九
村人達はレオアリスの周りに集まり、名残惜しそうに彼等の育て子を見つめた。その顔はどれも皆、恨みがましい色を浮かべている。
「来たのも教えんで、もう帰るとは、薄情もんが」
「カイルもカイルじゃ。わしらに黙って」
祖父が取り囲まれて口篭る様を眺め、レオアリスは可笑しそうに肩を震わせた。そうしながら、こうして再び笑える事に、強い安堵を覚えていた。
その姿に一斉に老人達の厳しい視線が向けられる。
「何を笑っとる、お前もじゃ」
じろ、と睨まれてレオアリスは無理に笑いを押さえ、肩を竦めた。それから改めて彼等一人一人を見回す。
「――もう行くよ。また来る」
「年に一度しか戻らんくせに」
「いつじゃ」
「来る日を教えて行け」
「んな事言ったって……」
四方から詰め寄られ、言葉に詰まって数歩後退る様を眺め、ロットバルトは苦笑を零した。
「上将。よろしければ、報告は私が先に戻って上げておきますが」
老人達は嬉しそうに頷き合い、レオアリスに再び詰め寄った。
「気が利くのう」
「そうじゃそうじゃ。二三日帰らんでも問題はないわ」
「いっそ帰らんでええ」
「それは困りますね。我々には大将が必要です」
老人達は今度はロットバルトに顔を向ける。
「横暴じゃ!」
「そう仰られても」
ロットバルトは老人達に詰め寄られても素知らぬ顔だ。レオアリスはその様子に笑い、それから僅かに迷う素振りを見せたものの、やはり首を振った。
それは自分の任務として、王から与えられたものだ。
落胆を浮かべ、肩を落とした村人達に再び顔を向ける。
「……またすぐ来るさ。いない間にじいちゃん達がぽっくり逝っちまっても困るし」
そう言ってにや、と笑ってみせる。
「なんちゅう口の悪いガキじゃ」
「そうそう死なんっ」
「お前みたいな孫がいたんでは、気になって死ねん」
口々に言いながら、それでも老人達は代わる代わる、レオアリスを抱き締める。
最後にカイルがレオアリスに歩み寄り、束の間その顔を見つめ、身体に腕を回した。
祖父の背を見つめたまま、レオアリスは身体を暖める温もりを噛み締める。
ずっとこれを感じて育ってきた。
あの手も、これと変わらない温度を持っていた気がする。
「――俺、多分ジンに会った」
呟かれた言葉に、カイルや老人達が瞳を見開いてレオアリスを見つめる。数度躊躇うように開きかけた口が、結局何も紡ぐ事無く閉ざされた。
「単なる、夢かもしれないけどな。……笑ってた」
カイルは一度だけ、静かに瞳を閉じた。
「――そうか」
胸に架けた石は、もはや何も言わない。
ただ深い青い色を湛えてそこにある。
レオアリスは顔を上げた。
「……俺は、この村が好きだよ」
カイルが少し呆れたように笑う。
「止めるのも聞かずに飛び出した奴が、良く言うわ」
「そうだけど。俺を、ここまで育ててくれた」
色々なものをここで培ってきた。彼等なくして、今の自分は有り得ないだろう。
「まだ、礼も言ってなかったな」
レオアリスは改めて彼等に向かい合うと、静かに、深く頭を下げた。
「ありがとう」
飛竜の銀の翼が大きく風を孕んで空に浮かび上がる。
一面の白銀の世界が、陽光を受けて眩しいほどに輝く。
ここは、これから雪が降り続け、外界から隔絶された厳しい冬を迎えるのだろう。
レオアリスは暫く白い森の奥に視線を注いでいたが、やがてそれを戻すと、まだ飛竜を見上げたままの村人達に大きく手を振った。
手綱を引き、騎首を南に向ける。
「戻るか」
王都へ。
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