ場所にいた。
 激痛に目をやると、右肩から先が無かった。



 右肩に左手を当てる。バインドは失われたはずの腕が齎す痛みを、愛おしむように撫でた。
 肩に注いでいた視線を上げる。
 その先に、長い間待ち続けた者の姿があった。





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