追想の山々1394

≪尾瀬をめぐる山行≫

1988.07.10 熊沢田代から燧ケ岳へ
1988.07.31 至仏山から尾瀬ケ原へ
1993.05.01 山スキー 尾瀬ケ原から景鶴山へ
1995.05.03 残雪期の尾瀬ケ原と景鶴山へ
199509.23 熊沢田代→燧ケ岳→三条の滝→燧裏林道
1996.05.11 残雪期の尾瀬沼へ
1996.06.27 菖蒲平から尾瀬ケ原へ


  

 尾瀬ケ原と菖蒲平(中原山=あやめだいら(1969m)  登頂日1996.06.27 単独行
鳩待峠(4.05)−−−横田代(5.05)−−−中原山(5.30)−−−菖蒲平(5.40)−−−富士見田代(6.45)−−−竜宮小屋(7.40)−−−山の鼻(8.45-8.55)−−−鳩待峠(9.35)
行程5時間30分 群馬県 中原山 三等三角点
菖蒲平からの燧ケ岳
尾瀬のいちばん華やぐ季節に、梅雨の合間を見て出かけた。先月尾瀬沼を訪れてからまだ間がない。一面雪の世界だった。
3時半、片品村戸倉へ着く。鳩待峠へのゲートが解放されていた。ためらいながらも、マイカーで鳩待峠まで上れればこんなありがたいことはない。結局峠の駐車場まで入ることができた。

空が白んできた5時、出発にはちょうどいい時間だ。
車外へ出ると、標高1700メートルを越す峠は冷やっとする。『さあ歩こう』そんな意欲が満ちて来る。考えて来たコースの中から、菖蒲平〜尾瀬ケ原周回のコースを選んだ。
鳩待峠から菖蒲平への登りにとりかかる。残雪を予想していたが雪は見当たらず、夏道が完全に現われている。菖蒲平までは標高差400ほどの登りだ。ウォーミングアップの軽い登りというところ。

コースは針葉樹林帯をたどり展望はない。
取りつきからやや急な坂をひと登りすると木道となる。その木道も途切れたりして、ずっとつながっているわけではない。汗がにじんでTシャツ1枚になるとすっきりして身が軽くなった。
道が平坦になってきたあたりで、ときおり残雪が登山道を被うようになり、枝先につけられた赤布が役に立つ。今が『尾瀬は旬』。尾瀬沼から尾瀬ケ原一帯は、ハイカーに観光客も混じって、まさにラッシュ並みに賑わう季節。ところが、 早朝時間の早いこともあって、菖蒲平への登山道にはまったく人影をみ見ない。静まり返った原生樹林は野鳥のさえずりだけが縦横に響きあっていた。

残雪の切れ間にときおり顔を出す木道に、コースの確認をしながら、少しづつ高度を上げて行く。雨の心配はないだろうが、すかっと晴れることまでは期待していない。展望がきかなくてもがっかりすることはない。
1時間程で横田代湿原の標識のところに着いたとき、雲が上がりはじめたと思う間もなく、たちまち周囲の見通しがきいてきた。至仏山から笠ケ岳、そして武尊山が残雪模様を映し出している。雨上がりのよう なすぐれた透明感に、すがすがしい早朝の眺めである。木道の脇にはショウジョウバカマやチングルマの花も見らる。
吸い込まれそうな青空が広がってきた。思いもしなかった上天気に、気持ちも昂ぶり足も軽くなる。至仏山、景鶴山を眺めながら、緩く登って行くと横田代よりずっと大きい傾斜湿原となる。ここもチングルマとショジョウバカマの群生が見ごたえ十分。
写真をとったりながら、人影のない湿原で一人悦に入り、 さらに気分は高揚するばかり。

傾斜湿原の先は、広々とした山上の大湿原『菖蒲平』だった。  人影もない貸し切り展望。目を洗われるような爽やかな眺めに見入った。点在する池塘は青空に浮かぶ雲を映し、藍色のシルエットで聳えるのは燧ケ岳。もはやテンションは最高潮に達する。  たてつづけにシャッターを切りまくり、ようやく落ちつきを取り戻し た。
踏み荒らされ、無残な姿に変わり果てたといわれる菖蒲平だが、復元のために懸命の努力がつづけられている。その道のりはまだまだ遠いことがわかる。30数年前、尾瀬を訪れたころは、あまり気にすることなく、気ままに乾いたところ入り込んで昼寝をしたりするのは、当たり前のことだった。しかしその結果が、目の前の哀れな姿を生んでしまったのだ。胸が痛む。

菖蒲平から尾瀬ケ原へ降りるのに二つのコースがある。すぐ先の富士見湿原で竜宮小屋へ下るのと、富士見小屋の先まで行ってから、見晴十字路へ下るコースだ。時間は少し余計かかるが、見晴十字路へ降りれば、『山の鼻』まで尾瀬ガ原を端から端まで縦断することができる。雪上に足跡も明瞭な竜宮小屋へのコースを見送り、富士見小屋を素通りして、その先で見晴十字路へのコースへ入った。

下り口の残雪上には、足跡も見えずちょっと心配だ。赤布などの目印もない。夏でもこのコースの利用者は少ないのだろう。
残雪はあるものの、最初のうちは道形もはっきりしていて、迷うこともなかった。
20分以上下ったところで、林床もすべて雪に覆われてしまった。道形も識別できない。地図で見当をつけてしばらく様子を見ながら歩いて見た。シラビソの幹に赤ペンキを発見。何とかなるかとコースを探してうろついたが、だめだった。まごまごすると、戻ることもできなくなりそうだ。無理をせず結局戻ることに決めた。
やや不安はあったが、慎重に道形のあるところまで戻ることができた。

30分ほどかかって富士見小屋まで引き返し、今度は竜宮小屋へのコー スを、踏み跡をたどって下って行った。赤布も頻繁につけられていて、もう迷う心配はない。
ダケカンバやブナの樹林は、ようやく芽吹きはじめたばかり。初々しい早緑が陽光を透かして染まるような降り注いている。標高差は400 メートルばかりの下りだっが、勾配が緩い分だけ距離がある。階段状にやや急になった下りが終ると尾瀬ガ原の一角だった。
行き交うハイカーが列をなしている。
流れの中に水芭蕉が咲き、その背景は至仏山という贅沢な構図だ。例年だと水芭蕉の季節はとうに過ぎているのに、今年は今盛りを迎えている。水芭蕉と競い合うように咲いているのはリュウキンカの濃い黄色花。
梅雨を忘れさせるような、こよなく晴れ渡った空。至仏、燧、景鶴山に取り囲まれた原は別世界を作っていた。
木道を歩けば、 足元を彩るのはリュウキンカ、ミツガシワなど、そして原の中に点景を添えるのはダケカンバ。池塘には至仏山が影を落とし、浮き島が漂う。何というすがすがしさ。

胸のすくような満足感に浸って山の鼻までの木道を伝って行った。
山の鼻は、鳩待峠から尾瀬のさわり部分に触れようという観光客の姿も数多かった。
一面残雪の時期に、3回度つづけてきているが、やはり雪解け後のこの時期は、生命感にあふれ生き生きと輝いていた。

ハードとはいえないハイキングだったが、すっかり堪能して鳩待峠へと戻った。