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「竜の宝玉とはじまりの森(仮)」

第三章「炎舞う」 (六)


 「じゃーんっ到っ着!」
 おかしな掛け声と共に、アナスタシアは広場に降り立った。着地と同時に高々と両腕を掲げる。
 広場を逃げ惑っていた人々がまだ遠巻きに見つめる中、駆け付けた警備隊士が恐る恐るアナスタシア達に寄った。
「ち、ちょっと君、こんな所に飛竜を降ろしちゃ駄目だろう!」
 一見とびきりの美少女に対して、どうしても勢いが保てないらしく、警備隊士の語尾は力ない。
「飛竜?」
 アナスタシアは首をかしげてみせた。
「君の横の――」
 それだ、と飛竜を差そうとして、警備隊の男は唖然と口を開けた。
 少女の隣には、少し年上の少年がいるだけだ。先ほど広場を混乱に陥れた青い飛竜はどこにも見えない。
 キョロキョロと警備隊士達が辺りを見回している間に、アナスタシアはすたすたと広場の端に向かって歩き出した。
「ちょっと、待ちなさ……」
 肩に手を置こうとした男とアナスタシアとの間に、アーシアがさっとかばうように割り込む。その先でアナスタシアは振り返って、にっこりと綺麗な笑みを浮かべた。

 アナスタシア達がやってきたのは、北方の街道筋の、王都と辺境の中間くらいにある街だ。目立たず、かといって小さすぎもしない街を選んだのはアーシアだったが、北に行ってみたいと言ったのはアナスタシアだった。
 どうせ急ぐ旅でも目的のある旅でもない。過去に何度か旅をしたことはあったが、北には行ったことが無かったから、まず北に行ってみようとアナスタシアは考えたのだった。
「あー、やっぱ寒いね、この辺。王都とだいぶ違うんだなぁ」
 自分がどんな状況で王都を飛び出して来たのか、まるっきり忘れてしまったかのような風情だ。
 ぱっと見には、どこかのいいところのお嬢様の街歩きといったところか。アーシアの対応も何だか軽い。
「お寒くないですか? お召物は少し薄いのでは?」
「うーん、そうだね。着るものある?」
 アナスタシアはちょこんと首をかしげた。そうすると本当に愛らしく、通りすがる人々の目を引く。
「生憎、用意が悪くて……すみません。もっと色々持ってくれば良かったですね」
「アーシアのせいじゃないよ、急に北に来たんだもん。あ――」
 アナスタシアは服飾店と書かれた看板を見つけ、駆け寄った。追い付いたアーシアが扉を開き、アナスタシアは店内に入った。
「いらっしゃい」
 愛想のいい声に迎えられ、アナスタシアはぐるりと店内を見渡した。
 お針子の作業台が右手に、雑多な布を積んだ格子の棚が左手にある。店にいるのは恰幅の良い中年の男だけだった。
 店の主らしきその男は、アナスタシアの着ている服を見て、驚いた顔をした。
「これは、お嬢様、何のご用立てをいたしましょう?」
 主は高価な服を着ているからそう呼んだのだが、「お嬢様」という呼び掛けにアナスタシアはぎょっと身を退いた。キッと主を睨み付ける。
「何で私を知ってんだ!? お前、長老会のヤツかよ! それとも屋敷?!」
「はぁ? あの……お嬢様?」
「アナスタシア様、ちょっと違うみたいですよ」
 アーシアが耳打ちすると、アナスタシアは顔を寄せ、まじまじと主を眺めた。主が頬に血を昇らせる。
「ふぅーん? 長老会じゃないの? 屋敷でも?」
「は、はあ……何の事やら……」
「ならいいや! なぁ、寒いから服ちょうだい。外套がいいかな」
「はいはい、どのような感じで?」
 少し変だし、見た目と言動が著しく掛け離れてはいるがとにかく上客だと、主は愛想良く笑った。
「うーん。あ、毛皮! 毛皮着てみたい! ふあーっとしたヤツ!」
「ああ、それでは狐かテンの毛皮はいかがですか?」
「ふあーっとしてる?」
「もちろん、とびきり上等な毛皮を仕入れさせていただきます」
「じゃ、それにして」
 アナスタシアはさっと右手を差し出した。主は意表を突かれて少女の顔を見つめる。
「あの……」
「早く。寒いだろ?」
「え、今、ですか……?」
「当たり前じゃん! 今寒いんだもん!」
 呆気に取られて口を開け――それから主は慌てて両手を振った。
「今すぐには無理でございますよ。まずは寸法をお測りして、それから仕立てますので、まず十日はいただかないと」
「ええーっ!」
 何だかとんでもない客だと独りごち、それから主は努めて思い直した。
 つまりはそれだけ、深窓の令嬢なのだろう。
 ちょっと変わっているが。
 こんな上客を逃がす手は無い。
「では、取り敢えず代わりの品はいかがでしょう。お嬢様のお気に召すかは分かりませんが、すぐにお出しできるものがございます」
 別の客が注文したものだが、後の利益を考えればお釣りが来る程だ。主は一旦奥に引っ込むと、外套を手に戻ってきて、アナスタシアの前に掲げた。アナスタシアが眉を寄せる。
「……むー。色が気に入らないけど」
「アナスタシア様。当面は我慢なさってください。お身体を壊すより良いでしょう?」
 アーシアが取り成し、アナスタシアはしぶしぶ頷いた。
「ん。じゃあそれにする」
 ほっと息を吐いた主の前で、アーシアはアナスタシアに外套を着せ掛けた。
「いかがでございますか?」
 覗き込むように尋ねた主に、満足そうに頷いてみせる。
「あったかい。ありがとな」
 そう言ってにこりと笑い、アナスタシアはくるりと踵を返して扉に向かった。
 主はにこにこしたまま立っていたが、代金を支払うと思っていたアーシアまでがアナスタシアを追って出ていきかけたのを見て、飛び上がった。
「ちょ、ちょっとお代!」
 走っていって二人の前に回り込み、扉を押さえる。
「何?」
「な――何って、お代もらわなくちゃ困りますよ! 百三十ルス!」
 アナスタシアは不思議そうに眉を潜め、アーシアを振り返った。
「だって。そういうの、ある?」
「いえ。そうしたものはありません」
 アーシアは僅かなためらいもなく、きっぱりと首を振った。
 多分ここにファーガソンなりエレノアなりがいたら、アナスタシアだけではなくアーシアもまた、ほとんど十年間、館の中だけで過ごしていたことに気付き、そして今の彼等の状況に慄然としただろう。
 アナスタシアの衣服や食事は、全て館の者達が用意していた。時折城下に遊びに出ていたとはいえ、アナスタシアは自分で買い物などしたことはない。
 アーシアもまた、いわば屋敷の中で用意されたものだけをアナスタシアに提供していた。服なら衣装官、食事なら料理長にアナスタシアの要望を伝えるのが、アーシアの仕事だ。
 そういう意味で言えば、今回の対応も、ある意味間違ってはいない。
 場所が違うだけだ。それが一番の問題だが。
 とにかく、要は――二人とも物品流通の仕組みに、とことん疎かった。
 主は大きく深呼吸をすると――容赦なく二人を店から追い出した。
(全く、とんでもない奴等が来やがったなぁ……)
 ぶつぶつと文句を言いながら店の奥に戻りかけ、ふと足を止めて扉の前へと戻る。
 扉に嵌め込まれた硝子に顔を寄せ、じっと二人の姿が通りから見えなくなるまで見送り、それから店を出ると素早く街の領事館へ向かった。





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