TOP Novels


王の剣士 六【紺碧の守護者】

終章 「変転」


 レガージュ交易組合長カリカオテは、ファルシオンとマリ王国海軍との会見が始まってからずっと、港の桟橋に彫像のように立ち沖合いに並ぶ軍船を見つめていた。
 マリの火球砲が撃ち込まれ港が騒然とし、レガージュ船団の男達がマリ王国海軍へと船を駆った時――近衛師団と正規軍の飛竜が飛んだ時、その都度、これで戦いを避けられないのかと覚悟した。
 マリ王国海軍が海中に火球砲を一斉に撃ったのを見て何があったのかと驚き、海が立ち上がり荒れ狂う姿に、もはや引き返せない所まで踏み込んだと思い、膝が震えた。
 マリ王国だけではなく、西海との争いに発展する事と、そして万が一にも、あの場にいるファルシオンが命を落とす事があったら、と――
 いつの間にか港も街もしんと静まり返り、荒れ狂う海と波に揉まれる船、そしてその背景の奇妙に青い空が別世界の出来事のように感じられていた。まるで伝説の中の時が止まった街のように、誰もが立ち尽くし言葉を失って沖合いを見つめている。
 ひしめき海に落ちそうなほどの人だかりができていながら誰一人その場を動かず、そして唐突に、空は何事もなかったかのように晴れ、海は静まり、マリ王国海軍の軍船さえも動きを止めた。
 ふいに海から立ち上がった一陣の風が、カリカオテが纏う長衣を飛ばしそうなほど吹き付け、街の斜面を駆け上がってその先の丘の向こうへと消える。
 傍らに立っていたエルンストがぶるりと身を揺すり、冷たい手を襟筋に当てられたような顔で風の抜けて行った先を振り返った。その風が合図だったかのように、レガージュに再び騒めきが戻る。
「カリカオテ――、一体何が、どうなっているのだ」
 ビルゼンはそう口にしたが、彼もまたカリカオテがそれに答えると思っていた訳ではない。
「殿下は……」
 言葉が続かない。
 穏やかに静まった海が余計に不安を掻き立て、カリカオテもエルンストもビルゼンも、食い入るように沖合いの船団を見つめた。港はざわざわと揺れながら、まだ呑まれたまま、具体的に何か行動に移そうという者はいなかった。
 ふと、誰かが腕を上げ、船団を指差した。「おい、あれを見ろ――」
 マリ王国海軍の船団がゆっくりと動きながら左右に割れ、中央から一隻の船が進み出る。
 船は青い空を背に真っ白な帆を張ると、帆に風を受け、レガージュを目指して進み始めた。
「殿下の船だ――」
 どこかで声が上がり、カリカオテも頷いた。確かに、会談に赴くファルシオンを送った船だ。
 次第に近付く船影の、帆柱の先に旗がなびいているのが見える。
「旗だぞ」
 港を出る時には、船は近衛師団旗だけを掲げていた。
 カリカオテは鼓動を押さえ、目を凝らした。傍らでエルンストが息を呑むのが聞こえる。
 旗は二旗、風に靡いていた。
 近衛師団旗と――、レガージュ。
 会談の始まりにはマリ王国海軍が掲げる事を認めなかったフィオリ・アル・レガージュの旗が、海原と空にその姿を示すように翻っている。
 カリカオテは声が震えるのを感じながら、呟いた。
「――では、会談は」
 港に歓声が上がる。それは瞬く間に街全体に広がった。



 夕暮れになっても港はざわざわと騒がしさを収めなかった。港には今、マリ王国海軍の軍船が他の交易船やレガージュ船団の船と並び、重そうに威風漂う船体を揺らしている。
 フィオリ・アル・レガージュの港に十一隻もの軍船が停泊するのは、国内外の物を問わずおそらくこの三百年来初めての事だろう。レガージュの住民達は港に集まり、まだ不安混じりに、しかし今は珍しさの勝った様子で居並ぶ軍船を見上げていた。
 船が桟橋に接岸し、降り立った王太子ファルシオンを見た時の歓声と、負傷したザインやファルカンの姿への驚きがまだ残っている。やはりマリ王国海軍と戦ったのかと思ったが、ファルシオンが近衛師団と正規軍を従えて桟橋に立ち、後から接岸したマリの軍船から降りた将校を迎えた事で安堵と少なからず新しい疑問に変わった。
 港だけではなく街のあちこちが騒がしい。当然、王太子ファルシオンとレオアリス達近衛師団将校、ファルカンやザイン――そしてマリ海軍の将校数名が入ってしばらく経つ交易組合会館の前の広場にも、多くの住民達が集まっていた。



 レオアリスは室内に揃った顔触れを見渡し、つい三刻ほど前にはもっと深刻な表情で、同じこの場所にいた事を思い返した。マリ王国の疑いをどう晴らすか――、確証も手段もほとんど無く、室内は重苦しい緊張に満ちていた。
 今はファルシオンが座る円卓の対面に副官を従えたマリ王国海軍提督のメネゼスが着き、円卓の右側壁際にレオアリス達が、左側にはカリカオテやエルンスト等とファルカン、そしてザインが立っている。
 それは事態の収束を物語る姿に見える。
(収束――)
 レオアリスは束の間、窓の外の海に瞳を向けた。その言葉に実感は無い。
「マリ王国メネゼス提督閣下、フィオリ・アル・レガージュへおいでくださり、お礼をもうし上げます」
 ファルシオンは幼い顔を躊躇わずメネゼスへ向け、そう切り出した。その大人びた様子に、レオアリスはファルシオンを見つめた。
 ファルシオンもまた、港を出る前と今とで、大きく変わったように思える。それは若木の枝に鮮やかな緑が芽吹く印象があった。
「本当は早くお体をやすめていただきたいけれど、我々はもう少しお話をしなくてはいけないと思います」
「王太子殿下の仰せの通り、王へ報告する前に互いの内容を整理する必要があるでしょう」
 メネゼスはそう頷き、そこに居るのがまだ幼い王子ではなく、成人した一人の国使と相対するように黙礼した。
「ファルシオン殿下。貴方のお陰で我々は、愚かな過ちに踏み込まずに済んだ。その事にまず、御礼を申し上げます。そして何より、この美しく豊かな街にこうして身を置ける機会を失わなかった事に」
 ファルシオンは柔らかい頬を紅潮させた。
 今、この場こそが、アレウス王国国使ファルシオンとマリ王国国使メネゼスとの正式な会談の席と言えるのかもしれない。
 カリカオテ達はメネゼスの言葉でマリ王国の疑いが晴れたのだと実感し、ようやく僅かに肩の力を抜いた。けれど依然として、場には慎重な空気が漂っている。メネゼスはその空気を切り裂くように続けた。
「既に互いの間にあった亀裂はほぼ埋まっています。だが、原因がどこにあったか、何が行われたか、明らかにしなければなりません」
 原因、とレオアリスは呟いた。ゼ・アマーリア号の襲撃もマリ王国海軍への襲撃も、それがヴェパールの仕組んだ計略によるものだという事実は、既にメネゼス達の上にも明白になっている。
 だが、それが結論ではない。
 ファルシオンとメネゼスが挟む円卓の、漆で塗られた艶やかな表面とその下に浮かぶ異国の様式の模様が、海面で隔てられたあの別世界に意識をいざなう。
 地上とは全く違う。それが西海と、相容れない由縁だろうか。
(相容れない――)
 そう言い切る事に、まだ違和感はある。
 けれど船上に戻り、初めてファルシオンの無事な姿を確認した時に押し寄せた後悔に近い疑問――自分は本当に重視すべきものを見誤っていたのではないかという疑問もまた、レオアリスの中にあった。
「大将殿」
 呼ばれて、レオアリスは思考から意識を戻した。メネゼスの隻眼が自分の上にある。
「我々にとって不明なものがさほど多いとは思っていない。ただその内一つは貴侯が知っているものだろう。正直に言えば最も気になっていたところでもあり、おそらくこの場の者全て」
 メネゼスは一旦、ファルシオンやスランザール、ファルカン、そしてレオアリスの傍らに立つグランスレイ達を見渡した。「船上に残っていた者達にとって、一番の関心事だろう。まずはあの海の中で何があったのか、説明していただけまいか」
「――」
 どう説明するのが、最も波乱の少ない方法なのか――、レオアリスは咄嗟に迷って頬を張り詰めた。港に戻る間にスランザール達と検討する時間が取れなかった分、その方針が定まっていなかった。
 だが確かに、メネゼス達マリ王国側には真実を知る権利がある。躊躇っているレオアリスを見て、メネゼスは苦笑と同情が入り交じった笑みを頬に刷いた。
「そう言えば、貴国は面倒な禁忌を抱えていたな。ならばまずは俺から尋ねよう」
 隻眼がレオアリスへ据えられる。
「ヴァイパルは倒したのか」
 メネゼスは場に漂う空気をあっさり切り裂くように、遠慮もなく口にした。
「――」
 ファルシオンやスランザール、ロットバルト、グランスレイ、フレイザー、そしてザインの、それぞれの問いかけるような視線を感じながら、まだほんの僅か躊躇い――、そしてゆっくり息を吐くと、レオアリスは顔を持ち上げた。
 どの道、伏せたままで通る話では無い。王都に戻り、王と諸侯の前に立った時、この言葉がどんな波紋を広げるのかと、ちらりと考える。
「――ヴェパールは、おそらく、死んだはずです」
 ある程度状況からそれを予期していながら、スランザールもグランスレイも、ロットバルトもさえも息を詰めた。ザインは彼等とは別種の感情を浮かべたが、すぐにそれを消した。ただの結果として聞いたのはメネゼスだけだ。
「大将殿が?」
「いいえ」
 レオアリスの口から出た否定に、他の誰よりも驚いたのはザインだった。今度は感情を消しきれず、強張った顔で身を乗り出した。
「お前じゃない? じゃあ誰が」
 そう口にして、ふいに瞳が険しさを帯びる。
「――まさか」
「ザイン、落ち着け」
 ファルカンが宥めるように肩に手を置く。
 レオアリスはザインを見つめ、ザインはあの声の正体をどこまで知っているのだろうかと思った。
「その瞬間を俺は見ていません。誰が手を下したのか――どうやったのか」
 自らの戟を胸に突き立て海中に横たわるヴェパールの姿が浮かぶ。あっさりと言っていい程容易く、ヴェパールは命を断たれていた。
 ユージュの覚醒に意識を取られていたとは言え、レオアリスはその気配に気付きもしなかった事に驚いていた。
 その手段もだ。
(奴自身の戟――あれが致命傷とは思えない)
 レオアリスがレオアリス自身の剣では傷付かないのと同様に、ヴェパールの戟もそういう性質のものだ。
(――見せしめ……いや)
 そんな意図すら感じられない。
 ビュルゲルの時とは全く違う。
 ただ単に、もう必要が無かったからではないか――そんな印象を受ける無造作さ。
 あの笑みを含んだ軽やかな口調。それに良くそぐうと、そんな事さえ思える。
 一度、手のひらに視線を落とした。包んでいた空気の膜。その手を握り込む。
「明確には言えません」
「明確には、か。幅を持たせた言葉に聞こえるが、考え過ぎか?」
「――いいえ」
「上将――前回と同じではないと・・・・・・・・・・?」
 グランスレイは驚きと戸惑いを含んだ口調でそう聞いた。ビュルゲルの時と――つまりは、海皇が手を下したのではないのか、と。
 レオアリスはきっぱりと首を振った。
「違う。その気配は全く無かった」
「――」
「手を下したのが誰か――、証明できない。そもそも、全ての証明が難しい。ヴェパールが本当に死んだのか、手を下したのが誰で、何の為か」
 息を吐き、明瞭に告げる。
「あの場にいたのは、俺だけだ」
 レオアリスの瞳には微かな、だが複雑な要素を孕んだ光が宿っている。
「――」
 ロットバルトは眉を潜めた。ヴェパールが死んだとあっては、西海がこの件に関してアレウス国側の責任を追及して来た時、著しく不利な状況に置かれる。
(しかも上将の立場にはかなり影響が出るだろう)
 影響、という範疇を越えているかもしれない。
 レオアリス以外誰も、その場を見ていない――。つまりは、レオアリスがヴェパールを斬らなかったという証明もまた、できないと言う事だ。
 グランスレイと視線を交わし、そこに同じ懸念を見つけてこの先の困難を想定しながら、レオアリスの面を見つめた。
 レオアリスが瞳に浮かべた光から、この状況が意味するものを、レオアリス自身良く理解しているのだと判る。
(どうする――躱しようはあるだろうが、そう簡単じゃあない)
 幾つかの方法について、既に試算を始めながら、ロットバルトはレオアリスと、ファルシオンとメネゼスを見た。
 重く漂った空気の中、一番に口を開いたのはザインだった。
「俺もいただろう」
 視線がザインに集中する。ザインはレオアリスへと鋭い瞳を向けた。
「まだ俺の提案は生きている。俺を斬って王へ報告するのが一番手っ取り早いかもしれない」
「ザイン!」
 ファルカンやカリカオテ達が青冷める。レオアリスは思わず殴りたくなり、相手はあれでも重症者なのだと言い聞かせて抑えた。
「貴方はまだそんな事を――。そんな提案は元々何の意味もない。いいからユージュの傍にいてください。大体まだ体力だって本調子じゃないくせに、他の事なんて考えてる場合じゃないでしょう」
 身も蓋もない言われ方に、ザインは眼を瞠って少し顎を引いた。
「――意外と、厳しいな」
「これが普通です」
 ユージュはまだ眠ったままだが、もう明日にでも眼が覚める。剣が覚醒し、その上急激に成長して、ユージュはきっとひどく混乱するだろう。そうしたら一番に必要なのは父であり、導き手であるザインの存在だ。
「とにかく、話にならない」
 きっぱりと言い切ると、それ以上はザインも言い募る事はなかった。ザインはユージュを寝かせている部屋がある方へ一旦視線を投げ、口元に微かな、だが温かい笑みを浮かべた。
「――素直に受けるよ。もう今更、ユージュを置いて行けないからな」
 そう言いながら、ザインはまだ重い自分の身体を不満そうに動かし、床に敷き詰められた絨毯の上に膝をつくと、ファルシオンを見上げた。
「ファルシオン殿下。そうだとはしても、私がこの場を騒がせたのは紛れもない事実です。負うべき責任は果たすつもりでおります。いかようにも、ご命令を」
「――私たちは、本当のことを、ちゃんと知らなくちゃいけない」
「その件なら、私はお役に立てるでしょう」
「ザインさん」
 確信を帯びたザインの言葉にひやりとして、レオアリスは言葉を挟んだ。ザインの瞳がレオアリスへ向けられる。
「もう一人、関わっていた者がいる。レオアリス、お前は気付いていなかったかもしれないが、俺がヴェパールと戦った時、その相手もあの場にいた」
「――」
 レオアリスは息を詰めた。
「その様子だと気付いていたか。相手が誰かも――」
「それは、確証が」
『もう、判っているんじゃないの?』
(――)
 呼吸を抑えるように、奥歯を噛み締める。
 ふと視線が部屋の窓に止まり、レオアリスはロットバルトがこの部屋で、それ・・を示唆した事を改めて思い出した。
 あの時、あの窓を開けて、ロットバルトが風を入れた。
 意識して、呼吸を押さえ、たった今窓が開き潮風が流れ込んだかのように、再び窓を見つめる。
 言葉を選びながらも――、ロットバルトの示した内容は決して穏やかでは無かった。
 決定的なその事実に、すうっと血が足元へ下がる思いがする。
 ザインが構わず続ける。
「俺は会って、直接話もした」
 退きようがない。
 それまでレオアリスは、あの声の主の姿を脳裏に浮かべられる状況にありながら、それを避けていた。
「――」
「お前は迷っているようだが、どうするつもりだ。俺が話した限りでは自らの意思で関わっているのは確実だが、だからこそお前の為の証言に立つとは思えないな。放っておけば、必ず身の内から肉を食い荒らすぞ」
「上将? 何の話です」
 グランスレイが眉を顰める。ロットバルトはレオアリスの瞳に浮かんだ色とザインの言葉に、何に思い当たったのか、再びレオアリスの瞳へ視線を注いだ後、素早くスランザールへ向けた。スランザールは誰でもなく、部屋の一点を睨んでいる。
「――」
「――誰のこと?」
 ファルシオンが訝しそうに尋ね、レオアリスは渦巻いていた思考を意識して振り解いた。今この状態で、何の検討も確認も無くファルシオンに上げる内容ではない。
「いえ――。少し疑問のある点がありますが、俺一人の考えで口にできるものではありません。まずはスランザール公と相談をさせてください。その上で、改めて殿下にご報告いたします」
 ファルシオンはじっとレオアリスの瞳を見つめ、そこにファルシオンが不安に思うものがあるのかどうかしばらく考え込んだ後、頷いた。
「わかった。そなたに任せる」
 ザインはレオアリス達の様子を確かめるように見回し、再び頭を下げた。
「先ほど申し上げたとおり、私はいつでも、証言を致します。いつなりとお命じください」
 そう言って立ち上がり、彼の用件は全て終わったと示すように口を閉ざした。ややあって、スランザールが全員の顔を見回す。
「――今の問題は一つ。ヴェパールの死をどう説明するかじゃ。ビュルゲルが関わった前回と西海の目論見はそう違うまい。それでいてビュルゲルの時と異なり、これほど西海に近い位置にありながら海皇が直接手を下さなかった以上、西海はそう時を置かず説明を求めて来るじゃろう。これを盾にされる訳にはいかん」
「――」
 静寂が室内に落ちる。既に月末に迫った西海との条約再締結――、それが期日前に揺らぐのか、と。
「知らねぇ振りをしとけ」
 軽やかと言っていい程に、メネゼスはそう言い放った。何の話になったのだろうと、レオアリスは思わずあっけに取られてメネゼスを見返したほどだ。メネゼスは室内に跳ねた驚きを気にした様子も無く、ファルシオンと向かい合った。
「王太子殿下、何を悩まれる。貴方は確証のないままに我々との会談に臨まれた、その当初の意志をお忘れになったのではありますまい」
「意志――」
「その通り。それを貫く事をお勧めする」
 メネゼスは口元を歪め、にやりとうそぶくように笑った。
「我々マリ王国は西海だのヴァイパルだのは全く与り知らん。ゼ・アマーリアと軍船を沈めたのはレガージュだと、示された状況からそう考えてレガージュの港に船を寄せた。多少かち合いはしたが――、結果、誤解は解けた」
 ファルシオンは黄金の瞳を丸くして、メネゼスを見つめている。メネゼスの背後に立つ副官は、この中で唯一、動揺した様子も無い。上官の思考を良く理解し、揺るぎない信頼を置いているからだ。
「あの男が持ってきたローデン国王の書状が俺の手元にある。それをローデンに照会すれば、『セルメット』が身分を偽った事もはっきりするだろう。セルメットは海賊共の一員で、ゼ・アマーリアを沈めたのはレガージュを装った南海の海賊だった。そう本国には報告をする」
「貴国が求めておられた、今回の補償はどうされる」
「レガージュの仕業で無い以上、補償の必要も無い。取り敢えず船の修復と物資の補給はさせてもらいたいが」
「それは充分に、我々レガージュが提供致します。何なりとお申し付けください」
 カリカオテは心得た面持ちで頷くと、メネゼスは口の端を苦笑の形に歪めた。
「対価は払う。幸い港に害を及ぼさなかったとは言え、こちらが火球砲を撃ち込んだのも事実だ」
 レオアリスは半分面くらい、そして半ば関心すら覚えメネゼスやスランザールを眺めた。
 それも外交というものの中での戦術の一つだと判る。
 あくまで表向きに過ぎず、根本的な問題が変わる訳ではないが――、マリ王国とアレウス王国の二国が公式見解として出せば、それで対外的な説明になる。
 ある意味では二国間の協定とも言え、メネゼスはそれを提案して見せている。自身が言ったとおり、火球砲での砲撃の不問ついても、その協定の中に含まれると言う事だ。
「それがこの件の決着だ」
「――殿下。それがよろしいかと」
 スランザールはファルシオンの決定を待つように、深く頭を下げた。
 ファルシオンはじっとメネゼスを見つめ、それから、背筋を伸ばして頷いた。
「提督のおっしゃるとおり――、我々の問題は、ぜんぶとけたと思います。そうあれとねがったように」
 室内の空気がほぐれ、カリカオテやファルカンは、ようやく肩の荷を全て下ろしたかのように、そっと息を吐いた。これまで不安を募らせていたレガージュの街はおそらく今日の夜からでも、まるで祭りが始まったかのような賑わいを見せるだろう。
 レオアリスは眼を閉じ、そのほんの数瞬の内にここで起きた事を思い返した。
「ファルシオン殿下。貴国の安寧をお祈りする」
 表に定めた部分には出る事のない、だが確実に今後直面しなければならないものに対してそう言うと、メネゼスはファルシオンとの会談の席を立った。





前のページへ 次のページへ

TOP Novels



renewal:2011.10.30
当サイト内の文章・画像の無断転載・使用を禁止します。
◆FakeStar◆