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王の剣士4 「かりそめの宴」
【序】

青い花 (一)

 ゆっくりと木立を揺らして風が抜けていく。瑠璃色に澄んだ小さな池が、秋の終わりの木立の中にひっそり波打っている。
 少年は池のほとりに一人立っていた。
 手には小さな籠を抱えている。籠の中は、薄青い親指の先ほどの小さな花で埋められていた。五枚の花弁の儚げな花は、籠の中に天空の星を集めたようだ。
 少年の歳の頃は十七、八。うなだれた視線は、先ほどからずっと足元の白い石碑に注がれている。
 片手で抱えられるほどの、ぽつりと残されたような墓標。それはこの秋の薄い日差しにさえ溶けてしまいそうだ。
 ひっそりとしたその様に、少年の脳裏にありし日の姿が甦る。
 生きている時ですら、ずっと密やかな影のようだった。
 儚げで、水面に映る月のような。
『ミオスティリヤ』
 自分を、忘れないで。
 いつも少年をそう呼んだ。
 水面から寄せる、かそけき波音の囁き。小さな池から、重なり追いかけるように少年の足元に打ち寄せる。
『ミオスティリヤ』
「……うるさいな」
 優しい、柔らかい声で。
 身に纏い付く、呪文のようだ。
『忘れないで』
「忘れるよ。――あんたなんか、思い出さない」
『忘れないでいて』
 星を見るような、遠くを見透かす瞳で。
 少年の瞳の、その向こうを常に見ていた。
 もう既に手の届かなくなった女だ。
 片手を上げ、右の瞳を覆い隠す。
「俺は、この名を捨てに行く」
 少年は手にしていた籠から、薄青の小さな花弁を墓標に振り撒いた。
 さよなら、と唇の形だけで呟く。
 白い墓標の上に、花弁は星屑のように散った。



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renewal:2008.8.16
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