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王の剣士 六【紺碧の守護者】

第一章「フィオリ・アル・レガージュ」


 青く輝くレガージュの港に、出港の準備を整えた一隻の帆船が揺れていた。二本の帆柱に括り付けられた帆を張れば、もう走り出せる。
「ブレンダン!」
 ザインは船の甲板にいる男に声を掛けた。船体の左右にそれぞれ八本の櫂を備えた小型の帆船で、この船は南海に出るのではなく、シメノス大河を遡り王都へ向かう。
「おお、ザインか」
 船首にいた四十代後半の男が、ザインの姿を見つけて立ち上がる。長年船を操る事で鍛え上げられた筋骨たくましい大男だ。
「ブレンダン、これから出港かい」
 ブレンダンは甲板に掛けられた梯子をするすると降りてきて、つるりと禿げて良く焼けた頭に乗せていた小さな帽子を被り直した。日除けにはなりそうにない。
「やけにめかし込んでるなぁ」
「そりゃそうよ、王都にファルシオン殿下の誕生祝いの為の食材を運ぶんだぜ」
「ファルシオン殿下の。そりゃ名誉な役目だな。けど、ご生誕日は十日後だろう、幾らあんたの船がシメノスで一番速いったって」
 王都までは馬で街道を二ヶ月、船で河を遡るにも一月半はかかる行程だ。ブレンダンの船なら一ヶ月と五日くらいに短縮できるかも知れないが。
「心配すんなって、船で運ぶのはいつもの交易品だけだ。殿下への品はこいつで運ぶ」
 ブレンダンは帆船の傍に浮いている大きな六角形の囲いに近寄り、掛けてあった布の端を持ち上げた。囲いは鉄の柵で作られていて、船に鎖で繋がれている。
 覗き込んだザインが唸る。
「船竜か、こいつはでかいなぁ」
 囲いの中で、馬ほどもある長い生き物が水に揺れていた。
 黒っぽく硬質の鱗に被われているが、竜というより魚のような外見をしている。船竜というのは呼称で、空の飛竜に対してレガージュの人間がそう呼んでいた。
 背中の両側に付いた長い二つのヒレは、開くと薄い皮膜がある。巨大な飛び魚といった様相だ。
 タルボットという重そうな名前の生物だが、速い。
 輸送力は高くはないものの、鮮度重視の品や急ぎの注文品を運ぶ時に重宝されていた。
「五日で着くぜ」
 ちなみに、水面ギリギリを疾走し、時折薄い羽を広げて跳ねるように飛ぶので、乗り心地は悪い。
「急ぎ過ぎてシメノスに落ちないでくれよ。ところで一つ頼まれてくれないか。近衛師団の、王の剣士に手紙を届けて欲しいんだ」
 ブレンダンはザインが差し出した封筒を受け取り、瞳を見開いて表面を見つめた。
「何だザイン、やっぱあんた知り合いかい」
「直接じゃないけどね。この手紙はユージュが書いたんだ」
「へぇ、可愛いじゃねぇか。何だ、どんな知り合いだよ」
 ブレンダンは興味津々とザインに近寄った。
「彼の父親のジンを知ってるんだよ。古い友人でね――王の剣士とは会った事がないんだが」
「へぇえ! あのジンか! すげぇなぁ、さすがウチの剣士だな」
 大きな声を上げて驚き、それから誇らしそうな嬉しそうな顔をして、ブレンダンは手にしていた封筒を目の辺りに持ち上げた。
「まあ任せとけ、俺が責任持ってきっちり届けるぜ」
 封筒を懐に括った革の鞄にしまい、確かにしまった事を示すようにその上を叩く。
「余計な手間を掛けて悪いな」
「何言ってんだ、あんたの頼みならお安い御用だよ。それになんたってこりゃ、ある意味親書みてぇなモンだしなぁ」
「はは、ユージュがほとんど書いたんだぜ。ところで、いつ帰るんだい」
「殿下のご生誕日で王都は盛り上がるだろ。そいつをちょっと味わって、それから目ぼしいモンを見繕ってくる。帰りはこの船を待つから三ヶ月後くらいになるかねぇ。まあ船竜こいつを先に帰すつもりでいるから、俺も船はせがれに任せてそん時帰るかもしれねぇが」
「そうか、気を付けて行けよ」
 ザインはブレンダンの肩を、手を置くように叩いた。
「ああ、手紙も預かってるからな、大事に行くさ。それじゃあな」
 船に戻りかけ、ブレンダンは思いついて振り返った。
「そうだザイン、返事いるんだろ、手紙」
「返事か――」
 相手は近衛師団の大将だ。まずすぐに手元に渡るかも判らないし、本人が読むとも限らない。
 ユージュの為には返事が欲しいが、そう期待もできないだろうと思った。
「貰えればいいが、返事の事まで気にして貰うのも悪い、まあ気長に待つよ」
「何言ってんだ、これだから三百年も生きてるヤツは。しっかり貰って来てやるよ」
 そう言うとブレンダンはまた梯子を身軽に登り、甲板の上から手を上げて挨拶を寄越した。それが合図のように、船がゆっくりと動き出す。船竜の籠も括った鎖に引かれて続いた。
 櫂で水を掻き桟橋から離れると、二本の帆柱に巻いていた白い帆を一斉に張った。
 帆が風を掴み、船は真っ青な空の下、シメノスの大河を遡り始めた。





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