六
青い世界がゆらりと揺れる。
照らす光は幕を通したように薄く、儚い。
手を延べれば指先に絡むように、身を包む世界は質量を持っていた。
けれどもう、何も掴めはしないのだ。
世界は重苦しく身を縛るだけ。
「――」
ずっと黙ったまま椅子に凭れている相手に、それは今までの話を確認するように視線を向けた。
「よろしいのですな」
「――」
「沈黙は何より雄弁。御方の意思を示しておられると」
それはそこで口を噤んだ。相手が向けた視線の中に、刃のように鋭い光を見つけたからだ。
「意思? どうかな。――私の意思は、三百年の間に変わったかもしれん」
「――」
「こんな所まで顔を出して、帰れないとは考えていなかったのか?」
じわり、と質量が増す。皮膚を圧迫する気配に、それは思わず息を詰めた。
凍り付いた時を動かす。
それが今回の役目だ。
三百年振りに、こうして向かい合い、意思を確認する為に。
「――ふふ」
微かな含み笑いが揺れ、耳に触れた。それの意識を見透かすように、相手は瞳を細めた。
「どうやらその覚悟もしていたようだ」
「――では」
詰めていた息は安堵となって吐き出された。普段のそれらしくない。
恐らく相手の意思がそれの目論見と違えば、ここから無事帰る事は難しい。
腕や脚の一本――その程度で代えられれば、まだ幸いだ。
だがそれのそんな覚悟もどうでもいい事のように、相手は視線を外した。
「話は判った。好きに動くがいい。それとも手が必要か」
「――いずれ」
率直な返答に、今度ははっきりと笑い声が弾けた。
「気が向いたらな」
そう言って椅子に凭れかかり瞳を閉じる。それは立ち上がり身を揺らした。
「では、まずはご覧あれ」
ちゃぷん、と水音が跳ねた。
「手始めにレガージュを陥しましょう」
それを聞いても眉一つ動かさない相手を、じっと見つめる。あと一押し、踏み込む。
「あの方も――、アル・レガージュを要と考えておられました。良くご存知とは思いますが……」
「――煩いぞ」
一瞬膨れ上がった切り裂くような怒りの気配にそれは身を凍らせ、だが音の無い笑みで返した。
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